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「これはこれはミカエル王子殿下。お初にお目にかかります、私は————」
「名乗らずともよい。そこをどいてくれるのなら」
うわあ。
ものすごく|マリア《わたし》を邪険にしてる。
まあ、|事情を知ってる《・・・・・・・》私としてはわからなくもないけどさ。
さすがに初対面でその扱いは、今後多くの臣下を従える王族としてどうなんだ? とか心配してしまう。
「どきませんわ。だって私、あちらの大木が気になりますもの」
そうやって指で示したのは、ちょうどこのテラスの真下に生える【黄金樹】だ。
黄金樹とはすなわち、黄金の星々が成る大樹である。
いわゆる金色の果実ってやつで、これを食べると魔力が少しだけ上昇するといった優れもの。王家は代々、この黄金樹の守護と管理をしている。そしてこのテラスが一番、黄金樹を見やすかったりする。
「きみも黄金樹を見に————?」
一瞬だけ意外そうな顔をしたミカエル王子だったが、すぐに疑念の色が濃くなった。
「なぜ?」
ミカエル王子から、貴重な果実を欲する盗人を見るような視線を向けられる。
「さあ、なぜでしょう? ですが不思議とあの黄金樹を眺めていると……昨日の自分より、今日の自分、明日の自分はもっと輝けるように……精進せねばと思えるのです」
新しい黄金の果実が成るように、私たちの中にだって無限の可能性がある。
その可能性を手繰り寄せるには努力が必要だ。
女勇者時代、かつてミカエル王子があの黄金樹を眺めていた時に言っていた台詞を、そのまんま言ってやった。
「き、きみも————なぜ!?」
あ、予想以上に響いている。
確かに初対面の令嬢が、|自分《ミカエル》が毎日、あの黄金樹を眺めながら思っていることと同じ内容を口にしたら不思議に思うか。
「きっとレディを頭ごなしに退けようとする殿下には、一生おわかりにならないでしょうね?」
私と挨拶すらできず、追い出してしまうのだから……|マリア《わたし》の言葉も気持ちも聞けません、って揶揄してる!?
というかさっきから|マリア《わたし》の口ぶりが物凄く傲慢なんだけど!?
もしかして姫殿下のお茶会メンバー=王子より上とか錯覚しちゃってる!?
「なっ、無礼な!」
「先にご無礼な態度を取られたのはそちらでしょう? 何をおっしゃっているのやら」
「きみ……僕がキミをどこの誰だか知らないとでも思っているのか?」
「今はそんな話をしているのではありませんわ」
マナーの話をしているのにそう来たか。
これは軽い脅しも入ってるなあ。
王子がフローズメイデン伯爵令嬢に侮辱された! 不敬罪だ! と騒ぎ立てれば確かにうちの印象は悪くなるだろうなあ。姫の好感度は上がりそうだけど。
なんだかミカエル王子ってやつは、女勇者として出会った時もピリピリしてたけど……少年時代からこんなにピリピリしてたんじゃ、そりゃあ忠臣も少なくなるよなあ。
常日頃から頑張りすぎてないかな、ミカエル王子。
何せ彼は超がつくほどストイックで、神経質なまでに完璧主義だったもんなあ。
「————すまない。確かに僕は礼を|失《しっ》していた」
それでもって素直に自分で修正できるあたりが私は尊敬できたんだ。
「|ご令嬢《レディ》、どうか改めて僕に自己紹介をさせてくれないだろうか?」
見目の良い一国の王子にそんな殊勝な申し出をされたら、そこらの令嬢はコロっと胸を射抜かれるんだろうなあ。そんなことを思いながら私は頷いた。
「どうぞ、お願いいたしますわ」
「では、僕の名はミカエル・コーネリウス・ロア・アストロメリア。アストロメリア王国の第一王子である。我が王国の栄誉ある星々が一つ、そなたの名を僕に示せ」
「我らが陽光、ミカエル王子殿下。私の名はマリア・シルヴィアイス・フローズメイデンでございます」
これで|マリア《わたし》とミカエル王子は今世でも面識を得たわけだけど、その距離は勇者時代と比べて計り知れないほどの隔たりがあった。
「それで、フローズメイデン伯爵令嬢。先ほどのぼくの質問に答えてくれるかな?」
なぜあの黄金樹を見て、|自分《ミカエル》と同じようなことを|マリア《わたし》が思うのかって?
そんなのに理由なんてない。平たく言えばただの嘘、口からでまかせ。ミカエル王子の気を引くために出した苦し紛れの言葉に他ならない。
だからといってそれを馬鹿正直に言うのは絶対にまずい。
そしてミカエル王子は、ここで私がどんな言葉を紡いでも疑念を深めそうだ。おそらく彼は|マリア《わたし》がステラ姫の派閥にいると、最初から知っていたのだろう。だからこそ当たりが強かったわけで、下手なことを言ったら警戒心が強くなってしまいそうだ。
なのでここは論より物で釣る他ない!
