神に逆らう者には制裁を、神に見限られし者には訣別を。神は天上の上位的存在であり、劣等種となる人間族にその姿を拝謁する権利は無い。
そんな言葉を、どこかで聞いた事がある。
記憶の断片、奥の隅に仕舞われていた思い出。唯一覚えているのは、教会で神に願う神父の姿。
果たして彼が言った台詞なのか、それとも別で聞いた言葉なのかは分からない。
けど僕は、その言葉が。心底、嫌いだった。
―――神は悪を罰する。
―――神は善を肯定する。
神は悪しき者に慈悲が無く、善なる者にしか祝福を零さない。
僕は昔から、神が嫌いだった。
妖術師と創造系統偽・魔術師が京都に到着して数時間が経過、予期せぬ出来事に苛まれた後に、記憶操作系統偽・魔術師『雅人』との戦闘に発展。
『妖』が相手ではなく、偽・魔術師との戦い。勝負三番目。
創造系統偽・魔術師の『聖剣』による神秘の輝きが空に煌めいた瞬間が、開始の合図となった。
「『聖剣』!!」
創造系統偽・魔術師が放った斬撃は周囲の家屋を巻き込み、鉄筋やコンクリートを容易く両断して雅人の居る方向へ突き進む。
雅人が偽・魔術師とはいえ、保有している能力は『記憶操作系統』だ。物理的な斬撃の防御を行える魔術では無い。
なら尚更、油断する事も、手を抜く事も許されない。
毎回恒例の時間がゆっくりと流れる感覚に陥った俺は、『太刀 鑢』を強く握り締めて妖術を唱える。
「―――『疾風迅雷』」
の下位互換術である。
全ての妖術を一時中断し、妖力の流れを脚部分に集中させる。『強制肉体強化』とはまた違う循環方法を見極め、ベストなタイミングでスタートダッシュを狙う。
それが今、俺が扱える『疾風迅雷』の使用方法。
「ふぅ〜……………」
この術は下手すれば脚が使い物にならなくなる可能性がある。脚に満遍なく妖力を巡らせ、ある程度の破損にも耐えれる様に強化する。
故に、深呼吸は最も重要な行為であり、自らの命を守る最大の防御方法の一つ。
つま先で地面に凹みが出来る程の力でガッチリと掴み、上半身の力を抜いて前に倒れる。
空気抵抗が少なくなる体勢に到達した瞬間、妖力で強化された足裏で地面を蹴り、爆発的な速度で対象に急接近する。
「速い、がそれだけ。攻撃の策も無しに突っ込むのはお前の悪い癖だ!!」
雅人は近付く俺と『聖剣』の光に向かって手を翳し、そのまま手のひらで俺の『太刀 鑢』と『聖剣』を受け止めた。
そのまま『太刀 鑢』は雅人の手のひらを切る―――ことは出来ず。『聖剣』の光もその場でずっと留まっている。
「―――『消去』」
そう呟いた雅人の手に触れた『聖剣』の光は、まるで最初から放たれていなかった様に消えて、俺の『太刀 鑢』も根元から粉々に砕けて完全に消失した。
「……っなぁ!?」
「……マジか!!」
初見殺しであろう攻撃を防がれ、俺と創造系統偽・魔術師は驚きを隠せなかった。
そんな二人を見た雅人は「今だ」と言わんばかりに目を輝かせて俺達に 急接近する。
驚いた事で反応が遅くなったせいか、雅人が俺の頭に向かって伸ばした手を避け切れず、額の微かな部分に指先が触れてしまった。
「―――チッ!!」
額を少し掠った程度でしか触れれなかった事に対して、雅人は舌打ちをして再び俺に触れようと手を伸ばす。
一度、反応に遅れて触れる事を許したとは言え二度は無い。俺は雅人の手を躱し、『太刀 鑢』の頭で腹部を強打した。
「………っっ痛ってぇなぁああ!!」
予想外の攻撃を受けた雅人。少し怯みはしたが特にダメージが入った様子は無く、また俺の身体のどこかしらに触れようと両手を構えていた。
俺は使い物にならなくなった『太刀 鑢』を影に収納し、次なる武器を影の中から手に取る。
「『岩融』」
傘に存在するモノよりも硬く大きい『石突』に、刀より遥かに長い『柄』と、確実に命を絶つと言う強い意志を感じる『穂』で構成された長物。
ソレは、遠い昔に『武蔵坊弁慶』が振るったと言い伝えられている薙刀。 その大きさは通常サイズの薙刀と違い、刃の部分だけでも三尺五寸を超える。
