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呉の親戚の家――
瓦屋根が残るだけまだマシだったが、柱の隙間からは風が吹き込み、冬の寒さは骨にしみた。
こはるは、台所の隅で、そっと芋の皮をむいていた。
「ええか、皮は薄ぅ〜ぅにむくんよ。身ぃが減るけぇな」
そう言って笑うのは、親戚の家のおばちゃん。
柔らかく丸い広島弁に、こはるは少しだけ気を緩めて、うなずいた。
「うん……がんばるけぇ……」
手はまだ小さい。包丁も、戦時中に手に入った貴重なものだった。
こはるは指を切らないように、何度も何度も角度を変えては、皮をむいた。
その姿を、縁側から拓也が静かに見守っていた。
彼の頬もこけ、目の下にはうっすらと影ができていたが、こはるの前では決して「苦しい」とは言わなかった。
「お兄ちゃん、見とったん?」
「……ちぃとだけな。うまいことやっとる思ぅたけぇ」
こはるは誇らしげに、少し膨れた芋を掲げてみせた。
芋ご飯は贅沢だった。
だけど、干し芋や芋粥よりも「ごちそう」に感じる日が、あの戦後には確かにあった。
「もうちょっとで炊けるよー、ええ匂いじゃろ」
おばちゃんが大鍋の蓋を少し開けると、湯気と一緒に、香ばしい香りが立ちのぼった。
その瞬間、こはるの鼻がぴくりと動いた。
「ああ……お母さんがよう作っとった……」
ぽつりとこはるが言った。
その一言で、空気がすっと静かになった。
拓也も、おばちゃんも、何も言わなかった。
「こはるちゃん、今度はお母さんの代わりになってあげんとねぇ。健気なもんじゃねぇ……」
「……うん。うちは、お兄ちゃんの分もがんばるけぇ」
鍋の前で、こはるは背筋をしゃんと伸ばしていた。
手には、米を混ぜるための杓子。
ふっくら炊けた芋ご飯は、戦争で焼けた日々を少しだけ忘れさせてくれる、そんな味だった。
拓也は、縁側からその姿を見て、小さくうなずいた。
「……お前、大きゅうなったな」
戦争が終わっても、傷は癒えない。
でも、日々の暮らしの中で、こはるの手は「生きる力」に変わっていく。
その小さな背中は、もう「守られるだけ」の存在ではなかった。