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「どうやら、私、ラジオ番組やってた頃から、ずっと、その霊つれて歩いてたらしいんですよね~」
ああいうところ、溜まりますからねえ、と悠里は言った。
午前中、仕事の区切りがついたところで、悠里が猫を見に自動販売機に行くと、後藤が来て、それに釣られて修子が来て、七海が来た。
「なんでそれがわかったんだ。
まさか、ラジオでお前の笑い声だと思ってたのも、霊だったのか?」
と後藤に訊かれる。
「それはさすがに違いますよ~」
ははは、と笑ったあとで、悠里は言った。
「気になったので、番組で知り合った霊能者の人に訊いてみたんですよ」
妙な知り合いがいるわね、という目で修子に見られる。
「前も笑い声入ってましたけど。
あの女の方は、ああいう笑い方しないなって思ったので。
あのときから、おかしいなとは思ってたんですよね」
そんな話のあとで、七海が言った。
「ところで、呑み会をうちでやろうと思う。
大林、お前も来い」
えっ!? と修子が驚く。
「大林に龍之介さんを紹介したら。
ストーカーになって付け回しそうな気がする。
龍之介さんの家を知られない方がいいだろう。
今回は、うちでやろう」
「やだなあ。
付け回したりしませんよ~」
と笑っていた修子だったが。
呑み会で北原を見た途端、
「付け回しますっ!」
と宣言した。
……危ないとこだった、という顔を七海がしていた。
だが、北原はやはり、猫に夢中だった。
駆け回るルンバと猫と猫を追う北原、を見ながら呑むみんな。
後藤が例のホワイトボードに気づき、
「これはなんだ? 貞弘ユウユウ」
と言うので、
「……毎日、スキ、キライを書けと言われてるんですよ。
何故か、○、二個しかないんですけどね」
と教えると。
ふうん、と言った後藤は、七海が猫に構っている間に、狭い○の中に無理やり漢字で、
『嫌い』
と書いていた。
「はみ出してますよ、後藤さん」
と悠里が苦笑いすると、それを見ていた北原が、笑顔のまま、一度消して、○を増やし、三文字書けるようにする。
そのとき、すでにかなり酔っている修子がホワイトボードに近づいた。
三つある○を見て、まるきりはみ出した漢字で、
「募集中!」
と書く。
『!』外に出てますっ。
そこ、○ないですっ。
そして、なにを募集中なんですかっ、と悠里は思ったが、後藤は、
「超能力者じゃなくとも、なにを書きたいかわかるな」
と呟く。
そこで、ようやく気づいてこちらに来た七海が、
「……斜め上を行くな」
と悠里に愛を語ってもらう予定だったホワイトボードを寂しげに見上げていた。
いや~、社長のお宅すごいわ~。
やっぱり、悠里、うらやましーと思いながら、お手洗いから戻る修子は静かな場所を歩いたせいか、少し酔いがさめていた。
廊下を謎の黒い水牛があるところまで来たとき、向こうから、猫とともに、七海が現れた。
「大林」
と呼びかけてくる。
「お前は俺の恋の味方か?」
印象的な七海の瞳に、まっすぐに見つめられた修子はつい、
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#イケメン
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「はいっ。
でも、愛人になりたいですっ」
と心のままに叫んでいた。
まだ酒が残っていたようだ。
だが、すぐに正気に戻る。
「はっ。
私ったら、なんてことをっ。
私の心は一生、大家さんのものと決めたばかりなのにっ」
「……紹介しといてなんなんだが。
迷惑だから、捨ててこい、その心」
とすげなく言われてしまった。
悠里がお手洗いに行こうと、とことこ廊下を歩いていると、なんだかわからないが、
「捨ててこい」
と言われている修子と七海が見えた。
うーむ。
こうして見ると、修子さん、やっぱり綺麗だな。
私にはない女らしさがある。
そんな
「……そうか?」
と後藤に言われそうなことを思っていると、
「そんなこと言われても、私の心は動きませんっ」
と修子が七海を見上げて言った。
はっ。
まさか、修子さん、社長に告白しているっ?
さっきまで大家さんへの愛を訴えていた気もするけどっ。
でも……
修子さんだからっ、と少々失礼なことを考えながらも、悠里はショックを受けていた。
だが、修子は七海に向かい、訴える。
「どんな素敵な人をこの先、社長に紹介されつづけてもっ。
私の心は北原さんから動きませんっ」
「待て」
と七海が言った。
「なんで俺がお前が相手を決めるまで、紹介しつづける話になっている」
「だって、社長は悠里のご主人になる人ではないですかっ。
社長っ、私にいい人を紹介してくださいっ」
大家さんへの愛は今、何処に行きました……?
