テラーノベル
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午後11時・・・やっと二台のノートパソコンと、二台のスマートフォンから目を離して、彼女が歯を磨きにトイレに出かけた
そして戻ってくると、なんとキャンプ用の一人テントを組み立てて、その中に寝袋を引いた
―あれの中で寝るのか? Σ(゚Д゚;ノ)ノ―
竜馬は驚きすぎて柱の陰で硬直した、そして彼女は今はふわふわのピンクのパジャマに着替えて、猫耳のヘアバンドをつけていた、片手にはクマのぬいぐるみを抱え、テントにもぞもぞ入って、入口のファスナーを閉めた、いったい家にあるものをどれだけ、このオフィスに持ち込んでいるのだろう
「どうせ家に帰っても誰もいないもんねぇ~~今から帰って朝わざわざ出勤してくるのもめんどくさいし、朝7時になってあそこの銭湯が開いたら、行こうッと♪おやすみなさぁ~~~い♪」
その言葉を聞いた竜馬の心が痛んだ、そうだ・・・今は彼女は、あの大きな屋敷に一人で住んでいるのだ・・・そりゃ、帰りたくもないよな・・・・
彼女は家にいるよりここにいる時間の方が長いんだ、よく考えたらここの方が安全だし24時間空調もしっかり効いてる、明日になったら防犯カメラをここにもっと増やそう、加湿器も新しいものを導入しよう、それでも・・・ちゃんとした部屋でベッドで寝ないと、体も休まらないだろうに・・・
彼女を自分の家に呼べたら・・・・するとテントの隙間から低く穏やかな轟音が聞こえてきた
―いっ!いびきをかいているっ!!Σ(゚Д゚;ノ)ノ―
竜馬はテントの横で胡坐をかいて座りこんだ、そして腕を組み、信じられない気持ちでじっとテントを見つめながら、彼女のいびきを聞いていた
テントの入口にはシャンプー&コンディショナーのお風呂セットと「ケロケロケロッピ」と描かれたカエルのマークの黄色い桶が置いてあった・・・
「ケロケロケロッピ」の意味を後で検索しようと、頭にこの単語もインプットした、竜馬は段々大きくなる彼女のいびきを聞きながら、今日の仕事ぶりを思い返していた
彼女は今日も朝から晩まで全てを一人でこなそうとしていた、その様子はまるでジャスティンのようだ、せっかく与えた「フレシキブル・ワークスペース」も完全に無視し、社員達が仕事しやすい環境を作る事に、心を砕いている
何があっても社員を守るという姿勢は執念に近い、まだほんの20代の女の子なのに、もの怖じせず立ち向かってくる、竜馬は立ち上がってジェニのデスクを見た・・・何かわからないキャラクターの置時計、うさぎの形のした帽子・・・端っこを引っ張ると耳がピョンッと立った、黒ひげ危機一髪、駄菓子がこんもり盛られた籠、ホイップクリームを淵にデコレーションされた鏡・・・
何枚ものいろんな形の付箋があちこちに貼ってある、それにはどれも「至急!!」と書かれている、まるでここはフリーマーケットだ、ピンクのフワフワ羽のボールペンをそっと持ち上げくるくるしてみた、その拍子にこれまたキラキラしたピンクのバインダー式のノートに目がいった
好奇心に負けて開いてみると、そのノートには文字がびっしり書かれていた
―白く・・・白く・・どこまでも白くファンタスティック!艶やかなまるで私は白雪姫!ファンタスティック!「何もしてないわ!お母さんが色白なの」と私は嘘をつくファンタスティック!←長い―
竜馬は思わず目を見張った、これは彼女の案件の日焼け止め乳液「ファンタスティック色白」の宣伝文句コピーライティングだ・・・・色白・・・ファンタスティツク・・・焼かない・・・白くなりたい・・それらの言葉が何ページにも渡って書きつけられている、どれも乱雑で、走り書きに近いが、竜馬の興味を引いたのは言葉の組み合わせだった
―白いこと、白いこと、そうだ!日焼け止めを塗ろう!白い私、詐欺れる私、色白の私、お姫様の私・・・―
キャッチフレーズがピタリと決まるまで、ありとあらゆる言葉の組み合わせを試している、竜馬はそのノートを手に取って盗み見する後ろめたさも忘れて・・・最初から1ページづつ読んでいった
ページをめくるたびに、次々と神崎広告代理店がヒットを飛ばした広告宣伝文句や、絵コンテがびっしりと書かれていた、まるで閻魔帳だ
誰もいない神崎のオフィスをぐるっと見渡して考え込んだ
今は背筋がぞくぞくしている・・・どうやら竜馬はジェニを完全に誤解していたようだ、驚いて言葉も出なかった、神崎広告代理店が世に送り出してきた数々の広告の傑作は・・・・
