テラーノベル
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退屈な授業だったのは確かだ。
実験でもやる日ならもう少し動きもあっただろうが、今日の化学はただ延々と先生の説明を聞くばかりであったのだから。
ゆえにうっかりうたた寝をしかけた自分を、咎めることなど誰にもできないだろうと冬香は思うのである。
予想外だったのは一つだけ。はっと気づいた時、自分が個室のような場所にいたということだけである。
「は!?」
立ち上がろうとしたところで、冬香は気づいた。
どうやら此処が、トイレの個室の中らしいということ。そして、己がスカートと下着を降ろした状態で、トイレの便座に座っているということに。
――な、何これ?え、え?アタシ、理科室で授業受けてたはずじゃ?それも、先生のつまんねー授業でうたた寝してて……え?
それとも、本当はトイレでうたた寝をしてて、夢でも見ていたのだろうか。首を振って、どうにか直前の記憶を思い出そうとする。どれほど記憶を辿っても、授業を受けていたこと、友人の由衣と共に“あの女”のことについて話していたことまでしか思い出せない。彼女を留年させた方が、楓を助けられるのでは――と頷き合ったことまでだ。
自分はそのあと、どうなったのだろう?
具合が悪くなってトイレに行ったのだろうか?それとも、授業が終わって休憩時間に?あるいは、このトイレの光景は、自分がうたた寝して見ている夢なのだろうか?
「夢かな、これ……」
思わず呟いた、その時だった。
『いいえ、夢じゃないわよクソ女!』
「!」
唐突に降ってきた声。ぎょっとして冬香は周囲を見回す。間違いない。この世で一番効きたくなかった、大嫌いな女の声。あの、野間綾乃の声だ。
一体どこから響いてくるのだろう。トイレの中に、当然自分以外の誰かの姿はない。上の隙間から人が覗いているなんてこともないというのに。
『あははははは、きょろきょろしちゃってておもしろー!これはね、紛れもなく現実なの。あんた、まずそれをきっちり認識しなさいよね!』
「お、お前……野間か!?アタシをどうしたってんだ!?」
『それ、教えてあげる義理あると思う?……あ、でも、状況がわかっていた方があんたも怖いかもね。だったら、冥途の土産ってやつで、いろいろ教えてあげた方が楽しいかも。でもどうしよう、どっから話せばいいかしら。あたしが、あんた達にいじめられて復讐を誓ったってところから話せばいい?』
「はあ!?」
カッと頭に血が上った。
冬香自身、自分達がやっていることを全面的に肯定しているわけではない。第三者に、それはいじめだと止められる可能性は十分にあると思っていたし、まったく罪悪感がないわけではなかったのだ。だが。
それをよりにもよって、綾乃自身に指摘されるなど――あまりにもあり得ない。だってそうだろう。そもそも自分たちが綾乃を攻撃するようになった理由は、綾乃自身が“やらかした”からに他ならないのだから。
「お前にだけは言われたくねえよ!お前が、楓を傷つけるからアタシらが仕返ししただけじゃねえか!悪いのは全部お前だろうが!!」
そう。こんなことをしている理由はただ一つ。
この野間綾乃が、自分達の親友に酷いことをしたから。先に嫌がらせをしてきたのは紛れもなく綾乃の方だというのに――。
『この期に及んで被害者面するわけ?みっともないわね。いじめの加害者って、いじめを認めないっていうけど本当なのね』
「加害者はお前の方だろ!被害者面?ブーメラン突き刺さってるのに気づけっての!」
『ブーメラン?なんのことかしら。ていうか、もうちょっとしおらしくしてれば、あたしも温情かけてあげたかもしれないのに馬鹿な女。自分が絶対に逃げられない状態にいるってこと、まだわかっていないのね』
「なに!?」
どういうことだ、と身動きしようとして冬香は気づいた。お尻が、便座にぴったりとくっついてしまっている。無理やり立ち上がろうとしたところで、お尻に激痛が走った。
冷や汗が流れる。