間違いなく強力な武器であり、素手相手の魔術師にはとてつもなく有効な攻撃手段である。
だが、この『岩融』には唯一の欠点が存在する。
「―――この武器は『呪術師』のみが、その潜在能力を完全に引き出す事が出来る」
呪力無き者は持つべからず。かつて俺の師匠的存在だった『間藤』が、この武器を授ける際に言っていた言葉だ。
「影に仕舞うのは幾らでも構わない。だがコレを握る事は何があっても控えろ」と、声を大にして何度も言われた。
呪術師以外の存在が触れれば厄災が降り注ぐのか、それとも命に関わる代償が伴うのか。
その辺の情報は何も知らされず、俺は託された。
「これは、賭けだ」
今、この瞬間に『間藤』の言いつけを破り、呪術師では無い俺が『岩融』を触った。
もしかすると体が爆散するかもしれないし、体内から生命力を奪われて死ぬかもしれない。
だが、俺は信じている。この『岩融』が俺に応えてくれる事、俺自身の『適応能力』を。
「………っガァ”ァ”ア”!!」
薙刀に、『岩融』に触れた指先から、莫大な量の妖力が吸われて行くのを感じる。
身体中の血が沸騰する程に熱くなり、『岩融』を掴んでいる指先はまるで根が生えた様にがっちりと掴んで離さない。
腕に激痛が走る。直接、内側の神経を指で撫でられているとでも言いたいくらいに痛みが継続している。
「―――おい、武器風情が人を選んでンじゃねぇぞ!!」
妖力が吸い込まれるという事は、足りない何かを補う為に、取り込もうとしている証拠。
なら、 もっと、もっと、もっと、もっと、もっと多くの妖力を全力で注ぎ込んでいっぱいにする。
莫大な妖力を急激に流し込まれ、器となる『岩融』がガタガタとまるで人の様に震え始めた。
「なんだ、次は何をするつもりだ?」
突然、武器を取り出したかと思えば悶え苦しみ出した俺を見て、雅人は少々困惑しながら距離を置く。
その行動が、戦場では命取りになる。
「―――『疾風迅雷』」
『岩融』に注ぎ、枯渇寸前の妖力を脚へと集中させ、初めて使った時より少し遅い状態でスタートダッシュを決める。
それでも、目の前に居た相手が突然近付いて来れば、誰でも驚く。
「………まずっ!!」
「―――遅せぇ!! 」
根を張って動かない筈の手は完全に自由になり、巧みなテクニックで『岩融』を動かし、雅人の魔術を使うよりも先に攻撃を仕掛ける。
刀身の方では無く、柄で雅人の頬、横腹、左脚、頭、胸部を強打。
その後、一回転させた『岩融』を違う手に持ち替え、刀身を雅人の肩に突き刺して近くの壁へと激突させた。
「……『聖剣』!!」
そこに創造系統偽・魔術師は間発入れずに再び『聖剣』を放つ。
広範囲に繰り出される『聖剣』は周囲の建造物を全て破壊し、雅人が防御を行うより早く進み続けた。
「………クソ!!」
やはり魔術による防御が間に合わず、胸部に強烈な斬撃を喰らい、傷口から眩しい光が放たれて爆発を起こした。
ゼロ距離で人体が爆発したが故に、雅人の胸部からは心臓や肺、肋骨といったモノが綺麗に露出していた。
雅人と近い場所に立っていた俺も多少爆風で飛ばされたが、二転三転と転がった末に何とか集中出来る姿勢に戻り、再び妖力の吸収に抗う。
「フゥ〜………至近距離で『聖剣』を受けて爆散しました。偽・魔術師と言えど、流石に暫くは動けないはずです」
一息ついた創造系統偽・魔術師は『聖剣』を『創造』状態へと戻し、急ぎ足で俺の元へと駆けつけた。
苦しむ俺を見て創造系統偽・魔術師は片手を俺の肩に乗せ、手のひらから魔力を直接送り込む。
次から次へと持っていかれる妖力が、次から次へと補給されている。凄く気持ちが悪い感覚だが、多少は楽になった気がする。
「もうそろそろ大丈夫だ。今は俺の事よりも、惣一郎さん達の安否を確認しないと」
『岩融』を影へと収納して俺は立ち上がり、倒れている雅人から極力離れて自身のポケットから携帯電話を取り出す。
しかし、携帯に表示されているのは『圏外』の文字。この場所ではインターネットが存在しなくなっていた。
