テラーノベル
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私の震える唇から溢れた告白が、静まり返った広間に重く、取り返しのつかない響きを持って落ちた。
刹那様の背中を抱く手に、縋るようにさらなる力を込める。
けれど、その瞬間に手のひらから伝わってきたのは、安らぎなどではなかった。
それは、肌を直接焼くような
異様なまでの「熱」───
そして、獣が獲物を前にした時の禍々しい脈動だった。
「……緒美、言ったはずだ。離れろと」
刹那様の低く掠れた声が、地を這うような獣の唸りに変わる。
彼が私を突き放した衝撃は凄まじく、私は畳の上に無様に倒れ込んだ。
弾む息を整えながら見上げると、そこには先ほどまでの悲痛な表情を消し去り
底知れぬ本能に支配されかかった「鬼」が立っていた。
「あ、あぁ……っ!ぐうう……っ!」
刹那様が、己の衝動を抑え込むように自分の喉元を激しく掻きむしる。
鋭い爪が白磁の首筋を無慈悲に裂き、そこからどろりと、闇のように赤黒い血が溢れ出した。
彼は私を愛おしいと思えば思うほど、その高潔な情動を、醜い「食欲」へと強制的に変換してしまう。
私の身勝手な告白が、彼の中で眠っていた数百年分の飢餓に、最悪の形で火をつけてしまったのだ。
ぎらついた緋色の瞳が、獲物を値踏みするように私の全身を舐めるように這う。
その視線に触れられるだけで、肌が粟立ち、魂が削られるような恐怖に襲われる。
しかし、刹那様は理性を繋ぎ止めようとしているのか、自らの腕を深く、肉が裂けるまで噛み切った。
痛覚によって本能を強引に捩じ伏せようとしているのだ。
滴り落ちる鮮血が、美しい畳を無惨に、赤く染めていく。
「刹那様、お願いです、自分を傷つけないでください……!」
「来るな……ッ!今のお前に触れられたら、俺は間違いなく、俺自身を止めることができずに……お前を喰い兼ねない」
彼は荒い、獣じみた息を吐きながら、ふらつく足取りで私から距離を置いた。
その距離は、単なる物理的な空間ではない。
彼が私を愛しているからこそ、私を守るために築こうとしている、絶望的な断絶の壁だった。
「明日から、お前はこの屋敷の離れに移れ。……決して、俺の前に顔を見せるな。声も聞かせるな。俺のこの飢えが収まるまで、二度と近づくことは許さぬ」
「そんな……っ、独りでそんな苦しみを背負わせるなんて……!」
「行け! ……これ以上、お前を…傷付けたくないのだ…っ」
最後は、喉を切り裂くような、絞り出すような悲鳴だった。
私は、溢れる涙で視界を滲ませながら、逃げるように、転がるように部屋を飛び出した。
離れの冷たい床に座り込み、震える手で懐中時計を取り出す。
雲間から漏れる月明かりの下で見た文字盤は、もはや逆回転を通り越し
針が激しく痙攣するように左右に揺れていた。
時計そのものが、主の壊れゆく心を代弁して悲鳴を上げているようだった。
(愛せば愛すほど、彼は地獄を彷徨う。側にいればいるほど、私は彼の牙を招き寄せる……)
懐中時計の刻む狂った音が、私に残された猶予を削るカウントダウンのように聞こえた。
私たちの想いが通じ合った瞬間に始まったのは
夢見た幸せな日々などではなく、互いの命を削り合う、残酷な飢えの始まりだったのだ。
私は、自分の胸元にある「縁結びのお守り」を、指先が白くなるほどぎゅっと握りしめた。
たとえ側にいられなくても。
たとえ一生、触れ合うことが叶わなくても。
この胸に灯った熱だけは消えないでほしいと
明日をも知れぬ命を抱えながら、矛盾した願いを暗闇に放った。
#ロマンスファンタジー
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