「そして、私の結婚式に来てください、二人でっ。
七海夫妻としてっ」
「紹介しよう、大林っ」
と七海が修子の手を強く握る。
「俺の友人のイケメン御曹司たちを次々とっ」
「社長、神っ。
悠里、神っ」
猫も神っ、と足元を駆け抜けていく猫を見ながら、修子が狂喜乱舞したとき、
「あ、僕、疲れたから帰りますね~」
と言って、北原はあっさり帰っていった。
猫たちをぞろぞろ引き連れて。
「笛も吹いてないのに、何故、みんな従う……?」
「うちの猫たちがっ。
待ってっ」
七海はぼんやり呟き、悠里は慌てて北原を、いや、猫たちを追いかけた。
「大家さん、恐ろしい人ですよね。
あんなに懐かなかった猫たちを――」
次の日、公園のキッチンカーで買ったランチを修子と食べながら、悠里は言った。
そして、昨日から、もやっとしていることを訴える。
「実は昨日、修子さんと社長が廊下で二人きりで、ちょっと楽しそうだったので、イラッとしてしまいました」
「いや、早く次の人、紹介してくださいって言っただけなんだけど」
修子は、綺麗だけど、野菜の千切り詰めすぎでは? みたいなサンドイッチをガブリとやったあとで身を乗り出す。
「でも悠里。
それは恋よ。
気づかぬうちに進行していたのよ、愛がっ」
恋なんですか、愛なんですか。
いや、どっちでも一緒で、私には縁のないものだと思ってましたが、と身を引きながら、悠里は言う。
「でも、私にもいろいろ理想がありまして」
「あるの?」
とものすごく疑問そうに修子に言われる。
「人生を共にする人を選ぶわけですよ、結婚って。
私のすべてを捨ててもこの人と一緒にいたいっ、というくらいの愛を育んでから、結婚したいんですけど」
「めんどくさいことを言うわね~。
あんたはただ、臆病なだけよっ。
社長があんたの前から消えてもいいの?
あれだけの人だもの。
狙ってる奴は幾らでもいるわよ」
「……そうなんでしょうけど」
社長との暮らしは楽しい。
このまま続けばいいなと思ってはいるが。
なにしろ、恋愛経験値が低すぎて、これがどの程度の愛なのかわからない。
「ほんっとめんどくさいわね。
あっ、そうだわ。
あんたのすべてを捨てられるか、やってみなさいよ」
「えっ?」
「あんたの全財産を捨ててみたら?
社長のために――」
「どうした?
まずいのか?
まさかとは思うが。
俺がこれなら、お前が喜ぶと思って買ってきたものがまずいのか?」
昼間、修子に言われたことを考えながら、家で呑んでいるとき、七海がそんなことを言い出した。
……めんどくさいな、この人はこの人で、と思ってはいたが。
お前が喜ぶと思って買ってきた、の一言が嬉しいせいか。
なんだかそれが嫌じゃない。
箸を置き、悠里は言った。
「私の全財産を捨ててみろと言われたんです。
社長のために」
「誰に?」
「修子さんです。
私は自分のすべてを捨てられる相手と結婚したいと言ったら。
私が社長を好きかどうか、それで試してみろって」
「……何故、無一文になって嫁入りしようとする。
いや、別に金なんぞなくていいんだが」
ここには、うなるほどある、と言われ、まあ、あるでしょうね、あまりそこのところは興味ありませんが、と悠里は思う。
今、気になっているのは、自分が社長を好きかどうかだ。
これからの人生において、おそらく、一番大切なことだからだ。
「それで、私の全財産を寄付してみようかと思って、通帳ごと募金箱に入れようかと思ったんですが」
「迷惑だろ。
やめてやれ……」
現金化してから入れろ、と言われる。
「っていうか、お前の全財産っていくらだ」
「通帳を広げてみたら、40円でした」
「通帳に40円ってあるのかっ?」
「珍しくキリがよかったんで、私も驚きました。
大抵、何円とか利息分があるじゃないですか」
「いや、俺が驚いたのはそこじゃないが……。
っていうか、何故、残高知らなかった。
通帳打ったとき、見てないのか?」
「どうせ、たいしてないから、給料分、引き出したあとはよく見てないですね~」
「……給料全額引き出すなよ」
「でも、よく考えたらそれ、全財産じゃないですよね?
全財産といったら、通帳というイメージだったんですけどね。
前の引っ越しでお金使っちゃったし。
財布の中の方がもうちょっとありましたね。
あと、バッグの底とか、実家の引き出しとかに何円かはあるだろうし。
あ、そういえば、昔珍しいからってもらった二千円札も何処かにしまってるし。
ちゃんとした全財産は計算できないんですけど。
ともかく、捨ててみようと思ったんです、社長のために」
「……何故、俺のためだ。
っていうか、40円なら、誰のためでも簡単に捨てられそうだぞ」
「そうなんですけど。
そのとき、ふと、思ったんです。
社長への愛って、40円程度かなって」
「そうだったら、軽く泣くな」
七海は悠里の手をとる。
「俺のお前への愛は、お前の全財産より確実に重い」
七海は、北原が笑顔で、
「40円だからね」
と言いそうなことを真剣な顔で言う。
「お前が俺のためにすべてを捨てようとしてくれたように。
俺もお前のためにすべてを捨てよう。
お前のためなら、俺は俺の全財産を捨てられる」
いや、会社捨てないでください。
社員が困るんで、と思う悠里を七海は抱き寄せた。
……どうしよう。
嫌じゃないな。
うん。
嫌じゃないな。
困ったな。
……うん。
困ったな、と思う悠里は、七海にそっと頬に触れられながら、
なんで、あの博覧会で、花の写真を撮らなかったのか思い出していた。