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翌朝目を覚ますと自分の部屋のベッドにいた。服は昨夜のままだった。どうやら母ちゃんと美紅でベッドまで運んでくれたらしい。まだ精神的なショックは残ってはいたが、すがすがしい気分だった。
リビングへ行くともう母ちゃんと美紅はテーブルで朝食を摂っていた。母ちゃんが拳で自分の腰のあたりをトントンと叩きながら俺に言った。
「もう、ほんとに図体だけは一人前ね。あんたをベッドまで運ぶのに骨が折れたわ」
俺は一緒にテーブルに座ってとりあえず自分のマグカップにコーヒーを注いで飲む。母ちゃんが話を続ける。
「ねえ、雄二。ちょっと訊くけど、純君て、クリスチャンだった?」
「へ?」
俺は我ながらこれ以上はないという間抜けな声を出してしまった。
「いや、そんな話は……俺は聞いた事がないな。でも、なんで?」
「これよ」
と言って母ちゃんはテーブルの隅にあった物を手に取り俺に向けてかざして見せる。それは確かにキリスト教の十字架のように見えた。でも、なんか形が微妙に変わっているというか変なように思えた。
「そりゃ何だ?」
それまで無言でトーストをぱくついていた美紅が横から口をはさむ。
「あの河原で、あの人影があたしに向けて投げつけた物」
あっ! 確かに、それで美紅は隙をつかれてあいつに逃げられたんだっけ。しかし、それと純がクリスチャンだったかどうか、それが何か重要な関係があるのか? 母ちゃんが続けて言う。
「一見十字架に見えるけど形が変わり過ぎているのよね。ほら、それぞれの端っこの四か所が双葉みたいな飾りみたいな形になっているでしょ?」
言われてよく見ると確かにそうだ。
「ギリシャ正教やロシア正教なんかだと十字架の表面を宝石やら金箔やらで派手に飾る事はあるけど、十字架の形そのものを端っこだけとはいえ変形させるというのは聞いた事がないわ。でも、もし純君がクリスチャンだったのなら、キリスト教と何らかの関係があるかと思ったんだけど」
俺はまたぶるっと身震いした。
「じゃあ、純の幽霊が使ってたあの力はキリスト教の呪術か何か……そういう事?」
「それはないわね」
母ちゃんはあっさり否定した。
「まあキリスト教が支配的になった後のヨーロッパでは魔女狩りとか異端審問だとか、教会権力もさんざん残酷な事やった歴史はあるわよ。でも少なくとも正統派のキリスト教の宗派に人を呪い殺したりするための秘術なんてないわ。それはむしろ悪魔を崇拝した教団の専売特許ね。それにその純君の幽霊はこれを武器として使った。十字架はキリスト教徒にとって最高に神聖なシンボルだから、人を傷つけたり攻撃したりするのに使う事はクリスチャンならあり得ない。もしそういう事があるとしたら、相手が悪魔である場合だけよ」
「じゃ、じゃあ、純にとって俺たちは悪魔なのか? だから平気で十字架を武器に使ったって事?」
「いえ、それも少し違うわね。純君の幽霊はこれを武器として美紅に向かって使った……雄二、あんたが純君にとって悪魔だとしても、美紅は純君の自殺には何の関係もない。ましてあの時初めて会った美紅に十字架を武器として使うのはキリスト教徒にできることじゃないわ。たとえ幽霊になっても、そういう心理的なブレーキはなくならないはず。だから参ってるのよ」
「参ってるって、なんで?」