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第三章 氷晶と炎音
第十二話 氷晶を溶かす炎
夜は静かに更けていった。
襲撃の後とは思えないほど穏やかな時間が流れる。
焚き火の火がぱちりと音を立てる。
負傷者たちは手当てを受け、子どもたちもようやく眠りについた。
商団の人々も少しずつ落ち着きを取り戻し、明日の出発へ向けて休み始めている。
そんな中、シュンタは焚き火のそばへ腰を下ろしていた
隣にはジュウタロウ。
二人は黙って炎を見つめている。
しばらく沈黙が続いた。
先に口を開いたのはシュンタだった。
「最近こういうの多いん?」
ジュウタロウは炎から視線を離さない。
「増えている」
短く答える。
「北だけじゃない。
他国でも魔物の被害は拡大しているらしい。
原因は分かっていない」
シュンタは小さく頷いた。
先ほど見た巨大な魔物を思い出す。
あれは普通じゃなかった。
ただ強いだけじゃない。
何かがおかしい。
そんな感覚が残っている。
「嫌やなぁ」
シュンタは空を見上げた。
「世界中旅しとるけどさ。
いまだに知らんことばっかや」
赤い瞳に星空が映る。
「知らん街行って、
知らん人に会って、
知らん飯食って、
知らん景色見て、
毎日新しいことばっかや」
ふっと笑う。
「でもな、それが面白いんよ」
焚き火の向こうで炎が揺れる。
「悲しいこともある。
腹立つこともある。
嫌な奴もおる。
せやけど……」
シュンタは楽しそうに笑った。
「楽しいこともいっぱいある。
だから俺はもっと知りたい。
世界中回ってな、
色んなもん見てみたいんや」
その言葉は真っ直ぐだった。
飾り気もない。
ただ心からそう思っているのが分かる。
ジュウタロウは静かに聞いていた。
「ジュウタロウは?」
真紅の瞳が向く。
「ここで答え、見つかりそうなん?」
風が吹いた。
焚き火が揺れる。
ジュウタロウは答えなかった。
代わりに空を見上げる。
そこには満月が浮かんでいた。
あの日と同じ月。
リュカが苦しみ。
母が命を落とした夜。
九歳の自分が、大切な物を失った夜。
ずっと探していた。
あの日の理由を
魔物のことを。
闇のことを。
世界の異変を。
だが、フィルディアに留まり続けても、何一つ分からなかった。
知らないことばかりだ。
十三年間、ひたすら探し続けているのに。
静かに目を閉じる。
すると不思議なことに、胸の奥で凍りついていた何かが少しだけ動いた気がした。
まるで、長い冬が終わりを迎えるように。
「……分からないな」
ぽつりと呟く。
シュンタは少し驚いた顔をした。
ジュウタロウがそんな答えを口にするとは思わなかったのだろう。
「でも」
銀の瞳が月を映す。
「ここには無い気がする」
シュンタはふっと笑った。
「そっか」
それだけだった。
無理に背中を押すこともしない。
説得もしない。
ただ隣で笑うだけ。
不思議な男だ、とジュウタロウは思った。
それから、二人はしばらく無言で月を眺めていた。
それを見守るように、満月は静かに輝いていた。
◇
翌朝。
空は晴れていた。
初夏とはいえ北国の朝はまだ冷たい。
白い息を吐きながら、
商団の人々が慌ただしく準備を進めている。
荷物の確認。
馬の世話。
馬車の整備。
護衛兵たちも出発の支度を整えていた。
シュンタは荷台へ腰掛けながら大きく伸びをする。
「よーし!」
「そろそろ出発やな!」
その背後で、周囲がざわめいた。
振り返る。
一頭の白馬が近付いてくる。
朝日に照らされる銀髪。
白い外套。
氷のような美しい横顔。
ジュウタロウだった。
「おはよーさん」
シュンタが手を振る。
ジュウタロウは馬を止める。
そして、ごく自然な口調で言った。
「俺も一緒に行く」
数秒の沈黙。
シュンタは瞬きを繰り返した。
「……は?」
ジュウタロウは真顔だった。
「帝国へ行くんだろう?」
「いや、そうやけど……」
シュンタが慌てて立ち上がる。
「本気?」
「ああ」
「ほんまに?」
「ああ」
「マジで?」
「しつこい」
シュンタは頭を抱えた。
「えぇ……」
「そっちが誘ったんだろう?」
ジュウタロウが言う。
「いや!誘ったけど!
まさか本当に来るとは思わへんや ん!」
周囲の商団員たちが笑い出した。
ジュウタロウは少しだけ目を細める。
その表情はどこか穏やかだった。
そして、少し離れた場所に立つアロハへ視線を向ける。
「アロハ」
呼ばれた青年が歩いてくる。
「なんだ?」
ジュウタロウは一瞬だけ言葉を選んだ。
それから静かに言う。
「父上に伝えてくれ。しばらく戻らないと」
アロハは少し困ったような微笑みを浮かべ、頷く。
「分かった」
さらに続く言葉を待つ。
すると、ジュウタロウは少しだけ視線を伏せた。
「城を頼む。
リリアのことも」
その言葉に、アロハは目を丸くした。
そして、ゆっくり笑った。
「任せろ」
幼い頃から一緒だった。
あの日以来、誰にも頼ろうとしなかった親友が、初めて自分に背中を預けた。
その事実が嬉しかった。
「ちゃんと帰ってこいよ」
アロハが言う。
ジュウタロウは頷いた。
「そのつもりだ」
初夏の風が吹く。
商団が動き出す。
馬車が進む。
人々の声が響く。
シュンタはそんな光景を見渡してから、隣の氷晶の王子を見た。
「ほんまに来るんやな」
「今さらだ」
「面白いことになるで?」
「知らん」
「絶対なる」
そしてシュンタがおもむろに右手を伸ばした。
「ようこそ、旅の世界へ!」
朝の光を背にした眩しい笑顔。
ジュウタロウは思わず目を細める。
そして小さく息を吐き、その手を握る。
その表情は、二人の上に広がる空のように清々しかった。
北の雪国を背に、氷晶の王子と炎の楽師は歩き出す。
この時二人はまだ知らない。
この旅の先で、 黒い髪と瞳を持つ一人の少年と出会うことを。
そして、世界の運命そのものへ深く関わっていくことを。
第三章 完
コメント
1件
第31話、読み終えたよ〜!!🌸✨ 夜の焚き火のシーン、すごく好き…。シュンタの「知らんことばっかや」って言葉に彼の生き方が詰まってて、でも楽しそうに語る姿にこっちまであったかい気持ちになった😭💕 そしてジュウタロウが「一緒に行く」って言ったとき、マジで胸熱すぎた!!ずっと一人で背負ってきた氷の王子が、初めて誰かに背中を預ける決意をする瞬間…エモすぎて泣くかと思ったよ🥺💦 最後に新キャラの予感もあって、旅の行方めっちゃ気になる!!続き待ってるね、comiさん!!🎀✨
#見て
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