「俺たち、付き合うことになったんだ。諦めてよ、おじさん。優亜ちゃんも俺のことが好きだって言ってるじゃん。ねっ?」
春人は彼女を抱き寄せた。
おじさんって、俺たちたぶん同い年くらいだぞ?
「うん、好き」
彼女も春人にしがみついている。
「そんなの認めない!俺がどれだけ優亜ちゃんに尽くしたと思ってるの?この前だって、大金を……」
彼の目頭が赤くなり、手は小刻みに震えていた。 怒りと悲しみが同時ってやつだな。
「大金なんかじゃないじゃん。あのくらい。いいから今後、優亜に近づかないで?」
勝ち誇ったような顔の彼女。
葵の元彼は、歯を食いしばっている。
今にも殴りかかってくるんじゃないかという勢いだったが、その後、何も言葉も発さず、後ろを向き歩いて行った。
これであいつが金を求めて葵のところには行かないだろう。
「よしっ!行っちゃったね!この後、どこに行く?」
上目遣いで、彼女は春人に話しかける。
「もういい、流星?」
春人の顔つきが一瞬で変わった。
「ああ。ありがとう」
俺の返事を聞いた直後、春人は腕を組んでいた彼女を離した。
「えっ?」
春人はうーんと背伸びをし
「今日は疲れちゃったよ。なんか奢ってよね」
俺たちの店の方向へ春人は歩き出す。
「えっ。ちょっと、どういうこと?」
まだ彼女は自分の状況がわかっていない。
「面倒だから、流星からなんか言っといて?」
冷たい目だな。
一人先を歩いて行った。
春人を追いかけようとしている、彼女を止める。
「お前が人を騙したように、お前も騙されたの。もう用はないから。なんか学べよ」
「はっ?意味わかんないんだけど。何がしたいの?ねぇ、教えてよ!」
彼女の言葉を無視して、俺も店へ向かう。
後ろを振り返りはしなかったが、彼女が俺たちの後を追ってくることはなかった。
…・……・
時計を見ると、日付が変わる時間。
今日は、瑞希くんから何も連絡がない。
もうすぐ帰るよって、いつもなら連絡くれるのに。スマホを見つめていた。
その時――。
あれっ、珍しい。電話だ。
「もしもし……」
<ごめん、葵。今日、春人、家に連れて行っていい?>
春人さん?
「いいよ。ていうか、ここ瑞希くんの家なんだし。ご飯食べてくるんだよね?」
<それが……。何か作れる?春人がどうしても葵のご飯を食べたいって言ってて……>
「えっ、作れるけど、あとどれくらいで帰ってくるの?」
<あと三十分くらい……>
そんなに時間がないな。
「わかった!口に合うかどうかわからないけど、気をつけて帰って来てね」
電話を切った瞬間、慌てて追加でお米を炊く。
早炊きにしなきゃ間に合わないな。
瑞希くん分のおかずはあるんだけど。どうしよ。それを半分にして、他に何か作らなきゃ。嫌いな食べ物とかあるのかな。聞いておけばよかった。
玄関のドアが開く音がした。
「お邪魔しまーす!」
あっ、春人さんの声だ。
「おかえりなさい」
「ただいま、葵ちゃん」
私のこと、瑞希くんから聞いているのかな?
「おいっ」
先に部屋に入ろうとしている春人さんを押しのけて
「ごめんな。いきなりで」
瑞希くんが謝ってくれた。
「ううん。全然!とりあえず、先に出来てるものから出すから」
部屋に入り二人分の上着を預かり、ハンガーにかける。
「飲み物は、お茶かお水で大丈夫ですか?お酒がないんで買って来ましょうか?」
仕事中にお酒は飲むんだから、お茶とかでいいのかな。
「うん、お茶で大丈夫だよ。仕事中は嫌でもお酒飲まなきゃいけない時あるし」
二人はキッチン前のテーブルに座る。
「温かいおしぼり、どうぞ」
「えーすごい!お店みたい」
テンションが高いな、春人さん。
ん?春人さんってこんな人だったっけ?
お店では、もうちょっと大人のお兄さん的なイメージだったんだけど。これが素なのかな。
とりあえず、前菜らしき物を提供する。
ブロッコリーと卵のサラダ、ひじきの煮物、冷奴。
「ごめんなさい。なんか実家のご飯みたいな感じで」
「うまっ、俺、ひじきなんて食べたの超久しぶりだよ。こんなに美味しかったっけ?子どもの頃は、苦手だった気がするんだけど。俺も大人になったってことかな?」
春人さん、箸が進んでいるようで良かった。
「春人、食いすぎだし!俺の分!」
こうやって見ていると兄弟みたい。
なんか微笑ましいな。
お味噌汁とメインのチキン南蛮を出した。
「すげー。上手そう!このタルタルソースおいしいね」
「あ、もしソース足したかったら言ってくださいね」
「もっとほしい!」
私がボールに入れたソースを持っていくと
「えっ、タルタルソースも作ったの?」
春人さんがソースをかけている私に聞いてくれた。
「あっ。はい。急いで作ったので、ちょっと心配だったんですが、美味しいって言ってもらえて良かったです」
俺もちょうだい!と瑞希くんが隣からお皿を出した。
なんか子ども二人の夕ご飯の面倒を見ているみたい。
「ご飯、おかわりある?」
「俺も!」
どうして張り合うんだろう。
ありますと答え、最初に春人さんのお茶碗を受け取った。
すると
「なんで葵、春人の方が先なの?」
まるで子どもの質問をしてくる瑞希くんが可愛い。
「春人さんはお客さんでしょ?」
「そうだよ、流星。俺、今日頑張ったんだからそれくらい許してよね」
頑張った、売上が良かったとか?
あまり気にせず、おかわりのご飯と
「これ、箸休めに。良かったら。漬け物を漬けてみたんです」
浅漬け程度かもしれないが、味はついているはず。
あっ、でもさすがにおばちゃんっぽかった?
私の心配をよそに、春人さんはきゅうりの漬け物をパクっと食べた。
「上手いー!実家にいた時よく食べてた!俺、地方出身だからさ。自分の畑で作った野菜とかよくばあちゃんとお母さんが漬け物にしてくれてさ。ご飯と一緒に食べてた!懐かしー」
演技じゃないみたい。
ご飯もう半分くらいなくなっているし。細いのに、たくさん食べるんだ。
「これで満足したか?」
瑞希くんが春人さんに話しかける。
「うん、大満足だね!いいなー、流星。こんな美味しいご飯毎日食べてるの?」
正確には毎日ではないけど。
ここ数日だけなんだけどな。
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