目の前のテントでいびきをかいて寝ている・・・この若い娘一人の手によるものだった・・・
.:・.。. .。.:・
「でさ!あの大和広告さんの場所、ジェニが言ってた近道って、中央改札の駅、ガァーって降りて、右にバァーって行ったら、ファミマがあって、そこをガァー――ッて― 」
ジェニがスマホのマップ画面を見せて藤子に言う
「違う!違う! 梅田駅の中央エスカレーター、ガァー―ッって上がって、右に曲がって、バァー――ッて行って、ズゥー――ッと行って、ファミマをバァーって、バァーって、バァー―――――ッって、行ったらあるわ! 」
藤子が説明する
「オッケー――!ガァー――――ッて上がって、淀橋カメラガァーーーーって曲がって、バァー―――って行って、そこをバァー―――って、バァー――――って、バァー――――って、行くのね! 」
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レンコン 煮付け
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「そうそう!バァー――って、バァー――って、バァー――って行った所を、ピュッと曲がって、そこをピッ!と行くの」
.:・.。. .。.:・
―誰がアイツらが何語をしゃべっているのか教えてくれ―
もはや、メビウスビル21階のエレベーター横の大きな人が一人、隠れられる柱は、竜馬の「神崎のぞき見、定位置」になっていた、そして、相変わらず今日も彼女達の話を盗み聞きしている竜馬は、彼女達の言葉の意味が分からず混乱していた
しかし、今はちょうどタイミング良く、一人で外回りに向かうジェニを捕獲することができた
「初めて会った時の事を話し合おう」
急に竜馬に腕を掴まれて、人気のない場所に連れられた、ジェニはびっくり仰天して言った
「何を話し合うの?別に話す事なんてないと思うけど―」
竜馬は突然何の前置きもなしに言った
「初めて会った時・・・君と僕はあれほどのキスをしたというのに、話すことは何もないというのか? 」
ジェニの頬がポッと赤くなった、あれほど思い出さないようにしているのに、どうしてこの人は、今更その話を蒸し返してくるのか不思議だった
「ええ、そうよ、出来れば秘密にしておきたいわ、人に知られると好奇の目で見られたり、噂を立てられたりするのは嫌だもの、社長も同感でしょう?だからお互いに忘れたらそれですむのよ 」
―あのキスを忘れろというのか?―
竜馬は面白くなかった
「ジェニ― 」
「あの時、あなたが怒りに任せて、私にいじめるようなキスをした、そして私が仕返しにキスを仕返した、たったそれだけよ 」
「君は自分のしたことを、よくわかっているのか?」
―おかげでこっちは毎晩あのキスを思い出して眠れないんだぞ―
.:・.。. .。.:・
真面目に聞いてくる竜馬に、ジェニも大真面目に答えた
「もちろんよ!酔ってたわけでもないし、ちゃんと覚えているわ 」
ジェニは肩をすくめた
「どうして今更になって、あのキスのことをあれこれ話さなきゃいけないの?私達はただ一回だけ喧嘩するようなキスをしただけ、今は21世紀よ!他に誰にも見られていないし、貞操に傷がついたと騒ぐ親もいないわ、一体何が問題なんです?」
「本当に君は、あの出来事をなんでもないと思っているのか? 」
竜馬はジェニの淡々とした口調に唖然とするばかりだった
「安心してください「責任取って」とか「セクハラで訴える」とか言いませんから、私の事なら気にしないでください、あのキスの事はもう忘れましたから 」
これほどあっさりジェニの口から「忘れた」と 片付けられて竜馬は腹が立ってきた
「本当に忘れたいのか? 」
「もちろんよ!私はそんなに男性に対して要求しない性格なの、そしてあなたも冷徹といわれるだけに女性に深入りしないタイプだとみんな噂してるわよ、よかったわね、キスの相手が私で、他の女性だったら騒ぎ立てているかも」
その時ジェニのスマートフォンがけたたましく鳴った
「話はそれだけ?失礼します 」
ジェニは取引先と電話をしながら去って行った、竜馬はあっけに取られたまま何も言えず、そのまま社長室に戻った
彼女はとてもドライだ、昔はあんなに「大きいお兄ちゃん」とちょこまか自分の後をついて回ってたのに、それをすっかり忘れてしまっていて、引きずっているのは自分だけなんだ
