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耳から届く言葉が、すとんと胸に落ちて歓喜を呼び起こす。
正しい愛とは、なんなのだろう。わからない。
アベル様の言う”愛”も、きっとその通りなのだろう。けれど。
私は、私の心のままに選ぶのなら――互いに戦える、愛がいい。
「ルキウス様」
私は歩を進めルキウスの前に立ち、見上げる。
「行って参りますわ。私が今一番に、ありたい場所へ」
「うん、頼んだよ。僕もそろそろ、次のお仕事してこなきゃ」
「っ……!」
アベル様が何かを告げようと、口を開いたその時。
「アベル様!」
駆けこんで来たのは、騎士団長様。
彼は周囲の様子など気にも留めず、
「至急、お耳に入れたいお話が。共に来ていただけますでしょうか」
切羽のつまった声。そこでやっと騎士団長様はルキウス達に気が付いたようで、頭をがっくりと落とすと掌で覆い、
「お前たち、アベル様に拝謁する際は少しは落として行けといつもいつも……」
「緊急時に拭いてる余裕なんてないですよお」
「ジュニー、お前まで……。せめて顔をひと拭きするだけでも……。いや、今はこんな話をしている場合じゃなかった。アベル様」
促すようにして再び視線を向けてきた騎士団長様に、アベル様はぐっと口端を引き結ぶと、
「わかった、行こう」
「恐れ入ります。こちらに」
騎士団長様が歩き出した瞬間、アベル様は視線だけを私に向けて、
「マリエッタ嬢の意志は理解した。だがやはり俺は、キミが傷つく姿を見たくはない。それだけは覚えていてくれ」
「……お心遣いいただき、ありがとうございます。けしてこの身を危険にさらすことはないと、お約束いたしますわ」
スカートを摘まみ上げ、膝を軽く折る。
アベル様が不服を断ち切る様にして「くっ」と喉を鳴らし、
「行くぞ」
「はっ! 恐れ入ります」
騎士団長様を連れ立ち、部屋を後にするアベル様。
その背が完全に見えなくなったところで、
「それじゃ、僕たちも行こうか」
聞こえたのはルキウスの声。
私ははっと気が付いて、
「お待ちください、ルキウス様。お怪我があるのなら見せてくださいませ。もちろん、皆様も――」
「ああ、大丈夫だよマリエッタ。ここにいるのは、動ける隊員だけだから」
つまりは”軽傷”という意味なのだろう。
と、すかさずジュニーが、
「いえ、マリエッタ様。隊長だけちょっと診てもらってもいいですかー?」
「僕? 必要ないよ。それよりも外に……」
「ダメです、逃がしませんよ。ちゃんとマリエッタ様にご判断いただいてくださいー!」
扉へ向かおうとするルキウスを引き留めるようにして、ジュニーはルキウスの隊服をむんずと掴む。
それから私に視線を向けて、
「隊長はいっつもオレ達のことは正確に判断するくせに、自分の傷には興味がなさすぎるんですー。仕事が終わってからまとめて診てもらえばいいとか言って! 今回は特に本気で隊長に抜けられるときついんで、がっつりきっちり働いてもらうためにも隊長には万全を期してもらわないとー」
「僕ならまだ全然元気だよ?」
「だから、隊長の基準が信用ならないって言ってんですう!」
(ルキウスったら、騎士団に入ってからも相変わらずなのね……)
年を重ねるごとに私が治療する機会は減っていったものだから、てっきり”治療嫌い”は改善されたのかと思っていたけれど。
「ともかく、マリエッタ様! 隊長をお願いしますー! オレらは先に行ってますので!」
では! とジュニーが告げたかと思うと、あっという間に隊員達の姿が見えなくなってしまった。
つまりは他の隊員たちも、ジュニーと同意だということ。
ぽつんと残されたルキウスもこの状況は予想していなかったようで、珍しくあっけにとられた顔をしている。
ちょっと、かわいい。って、今は胸をキュンとさせている場合ではない。
「……ルキウス様」
手を差し出した私に、ルキウスが戸惑ったようにして瞳を揺らす。
「でも……」
(この期に及んで、なにをそんなに渋っているのかしら)
面倒なのか、別の理由なのか。
なんであれ、任された以上このまま向かわせるわけにはいかないし、ルキウスの隠し癖を知っている身としても、きちんと怪我の程度を把握しておきたい。
私は呆れを胸中に押し込めながら、ぎろりとルキウスを睨み上げ、
「私に治療されるのは、お嫌ですの?」
「ちが……っ、違うんだ、マリエッタ。キミが治療してくれるというのなら、この身体に傷を負うたびに幸福を見出せるに違いないのだけれど」
「いえ、それは考えを改めてくださいませ」
「その……僕のこの手に触れては、マリエッタを汚してしまうから」
「…………ん?」
ポツリと零された言葉に、首を傾げる。
ルキウスは困ったように微笑んで、
「気味が悪いでしょ、紫焔獣の残滓だなんて。僕もマリエッタに触れてはほしくないもの。治療は全部が終わってから、看治隊の人間から受けるよ。だから今はこのままで――」
「ル・キ・ウ・ス・様」
強い物言いになってしまった自覚はある。
けれど、仕方ないだろう。
私はにっこりと微笑みルキウスとの距離を詰め、その手をむりやり掴み取る。
「見くびらないでくださいませ」
「っ、マリエッ――」
「汚れなど、拭けば落ちますわ」
触れた掌から流し込むようして、じんわりと魔力を這わせていく。
「どんなに黒かろうと、ルキウス様の手ですもの。気味が悪いなど、ありえませんわ」