コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「イル兄!!」
名前を呼ばれて声のした方を見ると、小さな体を全部使って駆けてくるキルの姿が見えた。
俺は読んでいた本を閉じて膝の上に置く。
キルはここまで来ると俺の隣に勢いよく腰掛けた。
よっぽどいいことがあったのだろう、満面の笑みをこちらに向けてくる
「何があったの?キル。」
「んとね!あのね!イル兄!」
「ちゃんと聞くから、落ち着きなよ」
気分が高揚し過ぎて余計な単語が話の要の邪魔をする。
少し落ち着かせる方が先決だと思ったため、とりあえず深呼吸をさせてみる。
「すー……はー……」
「…で、キル。すごく嬉しそうだけど、何かいい事でもあったのかい?」
「!そう!さっきね、訓練してたんだけど、めっちゃ上手くいってさ!」
話の内容は、訓練で上手くいったこと。
それで褒められたこと。
キルが褒められること自体は珍しくないが、今回は自分でも上手くいったと思うくらい成功したのだろう。
頬を上気させ、足をバタバタとせわしなく動かしながらまくし立てるキルの頭を軽く撫でてやる。
嬉しそうににこにことするキルの顔を眺めていると、ふと思いついて質問する
「キル、御褒美何がいい?」
「へ?ご、ほうび?」
急に聞かれたのでキルはキョトンとする。
「そう、よく出来た子には御褒美あげないとね?キルは何して欲しい?」
「うーん……」
真剣な顔をして悩む。
そんなに悩むことなのだろうか。
「……悩むほどいっぱいあるの?」
「…違う、イル兄にごほうびくれるって初めて言われたから何がいいかなって。」
「ふーん…」
しばらく待ってやると、何をしてもらうか決めたらしく、ソファから降りて俺の前で小さな両腕をめいっぱい開いて言った
「高い高いして!」
……すごく悩んでた割には簡単な望みが来て拍子抜けする。
「……ほんとにそれでいいの?キル。」
「うん!」
確認しても確実に返されるYes。
俺は膝においていた本をソファに置き直し立ち上がる。
キルの身長はまだ膝より少し上ぐらいしか無いため、抱っこするのにまず跪かなくてはいけない。
とても軽いキルを片腕で抱き上げる。
「うわー…なんかすげー高い……」
思ったより高かったのか目を輝かせながらあたりを見渡す。
「ほら、今から高い高いするからじっとしてないと危ないよ」
「!うん!」
両手でキルの体を支えると思い切り上へ。
やっぱり軽い、軽すぎて勢いつけて上へやると少し手から離れて浮いてしまうくらい。
「ほら、高いたかーい」
「っはは!イル兄、コレスッゲェ楽しい!」
なんとなく棒読み感が否めない俺の声をかき消すようなキルの笑い声が部屋にこだまする。
しばらくこれを続けて降ろしてやる。
「イル兄!ありがとな!ごほうび、嬉しかった!」
「そ?キルが喜んでくれたなら良かったよ」
「ん!じゃあ俺行くね!」
そう言ってまた来た時と同じように部屋を飛び出るキル。
……そうか、キルにとってごほうびとはコレでいいのか。
「げ、兄貴……」
「やぁキル。訓練お疲れ様。」
訓練を終えて風呂から出たキルアを、何故か兄貴は待っていた。
兄貴が俺を待ってるなんて……悪い予感しかしない。
「……何の用だよ、兄貴。」
「んー、ちょっと、ね?」
すると兄貴は少し考えるそぶりをして、こちらに近づいてきた。
「……?」
何も言わずに近づいてきた兄貴に俺が警戒しない訳がない。
身構えるが兄貴との距離はどんどん縮まっていく
「なぁ兄貴、ほんとになんのよっうわ!!」
もう一度訪ねようとした所で突然兄貴の腕が伸びてきて俺を抱き上げる。
小さい頃によくされていたように。
唐突すぎるその動作に俺は驚いて暴れた
「ちょっ、兄貴!何すんだよ!」
「暴れないでよキル」
「急に抱き上げられたら暴れるに決まってんだろ!?」
「でもほら、落ちたら危ないじゃないか」
「うぐ……」
確かに……
突然のことで混乱していた頭もやっと冷静さを取り戻し始めた。
暴れても無駄だと思った俺はそのままじっとする。
やっぱり、兄貴の目線は高い。
「キル、少し重くなったね」
「当たり前だろ……身長も伸びたからそれで体重変わんなかったら、ある意味ホラーだぜ?」
「ま、そーだよね」
肩を若干すくめながら言う俺に淡々と応答する。
「んー……危ないかなぁ……」
「へ?」
なにか考え事をずっとしてたらしく、そんなつぶやきが聞こえた。
……嫌な予感。
「よっと」
「え?あ、の、兄……き??」
片腕で支えられていたのを両手を脇の下に入れて支える体勢に変えられる。
あれ……この体勢……まさか……
「高いたかーい」
「っうっわっ!!!」
いきなりの浮遊感
視界も上昇し、また兄貴の目の前まで落ちてくる
落ちてすぐ、また上昇
「ちょ、待って!兄貴!!っイル兄!!」
俺が慌ててストップをかけると兄貴はキョトンとした顔でこっちを見てくる。
大して俺は色々ありすぎて肩でで息してるくらいだ。
…いや、そんな何?なんか問題でもあった?みたいな顔されても!!問題大アリだ!!