―なんだよ・・・そっちがその気ならこっちだってもう気にするのを止めてやる―
その時宗一郎がドアを開けて竜馬のいる社長室に入って来た
「どうした?今ちょっと忙しいんだが― 」
パソコンのキーボードをカタカタ打ちながら、竜馬が宗一郎を見ないで言った
「突然だが、来月結婚しようと思うんだ 」
「来月?ああ・・・来月は得意先の関係で僕も2件結婚式が入ってるんだ、お前も呼ばれたのか?日にちが、かぶらなければいいがなぁ~・・・江藤秘書にスケジュールを出してもらって調整を・・・ 」
キーボードを顔をしかめて打つ手を止めて、そして竜馬はふと我に返り、宗一郎を見つめた
「誰が結婚するって? 」
「俺だ 」
宗一郎は夢見がちに宙を見ているが、どこかぼんやりしている
「「おれだ」さん? そんな社員はいたか? 」
そこでハッとした、衝撃が大きすぎて竜馬はぽかんと宗一郎をみつめたままじっと動かずにいた・・・次にすっかり耳を赤くした宗一郎が言った
「雷に打たれた 」
.:・.。. .。.:・
ジェニはオフィスで大きくため息をついた・・・まったく松下竜馬はビジネスの成功以外、何も眼中にない人物だと思っていたけど・・・
もしかしたらそうでもないのかもしれない・・・そっと自分の唇を指で触る・・・忘れられるわけなどない、今でもハッキリ覚えている、あれほど素晴らしいキスはなかった・・・思い出すだけでも頬が熱くなる
唇が触れた瞬間・・・まるで乾燥した部屋で静電気が走った時みたいに、全身に電流が走り、欲望が駆け巡った、あれは・・・何だったのだろう
その時オフィスのドアが開いて松下竜馬が入って来た
―もう・・・また来たわ―
大股で近づいてくる姿に思わず鼓動が速くなる、仕事の話なら堂々と言い返せるのに、それ以外のことになると、同じ部屋にいるだけでドキドキしてしまう
今日の彼のルックスはチャコールグレーの細かいツイードのスーツに、薄い水色のワイシャツだ、ため息が出そうなほどハンサムな姿にジェニは思わず、うっとり見とれそうになる
全身にみなぎる自信に圧倒されそう、そんな彼がジェニの背後からじっと見つめているのを感じる・・・途端にノートパソコンに打ち込む文字が誤字だらけになる
―ああ・・・もうっ落ち着いて!私―
「・・・君はいつもどうして床に座っているんだ?靴は?どうした? 」
セクシーで真っ黒な瞳がじっとこちらを見ている
「ノートパソコン2台と、スマートフォン2台を広げるスペースには床がいちばんいいんです!靴もデスクの下にしまってるわ! 」
ジェニは竜馬がタイトスカートから伸びている自分の脚に視線が注がれているのに気が付いて、頬が熱くなるのを感じ、慌ててすくっと立ち上がった
「でも安心してください!クライアントに会う時には必ず靴を履くようにしてますから!」
「熱帯魚達は?どこにやったんだ?」
竜馬が皮肉たっぷりに言った
「そこの日当たりの良い所へ移動しました! 貰い手が見つかるまでです!」
「ホームシックにはなっていないか?眺めは気に入ってもらえただろうか? 」
水槽を眺めながら、竜馬は皮肉たっぷりに言った、ジェニはわざと知らんぷりしてデスクにノートパソコンを置いて椅子に座った、そしていそいそと靴を履く
「そうね、あまり近づかないでください、彼らは鮫が嫌いなの 」
くるっと竜馬が振り向いた
「・・・僕は鮫じゃない」
「あら!そうかしら?父の会社をガブリと飲み込んだばかりじゃなかった?」
ハァ・・っとため息とついて竜馬が言った
「会社が欲しくて買収したわけじゃない・・・それだったらもっと買収するに良い会社はごまんとある」
ジェニはコロコロ笑った
「あ~ら! お気の毒に!おかげでとんだお荷物を背負い込むことになったんですね! ご心配なく!今月も新しいクライアント獲得できましたから!せいぜい馬車馬のように働かせていただきます!」
「疲れているようなら、今日はここまでにしたらどうだ? 」
じっと竜馬がジェニの顔を見つめる
いやだ・・・ くまでも出来ているのかしら・・ 同情されるほど?思いがけない言葉にジェニは内心動揺した、でも彼が思いやりある人だとは考えたくない
「そういうわけにはいかないわ〝なんの能力もない怠け者゛だと思われたくないもの」
竜馬はカッとして一歩前に出た
「なんてひねくれてるんだ! 僕はそんな意味で― 」
「ストォ~~~プッ!! この線から入らないでくださいいぃぃぃ!セクハラで訴えますぅぅぅ〜 」
