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専業プウタ
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うわあ、これはぞっとする展開ですね……。舞白が「夢に出てきた」って言った瞬間、美夏と同じように背筋が冷えました。そして最後の「回帰者だったのは前の世界の舞白の方」という一文、全部の伏線が一気に回収される感覚で鳥肌が立ちました。しらなみさんの伏線の張り方、本当に巧みです。次が気になって仕方ないです!
夜のレッスンルームは、昼間とは別の場所のように静まり返っていた。 窓の向こうには、ビルの谷間に無数の明かりが浮かんでいる。遠くを走る車のヘッドライトが流星のように通り過ぎ、ガラスに映った照明が鏡張りの壁へ淡く重なっていた。
レッスンを終えても美夏はまだ室内に残っていた。
広いレッスンルームには、もう美夏ひとりしかいない。
鏡張りの壁に映る自分の姿を見ながら、美夏は何度目になるかも分からない振りを繰り返していた。
腕を上げる。ターン。踏み込む。止まる。呼吸を整える──柊木(ひいらぎ)に教わっていた殺陣ではなく、デビュー曲のダンスの練習。あの日感じた壁を美夏は今も越えることができずにいる。壁とは何なのか、自分には何が足りないのか、考えれば考えるほど答えは見えなくなる。だから今は、できることをする。いつか視界が開けると信じて。それに、身体を動かしていると、余計なことを考えずに済んだ。
そうして最後の振りを終え、大きく息を吐いたそのとき、レッスンルームのドアが開いた。
「……あ」
聞き覚えのある声がして、美夏はそちらを振り返った。
立っていたのは、舞白(ましろ)だった。
「美夏……?」
「舞白、どうしたの?」
「うん。ちょっと……忘れ物しちゃって」
舞白はそう言って、部屋の隅へと歩いていく。
美夏は鏡へ向き直った。しかし、身体を動かす気にはなれなかった。
舞白と二人きり。考えてみれば、こうして二人だけになるのは初めてのことだった。
それなのに、やけに気まずい。理由は分かっている。舞白の視線が気になるからだ。美夏は気づいていた。最近、舞白が自分をよく見ていることに。廊下でも、楽屋でも、レッスン中でさえも、ふとした瞬間に視線を感じる。
回帰前には、そんなことはなかった。
舞白は美夏に対して、特別な関心など示していなかったはずだ。
なのに何故、こんなことになったのか──美夏には心当たりがなかった。
「ねえ、美夏……」
舞白の声がした。
「ん?」
「私たち、デビューする前に、どこかで会ったことってある?」
「……え?」
美夏は固まった。心臓が早鐘を打つ。
もちろん、会っている。回帰前の世界で、何度も。しかし、それは舞白には知り得ないはずのことだった。
美夏は舞白の顔を見つめた。
そして、自分でも気づかないうちに口を開いていた。
「……舞白って、初めて会ったときにもそう言ってたよね」
「うん。美夏のこと、ずっと前から知っているような気がしたから」
舞白は困ったように笑う。
しかし美夏は自分の言葉に驚いて立ち尽くしていた。
(……今、私……何を言ったの?)
初めて会ったときにも、そう言ってたよね──確かにそう言った。
何も間違ってはいない。まるで昨日のことのようにはっきりと思い出せる。デビュー前の顔合わせの日、舞白と初めて会ったとき、舞白は確かに同じことを言った。
──私たち、どこかで会ったことありませんか?
そんな記憶が、美夏にはある。
けれど、回帰前の自分には、そのような記憶はなかった。
美夏は眉を寄せた。記憶そのものは確かだった。捏造された感覚ではない。自分自身の体験として、頭の中に存在している。それなのに、回帰前の記憶と照らし合わせると、その部分だけが噛み合わない。
(どういうこと……?)
美夏の背筋に冷たいものが走った。
自分が回帰したのは、死んだ日からちょうど二年前。そしてデビュー前の顔合わせは、その時点より前の出来事だ。つまり、出会ってすぐの舞白の言葉は、今の身体に、今の脳に、記憶されたもの。パラレルワールドとの接続によって保持されている『回帰前の記憶』ではなく。これら二つの記憶のズレが意味することは──回帰前と回帰後の舞白の言動の違いは、美夏の回帰の影響によるものではない、ということだ。
美夏が黙っていると、舞白が小さく首を傾げた。
「……美夏は何か、覚えてる?」
「ううん。どうしても心当たりがなくて……」
美夏は慎重に答えた。
「舞白も覚えてないんでしょ?」
「うん……」
「どうしてそんなことを聞くの?」
「実はね……」
舞白は少し迷ってから、ゆっくりと口を開いた。
「デビュー前の顔合わせの日よりも前に、美夏が夢に出てきたの。変だよね。会ったこともない人が夢に出てくるなんて……。だから、もしかしたら本当にどこかで会ったことがあるのかなって……」
美夏は黙って聞いていた。
舞白は少しだけ視線を落として、言葉を続けた。
「でも、私も夢のことはよく覚えてなくて。美夏がいたことだけは覚えてるんだけど」
その言葉を聞いた瞬間、美夏の中で、いくつもの違和感が一本の糸に繋がった。
夢。自分に向けられた舞白の視線。デビュー前から抱いていたという既視感。そして──回帰前にはなかったはずの、自分の記憶。この世界の舞白には、パラレルワールドの記憶がある。ならば彼女も回帰者なのか。それにしては様子がおかしい。もしも高次元生命体と契約して回帰したならば、回帰前の記憶についてこうして人に話すだろうか。目の前にいる舞白は、本気で困っているように見える。そのように見えるように演技しているようには見えない。
美夏はしばらく考えてから、舞白に答えた。
「……私は、そういう夢は見たことがないの。デビュー前の顔合わせよりも前に舞白と会ったことがあるかどうかも、覚えてない」
嘘ではなかった。
舞白は少し寂しそうに笑った。
「そっか……」
「ごめんね」
「ううん。変なこと聞いてごめん」
舞白はバッグを手に取った。
「じゃあ、私はもう帰るね」
「うん」
ドアに向かう舞白の背中を、美夏は無言で見つめていた。
何か言わなければと思った。だけど、何を言えばいいのだろう。
舞白はドアノブに手を掛けて、美夏を振り返った。
「美夏、また話そうね」
「……うん」
舞白が去り、ドアが閉じるとレッスンルームに静寂が戻った。鏡の中には、美夏の姿しかない。美夏は、さっきまで舞白のいた場所を見つめながら、考え続けた。
回帰前も今も、舞白は同じ顔のまま、同じ声のまま。それなのに、中身はまるで、別人になったかのようだ。回帰前の舞白の方が、冷静だった。回帰前の舞白の方が、しっかり者だった。回帰前の舞白は、美夏に頼ってこなかった。回帰前の舞白は、美夏に答えを求めなかった。今の舞白はまるで、何かが抜け落ちたかのようだ。まるで記憶の一部を回帰前の世界に奪われたかのよう──
──違う!
美夏の背筋が凍り付く。
違う。今の舞白が回帰者なのではない。
回帰者だったのは、前の世界の舞白の方だ。
彼女は、別の世界の未来を知っていた。
その知識を利用して、舞白は美夏を破滅に追い込んだ。