これはまるで。瞬間接着剤で、無理やりくっつけられてしまったかのような。
『あたしね。復讐できる魔法をもらったの。カエシオニの力っていうんですって。その力があれば……あんた達に味あわされた苦しみ全てを、あんたに返してやることができるの。いいえ、あたしの苦しみは、実際の行為以上のものがあったわ。あらゆる恥、あらゆる痛み、あらゆる苦しみ……あんた達は、いくらそれを味わっても足りないくらいなのよ』
まるで自己陶酔するかのような、綾乃の声が響く。
『一切証拠は残らない。あんたを授業中に、こっそりトイレにテレポートさせることも……その狭くて暗い箱の中で、あんたを好きなだけ拷問して殺すことも可能。あたしが直接手で触れるわけでもないから、あたしが疑われるような痕跡は何一つない。イッツ、パーフェクト!ってわけ。完全犯罪って、魔法の力があればいくらでもできるのね。科学の方がよっぽどもろくてつまんないわ……』
「こ、殺す?あ、アタシを殺すってのか!?そこまで本気で……っ」
『するわよ、当たり前でしょ。あたしの言ったこと聞いてなかったわけえ?あんたは、あたしにあらゆる苦痛と恥を与えたのよ。それ以上に苦しみ抜いて死ぬくらいしなきゃ、まったくつり合いが取れないと思わない?それに』
ごぽ、ごぽ、ごぽ。
どこからともなく、水音が。一体どこから、と冬香は震える。得体のしれない事態。得体のしれない恐怖。そして、得体のしれない憎悪を向けられている。
『それに、あんたは殺されることより、拷問されることの方に怯えた方がいいと思うけど』
「ふ、ふざけんなあっ!」
それでもまだ、怒りが僅かに上回っていた。何故、この女は自分こそが被害者のような顔をしているのだろう。自分が全てセイギで、何一つ悪いことなどしていないというフリをしているのだろう。
あまりにも許しがたい。自分だって、好きで彼女に水を浴びせたり、ものを壊したりしたわけではない。全て綾乃が、この薄汚い女から楓を守るためにしていたことだというのに――!
「自分ばっかり被害者みたいなツラしてんじゃねえよこのクズクズクズ!お前みたいな奴はさっさと地獄に落ちろ!この学校から、アタシたちの前から消え失せろ!目障りなんだよ、最初から。初めて会った時から気に食わなかった。それでもまだ、キモイ女だってだけならスルーしてたっつうのにあまつさえ楓にあんなこと……!しかもそれで今度はアタシを拷問するとはどういう了見だ!?この逆恨みヤローが!てめえこそ、さっさと死んじまえばよかったんだよ!!」
怒りのまま叫んだ、その時。びちゃり、とより大きな水音がした。それも、自分のお尻の下からだ。
「ひっ」
何が、と思った次の瞬間。お尻と便器の隙間から、一気に水が噴き出してきたのである。それも冷たくて、汚物にまみれた汚い水が、だ。
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
慌てて顔を覆って蹲るものの、お尻が便座にくっついている状態ではどうにもならない。髪も、制服も、靴下も、靴も、下着も。びちゃびちゃびちゃ、と噴き出す汚水にまみれてどんどん汚れていく。凄まじい臭いに涙が溢れ、さらに触れた肌が刺激でぴりぴりと痛んだ。
そのくせ、水が凍るように冷たいのだ。秋口の今、水道をひねっても、こんな冷たい水は出ないはずだというのに。
『あははははははは!ははははははははははは!どお?あたしはホースの水をぶっかけられたから、その倍返しってやつう!あんたは、トイレのきったねぇ水をぶっかけられるのがお似合いよ!ああ、全部見えるわ。髪の毛にウンコついてるのがわかるう?めっちゃくっさそう!あんたの友達もきっと、二度とあんたに触りたくなくなるでしょうね。いい気味だわ。あはははは、ははははは!』
「あ、あああ、ああ……!」
まだ汚水はびちゃびちゃと噴出を続けている。顔を守るために、両手を覆ったまま動かすこともできない。自分の体がどれほど汚れているのかも確認できなかった。ただきっと、綾乃の言うことは正しいのだろう。足に、背中に、首に。べったりと貼り付く固形物の感触がわかる。それがどろどろとした、考えたくもない物体であろうことも。