というか元々は|コレ《・・》をミカエル王子に渡すために、ここで彼を待っていたわけだし。
「ミカエル王子殿下が望まれるお答えは、きっとこちらの精霊石にございますわ」
王子に渡したのは先日、手に入れたばかりの【|流星の精霊石《オーティン・ストーン》】だ。
込めておいた精霊力は、闇を照らす星の光。
「精霊石? それは……どのような物なのだ?」
「こちらは星精霊、【|小さな願い星《リトル・ティンクル》】の力が込められたものでございます。あらゆる闇の中でも小さく輝くように、あらゆる毒などに反応する効果がございます」
「毒……?」
「はい。こちらをミカエル王子殿下にさしあげますわ」
「……これは何かの罠か?」
「いいえ?」
「だって君はステラの派閥だろう?」
「私の父、フローズメイデン伯爵|は《・》ステラ姫殿下の派閥でございます」
「つまり、それって————」
「殿下の仰る通り、私は違いますわよ?」
未来のフローズメイデン伯爵家は王子殿下を推すかもしれない。
そんな意思表示をしっかり残しておくのは悪い選択ではないと思う。そもそも、自分や戦友たちを死に追いやった姫を擁立するなんて、死んでも嫌だし。
「しかし……それでも、なぜこのような貴重な物をぼくに……?」
「|弟君の死を悼む《・・・・・・・》心優しき殿下こそ、次代の玉座にふさわしいき御方かと存じますので。私がお背中を押す前に死なれては困りますわ」
「なっ!? どうしてぼくが弟の死を……!」
悼むために、黄金樹がよく見えるテラスに足繁く通ってるのを知っているかって?
勇者時代にミカエル王子本人が吐露してたから知ってます。
とまあ、そこまでツッコまれたら答えに困るので、そろそろお暇するかな。
目的の物も渡せたわけだし。
これでもしミカエル王子殿下の死因である病魔が、ステラ姫殿下の派閥が仕組んだ毒薬からくるものだったとしたら、ある程度は自衛できるようになるだろう。
「それではごきげんよう。ミカエル王子殿下にお目にかかっているのを、ステラ姫殿下に見咎められてはかないませんので、失礼いたしますわ」
あと早くシロちゃんに会いたい。
「なっ……」
さっさと帰ってシロちゃんをなでなでしたい私は、颯爽とミカエル殿下のもとから離脱した。
◇
かつてアストロメリア王国には二人の王子がいた。
そう、実はミカエル王子には|妹君《ひめさま》の他に|弟君《おとうとぎみ》も|いた《・・》のだ。
しかしそれも幼少期までの話。
ある日、ミカエル王子は傍付きの目を盗んで、仲の良かった弟君を遊ぼうと誘い出す。
黄金樹に登るという遊びを敢行してしまった。
他愛ない子供の木登りだ。
だが結果は最悪だった。
弟君は黄金樹から落ち、打ちどころが悪く死んでしまった。
『あの時、ぼくが弟を誘っていなければ……いや、あの時のぼくが……! しっかり鍵魔法を詠唱破棄できていれば……しっかりと鍛錬していれば……!』
弟君が亡くなられた当時、ミカエル王子はたったの七歳だ。
鍵魔法の詠唱破棄など不可能に近い。それでも詠唱破棄を習得できていれば、弟君が足を滑らせた時点で救えたはずだと。
『だから今を絶対に、妥協したりしない。限界まで己を高め続けてみせる。そう、勇者であるキミに負けないぐらいにな』
ミカエルはよくこんな風にぼやいていた。
弟を失った悲しみ。もう二度とそんな思いはしたくないといった後悔から、全ての事を鬼ストイックにこなす。
何事にも挑戦して、挫折して、後悔して、修正して、ひたむきに自分の限界を突破しようと努力し続ける。
ミカエル王子殿下は決まって必ず前を向く。それを何度だって繰り返す。
例え病魔に侵されて衰弱してゆこうとも、彼は前だけを見て生きていた。
そんな眩しい奴だった。
「まあ、多少難儀なところはあったわよね。例えば、|自分《ミカエル》にできるからといって、自身と同じ高水準な成果を臣下に求めすぎたり、ね」
そんなことだからミカエル王子殿下の周囲には優秀な者|しか《・・》残らなかった。
正確にはブラック商会も真っ青になるほど根性のある者たちだけが、彼の味方として残った。
多くの臣下や貴族たちは、ミカエル王子殿下ほど求めてはいない。
だからこそ、彼が王位についたら面倒だと感じる貴族たちは、ある程度は甘い汁を吸わせてくれそうなステラ姫の派閥につく。
はたして、|悪逆令嬢《マリアローズ》はその流れを止められるのか。
まずは姫同様、徐々にミカエル王子の信頼も勝ち取ってゆけばいっか。
女勇者の頃は、王族を取り込む|蝙蝠《こうもり》を演じるなんて夢にも思ってなかったな。
「くるるるー? きゃっ、きゃっ」
「うふふふ……シロちゃんの言う通りね? 王族にすり寄って懇意になるなんて、金貨の匂いがぷんぷんするわ」
私の独白を隣で静かに聞いていたシロちゃんがそっと身をよせてくる。
可愛らしい幼竜の尻尾をさわさわしながらも、私の笑みは止まらなかった。
金貨にあふれる輝かしい未来に乾杯!