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「……綺麗…月とよく似合っていて……」
「そう、この頃の景色が一番だと……」
彼が穏やかに微笑んで応える。
「だから見れば、きっとあなたの気持ちも、安らぐのではないかと思いまして……」
そうして、触れ合った手がふと握られると、
「私のことを気にかけてくれて、ここへ……?」
気持ちを決めかねて思い悩んでいる私を紛らわそうとして、彼がわざわざ連れて来てくれたことがわかって、胸の奥が仄かに温まるのを感じた。
「ええ、ちょうどシーズンなのを思い出して、君にも見せたいと……」
「嬉しいです。こんな景色を、見せてくれて……」
芒が風になびく音に混じって、コロコロと鳴く虫の音色が微かに聴こえてくる。
「寒くはないですか?」
彼の上着がふわりと肩に掛けられると、胸の内にもやもやとわだかまっていたためらいも、やがてじんわりとほどけていくようにも感じた──。
「ここは、まるで、心象風景のようで……」
ポツリと呟いた彼へ、
「心象風景って……?」
と、首を傾げて訊き返した。
「心に思い描いた風景というような意味です。このすすきヶ原は、心の奥にいつもあるようで、私は忘れられなくて……」
風に揺らぐ芒はこの人の心の中で、どんな風に映っているんだろうと思った。
此処でこの景色を眺めている彼の姿が浮かぶと、背負ってしまった色々なものを、人知れず下ろしに来ているようにも感じられた。
「そうなんですね…」
自分も揺ら揺らと凪ぐ芒の穂を見つめ、それだけを答える。
「もうだいぶ冷えてきたので、帰りましょうか?」
車の中に手が引かれ、どちらからともなく顔を寄せ合い、自然と口づけを交わすと、
心の迷いからもいつしか解かれて、ただ彼のことを思う気持ちのみが、だんだんと私の中でも膨らんでいくようだった……。