「急に何すんだよ!!兄貴!!!」
「ん?何って……御褒美だけど。」
「何の!!」
「ほら、今日の依頼。ずっと見てたけど今までで一番上手くできてたと思うんだよ。だからそれの。」
「やっぱりずっと見てたのかよ…そりゃ、まぁ確かに上手くいったけど……ってそうじゃなくて!なんで御褒美が高い高いなんだよ!」
「え、だってキル。昔こうしたらすっごい喜んでたから」
「昔の話だろ!?っもうやんなくていいから早くおろせよ!」
「じゃあ他に御褒美って言ったら何があるんだい?」
俺はその問にすぐ答えられなかった。
何故かって?
まず、あの兄貴が俺に御褒美をくれるというありえない事態が発生しているという事
小さい頃だったらまぁ、ありえなくもないけど……今だぜ?
大切なことだからもっかい言うけど、ありえねぇ。
そして、世間一般的に貰う御褒美なる物がどんなものか、俺があまり知らなかったコト。
ここはククルーマウンテン―
外界から隔離された世界
情報が入ってこない訳では無い。だけど、余計な情報は入ってこない。それこそ、今みたいな世間一般的に見た御褒美とか、トモダチのこととか…
そーゆー情報が入ってくるとすれば、ミルキのパソコンくらいだろ。
ミルキのパソコン……あ、そうだ。
1回ミルキが教えてくれた気がする…御褒美について。確か……
「うーんと……ぎゅ、ギューってしながら一緒に寝る……とか??」
「……」
「あ……」
考えながら言葉を発するんじゃなかったと、後悔した。
ミルキが教えてくれたことをそっくりそのまま兄貴に伝えてしまった。
これはマズい、すぐにほかのヤツを言わなくては御褒美がそれになってしまう。
「あ、あとは!!なにかおもちゃとか欲しいものを買っても―」
「わかったよ、キル。」
そう言って兄貴は俺を片腕で抱き上げる体勢に戻す
そしておもむろに歩き出し始めた
まさか……
「っ待てよ兄貴!わかったって何が!!」
またしても暴れて講義をする俺。
ちゃんと人の話は最後まで聞けよ!って言っても多分兄貴のことだから聞かないよな、うん。分かってた。
そうして兄貴に担がれてついた場所は俺の部屋のベット。
そこに横たえられると兄貴も横に寝そべってくる。
「……で、兄貴。何するつもりなんだよ」
……もう答えは分かってるけど、一応確認のため。
「キルが言った御褒美、あげようと思ってね。」
そう言っておもむろに抱きしめられる。
人から抱きしめられることに対して免疫のない俺は訳もなく慌てる
「い、るにぃ!ホントにしなくてもいいんだってば!ってか苦しいから少し緩めろよ!」
「そう?ごめんね、キル。抱きしめるなんてやったこと無いから力加減がわからないんだよね。」
「いやだからやらなくてもいいってば!」
兄貴の腕から逃れようと両手で押し返しているがビクともしない。
どうやらこの中から抜け出すことは限りなく不可能に近いらしい。
「ほら、早く寝なよキル」
「……はぁ」
深くため息をつく
こんな状況下で寝られるかっつーの!
そう思っていたのだが、その思いに反して訓練やら依頼やらで疲れた体は正直に休もうと、キルアの意識を飲み込んでいく。
やべ……ほんとに寝るかも……
目をこすり、なんとか意識を保とうとするがいつもはない人の体温のおかげでそれは無効化し、やがて眠気の天下がやって来る。
「ん……」
今にも寝そうな俺に気がついたのか、兄貴が俺の頭をなでながら「おやすみ」と言ってくれた。
成長した俺には御褒美なんて要らないしもらっても意味もないと思っていたが、今回ばかりはそうやって完璧に切り捨てることは難しくなっちまったな…
けど―
誰にだって褒められたり、ごほうびをもらう権利はあるはずだ。
薄れゆく意識の中、眠気は脳内を都合よくコントロールし、変える。
……今だけ…今だけ甘えよう。
そうして俺は夢の世界へと旅立った。
今回の件で、イルミがキルアにとっての御褒美は『抱きしめながらの添い寝』と思い込んで、キルアが激しく後悔する事になるのは、また別の話。