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ルキウスの掌が、私の魔力を受けて淡い光をおびる。
(……ジュニー様の判断が正しかったようね)
触れる魔力から感じ取った損傷部分は、思っていたよりも数が多い。
怒り半分、呆れ半分を押し込みながら、集中して治療を行っていると、
「――”黒騎士”」
「……はい?」
「マリエッタは、僕がどうしてそう呼ばれているか知ってる?」
実は少しばかり不思議だった。だってルキウスには、”黒”の色が存在しない。
ならば隊服の黒なのかなとも思ったけれど、騎士団員はだれしもが着ている服だもの。
わざわざルキウスだけを”黒騎士”と呼ぶには、違和感がある。
私の困惑を悟ったのだろう。ルキウスはふっと目元を緩めて、
「……今の姿が、まさにでしょ? 僕につけられた”黒騎士”の異名は、羨望とか賞賛とか、そんないいものじゃない。得体のしれない紫焔獣の”黒”を浴びたこの姿への畏怖と嫌悪から、誰かが呼び始めたんだ」
「そんな……っ」
「僕自身は気にしていないけれどね。アレを討伐するのは楽しいし。けれど……」
ルキウスは躊躇いを飲み込むように一度口を閉じてから、
「マリエッタには、この姿を見られたくなかった。キミに怯えた眼で、拒絶されたらと考えるだけで……息が、止まりそうだった」
「ルキウス様……」
「マリエッタのことは、誰よりも一番に理解できているつもりだったんだけどな。僕もまだまだ理解が足りていないみたい。……ありがとう、マリエッタ。キミはいつだって、僕を陰から救い出してくれる」
光が止む。治療が完了したみたい。
そっと掌を離すと、ルキウスがはしりと指先を掴んだ。
それから少し乱雑に、自身の隊服で私の手を拭う。薄くなっていく、黒の色。
「さすがマリエッタだね。身体は軽いし、気分もすごくいい」
「あの、ルキウス様。ご存じの通り、私には浄化の能力がありません。ですので看治隊のどなたかに――」
「浄化石があるから大丈夫だよ。心配してくれて、ありがとう」
「……ルキウス様は、昔から無茶ばかりしますもの。心配にもなりますわ」
違う。言いたいのは憎まれ口じゃなくて、ルキウスへの感謝なのに。
救われているのは私のほうだ、と。たった一言、お礼を告げればいいだけなのに。
「あのね、マリエッタ」
私の葛藤を知ってか知らずか。ルキウスが、ことさら優美に笑む。
「この騒動が落ち着いたら、話したいことがあるんだ。だから絶対、倒れちゃ駄目だよ」
「! 私も。私も、お伝えしたいことがありますの……っ」
とんだ好機だと便乗した私に、ルキウスは「マリエッタの話なら、いつだって聞くよ」と頷いてくれる。
(これでやっと、私の気持ちをお伝えできるのね)
安堵にこっそりと息をついてから、私はルキウスの指先をそっと握り返し、
「ルキウス様。必ずや、ご無事で」
「約束するよ。マリエッタも、気を付けて」
温もりが離れる。寂しさを悟られないように、空いた指先は自ずから胸元に引き寄せた。
柔く両目を細めて、ルキウスが背を向ける。
堂々とした足取りで去っていく姿には、”黒騎士”の名に相応しい威厳が。
(大丈夫。ルキウスは、ルキウスだわ)
指先に残った微かな黒をドレスで拭い取って、私もまた、己の戦場へと急いだ。
***
ルキウスの治療の後、治療できたのは十二人だった。
魔力の回復には、一定の時間を要する。
空っぽすれすれの限界まで放出したものだから、しばらくは使いモノにならない。
幸いなことに、アベル様の緊急招集命令によって王都の医師が駆けつけてきてくれたから、心配は無用なはず。
手伝ってくれたご令嬢方も、じきに治してもらえることだろう。
(それにしても、良かったわ。ご令嬢方に変な誤解をされずにすんで)
アベル様とルキウスの騒動を、絶対に問い詰められると思っていたのだけれど。
アベル様とは元より顔見知りなのだと説明すると、
「”堅氷《けんぴょう》の王子”だなんて聞きますけれど、あんなに心配されるなんて、とってもお優しい方でしたのね……っ!」
「ルキウス様だって、近寄りがたいお方なのだとばっかり思っていましたが、驚くほどにお優しい目をされるのですわね!」
二人の以外な一面を見れたとはしゃぐばかりで、私への牽制は一切なかった。
(おまけに”大変でしたわね”って労いの言葉までかけてくださるなんて、皆さん、本当に素敵な方たちばかりだわ)
次に夜会に出席した時には、もう少し違った雰囲気を楽しめるかもしれない。
そんな期待を胸に秘めながら、私はご令嬢方に教えてもらった、避難場所のひとつである応接間へと向かった。
ロザリーを探すために。けれど。
(……いない、わね)
いまだ混乱の気配が色濃い応接間の中には、ロザリーの姿はない。
避難の間に合った人達は、何か所かに別れて待機していると言っていた。
きっとここではなく、別の部屋にいるのだろう。そう、不安に陰る自身に言い聞かせ、私の次の避難場所である食堂へと向かった。
けれども食堂にも、ロザリーの姿はない。
談話室も、王座の間にも。開く扉の数が増えるたびに、言い難い不安と恐怖が胸を浸食していく。
(そうだ)
ロザリーは誰もが知る”エストランテ”。ならば……。
「あの、お尋ねしたいのですけれど」
私は王座の間で座るご令嬢方に声をかけ、
「どなたかエストランテ様をお見掛けしてはいませんでしょうか?」
「エストランテ様……?」
「そういえば……アレが襲ってきた時、途中までは一緒にいらしていたはずですのに」
「! 途中までは一緒に逃げていらしたのですね!」
「え、ええ。けれど私達も逃げるのに必死で……。はぐれてしまったのは、エストランテ様だけではありませんし」
(ロザリー……どこへ行ってしまったの……っ!)