透明な放課後。
 
 
 教室は静かだった。
 俺は黒板の前に立ち、ノートを開いていた。
そのにはシャークんが残してくれた「記録」
がある。
 
 けれど、数ページが真っ白になっていた。
 (……もう、始まってる)
 シャークんのことも思い出せなくなってきた。
 顔は覚えてる。声も少しだけ。でも、
 昨日話した内容や、表情、ノートを見せてくれた瞬間──
それらが、 ぼんやりと靄に包まれている。
「シャークんに会わなきゃ。今なら、まだ間に合う。」
 俺は教室を飛び出した。
 向かう先は旧校舎の裏。
記録が残されていたあのベンチ。
 階段を下りながら、俺は何度も自分の名前を唱えた。
自分が誰なのか忘れないために。
 
 
 
 ベンチの前。
そこにシャークんはいた。
 静かに座り、空を見上げている。
どこか、眠そうな目。だけど、その目はまだ、
俺を認識していた。
 
 「……きたね、nakamu」
 「まだ覚えてる……?」
 「ギリギリ。でも、もう長くはもたない。君の中の俺も、もうすぐで消える。」
 俺は息を飲む。
 「どうして?シャークんは、”記録してる”って言ったじゃん。
なら、残っているはずじゃ──」
 「うん。でも、記録も”なかったこと”にされていく。この世界は、”事実よりも整合性”を優先してる。お前が”シャークんのいない世界”に慣れていけば、そのうち俺は、自然と”いなかったこと”になるんだよ。」
 俺の胸が苦しくなる。
 「じゃあ、どうすればいいの?誰を信じればいい?きりやんも、”選ぶこと自体が罠”だって言ってた。なのに、シャークんは”選べ”って言った。もう、何も分からない。」
 シャークんは、そっと俺の手をとった。
 「nakamu。
お前は、今まで”誰も選んで来なかった”。
自分を守るために、疑って、距離をとって、
心を閉じてきた。」
 「……。」
 「俺は、ずっと見てた。お前がそうやって、
自分以外を”消さないように”、関わらないように生きてたこと。でも、もう限界なんだ。
お前が”誰かを選ぶ”って言うことは、同時に
”他の誰かを消す”ってことになる。
だけどそれでも──
選ばないと、誰も残らない」
 俺は泣きそうになりながら、
シャークんを見つめる
 「じゃあ…俺が…シャークんを選んだら、誰かが消えるの?」
 「…うん。だけど”選ばなかった場合”の未来の方が、もっと悲惨なんだよ。」
 シャークんは、手を話して立ち上がった。
 「もう、時間がない。お前に最後のヒントをあげる。」
 俺は唾を飲む。
 
 シャークんの声が、
風の音に重なるように響いた。
 
 
 
 
 「”事故”のことをおもいだして。
全部は、あの時から始まってる。
6人で──屋上にいた日。
あの日、お前は、誰かの”声”を無視した。それが、全てだったんだ。」
 「事故……?」
 記憶の奥が、チカチカと光る。
 
 夕暮れの屋上。
6人の影。
何かを叫ぶ声。
誰かの笑い声。
──そして、落ちていく誰の姿。
 
 (俺は、何を……)
 
 
 その瞬間、風が止んだ。
 シャークんが、静かに微笑む。
 
 
 「ありがとう。nakamu。
俺を忘れないでくれて」
 
 
 「やだ……まって!行かないで…!」
 「大丈夫、忘れられても、お前の中には”選択”が残る──それが、希望だから。」
 シャークんの姿が、
まるで霧のように薄れていく。
 
 俺はその姿を、手をのばしても、
もう触れられなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 その夜
俺は夢を見た。
 屋上。6人の影。
そして、その中に──きりやんの姿はなかった
つづく
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