ジェニは足を右左に動かして竜馬との間に境界線を引いた
「なんだよ! 空中ならいいのかよ!! ほら!どうだ!」
竜馬は右腕を突き出した
「まぁ!なんて大人気ないのっ!恥ずかしくないんですか?CEOのくせに!」
「君が最初に仕掛けてきたから、乗ったまでだ!」
.:・.。. .。.:・
「ねぇ真紀ちゃん・・・私、外回りとかであんまりいないからわからないけど、社長はどれぐらいの頻度で、このオフィスに来るの? 」
真紀のデスクの向かいで、いちごポッキーを食べながら藤子が不思議そうに、二人のやり取りを見ながら真紀に聞いた
「朝と晩、一日二回、必ず来てジェニさんと言い争って去って行きます、今の所「8:2」でジェニさんが勝ってますね 」
真希がパソコンから目を離さずにマウスを忙しく動かしながら、落ち着いた様子で言う
「まぁ!ジェニの圧勝じゃない!」
藤子が驚いて言う
「そうですね・・・社長は優しいお方だと思います、ジェニさんが傷つくような決定的なことは絶対言いませんから」
真希がそっけなく言う
「私が思うに、あれはジェニさんが悪いですよ、社長が来たらすぐさま噛みついて、穏やかに話す機会を与えないんです、ジェニさんは買収されたことを恨んでいますから・・・社長の肩を持つようではないですけど、社長がひとこと何か言うとジェニさんが10倍にして返してますからね」
真紀が藤子が持ってきた、ひよこ饅頭の包を開けて、頭からかぶりついて肩をすくめた
「ここ最近は、なんだか社長が可哀そうになって来てるんです 」
藤子もうなずき、まだギャーギャー言い合っている二人を見つめる
「もう許してあげればいいのにね、私達はこんな快適なオフィスで、あの役立たずの役員も解雇してくれて、社長に感謝してるのに、まるで天国よ!ここ! 」
そうこうしていると、また言い争いに竜馬が負けて、エレベーターホールに去って行こうとしていた
「はぁ~い!社長!「難波ひよこ饅頭」お土産に貰ったんですけど、おひとついかがですかぁ~?」
藤子が竜馬を呼び止めた、するとじ~っと竜馬が藤子達を見つめる
「見てるわね・・・」
「ええ・・・見てますね」
「あ!こっちへくる」
眉根を寄せて睨んでいるが、藤子と真紀にはなんだかこの堅ブツ社長が、不思議に可愛く見えてしまい、笑いそうに なるのをなんとかこらえた
「ひよこ饅頭って何? 」
怪訝な顔で藤子に聞く竜馬に、ハイッと藤子がひよこ饅頭を渡した、竜馬はもの珍しそうにひよこ饅頭を色んな角度からマジマジ見た、たしかにひよこの形をしている・・・藤子と真希が興味津々で自分を見つめているのを感じてハッとする
「ど・・・どうも・・・」
竜馬はそれをスーツの内ポケットに忍ばせて、去って行った
「なんだか・・・世間気がないっていうか・・・やっぱり可愛いわね・・・」
「でしょ? 」
二人はクスクス笑った
「なによ!二人してコソコソ! 」
ジェニが頬を染めてやってきた
「もうちょっと、穏やかに社長と話が出来ないものなの? 」
藤子が竜馬を気遣ってジェニに言った
「そうですよ、社長はジェニさんをとても気にかけて下さっていると伺っていますよ、出来れば二人はうまくいって欲しいって おっしゃってましたから」
「え?」
「え?」
藤子とジェニが真希を見る・・・真希が大きな湯呑みを恭しく両手で持ってお茶をすする
「ま・・・真希ちゃん・・・その・・・社長が私を気にかけているって・・・誰から聞いたの? 」
真希が落ち着いた口調で二人に言った
「実は・・・・私・・・この度、財務部長の浜田宗一郎さんと再婚することになりました」
ジェニと藤子は暫くお互いの顔を見やって同時に真希に詰め寄った
「どういうことっ?」
「どういうことっ?」
ポッと真希は頬を染めた
コメント
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第216話、読み終えました。 ジェニの執念と才能が一気に明らかになった回でしたね。あのノートの書き殴り——「白く…白く…」のコピーライティング、彼女一人で神崎広告代理店のヒット作を全部手がけてたって衝撃です。竜馬が「完全に誤解してた」と背筋ぞくぞくする場面、すごく好きです。 そして竜馬の「結婚しようと思う」発言からの宗一郎の「雷に打たれた」…思わず笑いました。真紀ちゃんの結婚発表でオフィスの空気が一変する終わり方、続きが気になりますね。