これは、夢か。
自分は、悪い夢を見ているのか。
こんな目に遭わなければいけないほどのことを、本当に自分はしたのか。
『まだよ。水浴びさせるだけで終わらせてあげるつもりはないわ』
今度は何を、と思った瞬間。便座についたままのお尻に違和感を覚える。何を、と思った途端、お尻の穴に何かが入り込んでくることに気付いた。
それは、液体。そう、トイレの汚水が、まるで生き物のように蠢いて冬香のお尻から入ってこようとしているのだ。
「や、や、やだっ!やだ!」
括約筋を締めるものの、そんなもの無視だと言わんばかりに入り込んでくる水の塊。それが、直腸を抜け、結腸をくぐり、内臓を遡ってくるのを感じ取ってしまう。
同時に、ごろごろごろごろ、とお腹が凄まじい勢いで鳴りだした。当然だ。普通の浣腸液でさえ人はお腹を下すのに、入り込んできた水は誰のともしれぬ汚物にまみれたものであるのだから。
「ぐ、ぐううっ」
『痛い?お腹壊すのって辛いでしょ?でも、あたしはもっともっと苦しかったんだから……あんたはもっともっと苦しんで貰わないとね。そうだ、どうせなら、口からも味わってみる?トイレのきったないお水!』
「!」
ばしゃあん!と足元に溜まっていた水が立ち上がった。そう、まるで生き物のように波打って飛び上がったのだ。
そして、冬香の方へ、力強くダイブしてくる。ぎょっとした冬香が最後に見たのは、自分の顔面に向かってくる茶色く濁った津波。
「ふ、ぐうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!」
目に、鼻に、耳に、口に。汚水は容赦なく入り込み、浸食した。固形物を含む苦くて臭い水が舌をなめまわし、喉へ向かい、食堂へと落ちていく。
「うぐううううううううううううううううううううううううう、ふぐうううううううううううううううううううううううううう、うぐううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!」
――汚い汚い汚い汚い!やだ、やだやだやだ!ほ、本当に、死んじゃう……!
人が糞便を食べないのは、それが純然たる毒だからに他ならない。全身ががくがくと震え、嘔吐感と下腹部の激痛に冬香は足をばたつかせる。
そんな冬香を、綾乃の声はただひたすら嘲笑い続けたのだった。
『吐いたり漏らしたかったら好きにしていいのよ?まあ、吐いたものも漏らしたものも、ぜーんぶあんたの体にまたねじ込んで戻すんだけどね!あはははは、超面白い!超最高っ!』
リユ
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阿炎快空
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コメント
1件
うわあ……これはすごい。第3話にして、もう完全に復讐劇の様相を見せてきましたね。 まず、設定の巧妙さに惹かれました。「カエシオニの力」という復讐魔法のコンセプトが、単なる仕返しじゃなくて「味わった苦しみをそのまま返す」っていう因果応報の構造になってて、物語としての説得力があります。しかも、いじめの加害者である冬香の視点で描かれているからこそ、読者が「これはやりすぎでは?」と感じる部分と「でも自業自得かも…」という複雑な感情を抱く、そのバランスが絶妙でした。 特に、綾乃が「証拠も残らない」「テレポートも可能」「完全犯罪」と説明するシーンは、ファンタジー要素を現実の復讐に落とし込む手法としてとても上手いなと。伏線として、理科室からトイレへの突然の転移も気になりますし、この後どうなるのか続きが待ち遠しいです。 ただ、描写があまりにもえぐいので(特に浣腸的な展開や汚水を飲まされるシーン)、読む人を選ぶ作品だなとは思いました。それでも、この手の「復讐もの」としての熱量は本物ですね。次回も楽しみにしています!