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◻︎美希のアドバイス
「話を聞くのはいいけど、私、きっとキツイこと言うと思うけど、いい?」
未希が真正面に座り直し、私に強い視線を向けた。
「はい。大丈夫です」
「じゃあ、話してみて」
私は思い出せる限りの、夫とのことを話すことにした。
夫《修二》とは、友達の紹介での結婚だった。
私が29才、夫が31才で結婚した。
決して早い結婚ではなかったけれど、寿退社はせずしばらく仕事を続けた。
夫はすぐにでも子どもが欲しいと言っていたけど、私は仕事をやり切ったと言えるまではそのつもりはないと、つっぱねていた。
その頃私は、大きなプロジェクトのメンバーに入っていた。
これが終わるまではと、結婚しても仕事中心で暮らした。
いま思えば、この時から夫の修二は私への不満があったのだろう。
残業と休日出勤で、ほとんど家にいない私は、夫が何をしているのか気にもしていなかった。
プロジェクトがなんとか終わり、私は仕事を辞めて子どもが欲しいと夫に話した。
仕事は辞めたけど、なかなか子どもは授からなかった。
その頃には、夫の行動は私には把握できなくなっていた。
「聞いたの?どこに行ってるの?とか、誰と何をしてるの?とか…」
「いいえ、なんだか聞けませんでした。それまで私は自分勝手に仕事ばかりをしていたので、いまさら夫の行動を監視するようなことができなくて…」
「セックスは?気持ちがこもってた?」
「妊娠するためだけに、していたような気がします」
「寂しかったのかもね、ご主人」
「…そうかもしれません」
「甘えだけどね」
「……私がいけないんです」
お茶のお代わりをいれてもらう。
今度は渋めの緑茶だった。
「その時から、愛人がいたってこと?」
「あとで思えばそうだと…当時はそんなこと思ってもみなかったので」
それから1年ほどは、妊娠しなかった。
夫は月に一度ほど、外泊するようになったけど、仕事だと言っていた。
そろそろ、本気で妊活をしないといけないかなと思い始めた頃、妊娠した。
「ご主人もよろこんだでしょう?」
「…はい、でも、なんていうか、うわーっやった!という感じじゃなかったんです。私はやっと妊娠して子どもができたので、もうずっと智之にかかりきりでした。その頃からよけいに夫は…夫の気持ちはだんだん離れていったと思います」
「いまは?」
「いまは、月に一度くらい帰ってきますが、用事がある時くらいで。智之には、お父さんは単身赴任だと言ってあります」
未希はマドレーヌを食べ始めた。
「美味しいね、これ。今度うちの食堂にも作ってくれない?」
「はい、いいですよ」
「…で、ご主人はいまどこに住んでるの?」
「おそらく、隣の市です。一度、帰りにつけたことがあって」
「愛人と暮らしてるの?」
「そうだと思います」
「それさ、今はまだ、とも君も行動範囲が狭いからいいけど、そのうちバレるよ」
「…ですよね?どうすればいいんでしょうか?」
しばらくの沈黙。
「どうしたいか?だよね、香織さんがね。もちろん、とも君のことも考えなければいけないけど。どうしたい?」
「もとの生活がしたいです」
「ご主人に帰ってきて欲しいってことね」
「はい」
「でも、ご主人はもうすっかり香織さんに愛想をつかしていたら?離婚を切り出されたら?」
「…イヤです。私は夫のことがまだ好きです。だから戻ってきて欲しくてモデルやブログもやってたんです」
「それ、伝えたの?ご主人に」
「いえ、話すタイミングがないんで…」
未希は、バン!とテーブルを叩いた。
その音に、どきっとする。
「話すタイミングがないとか、そんなことないでしょ?ご主人と正面から向き合うのが怖くて、離婚を切り出されたくなくて、なんとなく逃げてるんでしょ?
ブログにバラの花を載せて夫と仲睦まじいと書いていれば、ご主人が帰ってくると思ってない?」
「あ、…はい、そうかもしれません」
「ご主人と連絡は取れるんでしょ?だったら、さっさと会って話してみたら?それでもしも離婚とか言われたら、その時考えたら?」
逃げている、そうかもしれない。
話そうと思えば、いつだって話せるのかもしれない。
「もしもね、相手の女がとんでもないやつだったら、私もついていってあげるから。ね、きちんと話しなさい。そうしないと前へ進めないよ、わかるでしょ?」
「そうですね、夫に連絡して、話をしてみます」
「大丈夫だよ、いまの香織さんは、ちゃんと奥さんしてお母さんしてるから、自信を持って、ね!」
「はい…」
私が夫と2人で話す時は、智之は預かってくれると、未希は言った。
修羅場はできるだけ、子どもには見せない方がいいからと。
その夜。
夫に電話した。
「これからのことを話したいと思います。一度時間を作ってください」
声が震えた。
『わかった、来週末なら行けると思う』
夫の声も少し震えている気がした。