「………どうだ?電話は繋がるか?」
俺の問い掛けに、創造系統偽・魔術師は眉をひそめて答える。
「………圏外になっててダメです。もしかするとこの辺り一帯に何か電子機器を妨害する何かが仕掛けられているのかもしれません」
創造系統偽・魔術師が何度も通話のボタンを押しているが、全く反応が無い。 それ以前に、惣一郎に対してメールやメッセージを一切送れない状況になっていた。
「………さっきまで映ってた周りのテレビが全てぶっ壊れてる。クソ、連絡手段まで絶たれたら流石にキツイな」
創造系統偽・魔術師に指示して携帯電話を再びポケットに仕舞い、俺と創造系統偽・魔術師は本来目指す予定だった『清水寺』へと走り出す。
周囲に他の偽・魔術師の気配は無く、雅人を除けばこの場所に居るのは俺と創造系統偽・魔術師の二人だけだ。
「………アイツの魔術。相当厄介な魔術だな」
雅人はまだ死んでいない。創造系統偽・魔術師の攻撃によってダウンしているだけで、立ち上がり俺と戦う場面が必ず何処かである。
それよりも前に、雅人が扱う魔術の本質を理解しなくてはならない。
「確か僕と妖術師さんの攻撃を無効化した時に『消去』って言ってましたよね」
「………言ってたな」
雅人は『記憶操作』系統の魔術を扱っている。記憶操作となれば、人間や生物の脳に干渉し、思考・経験を自由自在に書き換える事が出来る。
「………多分アイツは、俺達の記憶を操作して攻撃を無効化した訳じゃない」
雅人は攻撃の際に服の上からでは無く、何度も俺の素肌に触れようと手を伸ばしていた。それに『太刀 鑢』と『聖剣』を受け止めて無効化したのも同じ手だ。
もしかすると、雅人の記憶の操作には、対象の人物の肉体に触れる必要があるのだろう。
触れる の動作なら、『太刀 鑢』と『聖剣の光』に対しても同様に行っている。
本来なら 武器の破壊行為自体に言及する事はない。触れる事で破壊出来ると言う魔術を用いた結果であれば、話は直ぐに終わる。
だが、今の瞬間まで議論が展開しているのは雅人の持つ魔術が『記憶操作系統』だからだ。
「………一番の疑問は記憶操作系統の魔術を扱うのに、命を持たない『物体』をあの手で直接消した事だ」
記憶操作系統の魔術に、破壊行為を行う術は存在せず、 記憶操作は『生物』にのみ適応され、命を持たない物体や物質に術が聴かない。
―――まさかとは思うが、物体に生命の息吹を呼び起こして生物判定にしたとかでは無いと願いたい。
次に会う時までには幾らでも対策出来る。今は真っ先に惣一郎達が居るであろう『清水寺』に急がなくては。
そんな事を考えながら、俺と創造系統偽・魔術師は全力疾走で街を駆け抜ける。
目に見える情報だけに頼り、一点の目的地に向かって走り続ける。故に、
「―――『逢魔が時』」
物影に潜む刺客に、気付く事は出来ない。
世界の色が一瞬だけ反転し、混沌を極めた一刀が俺の胸部に奥深く突き刺さった。
激しい痛みで悶絶する暇さえ与えられずに、胸に刺さった刀が俺の肩を切り上げる。
「………っあ”あ”!!」
やっと声が出たと思ったのも束の間、再び俺の胴体を目掛けて白い一刀が振り下ろされる。
俺は手にしている『岩融』で防ぎ、片脚で刀の持ち主の横腹を強く蹴った。それと同時に、俺の脚では無い別の箇所から、 バキっと骨が折れる音が聞こえた。
遅れて創造系統偽・魔術師が『創造』を構えて『聖剣』の準備段階に入る。
相手は痛みを感じたのか、後ろに少し仰け反りバランスを崩す。その隙を逃さずに 『岩融』で勢い良く穿つ。
「―――『天照』」
砂埃が消えて視界に写ったのは、白い刀と『岩融』の矛先。そして、 俺より少し高く白い隊服を着用している男だった。
真っ白な刀で俺の『岩融』を綺麗に受け流し、見付けた獲物を確実に狩る獣の目でこちらを見ている。
「………っ なんなんだてめぇは!!」
俺の叫び声は虚しくも誰の耳には届かず、近くに居た創造系統偽・魔術師諸共。
「―――『白狐』」
切り伏せた。
『―――逢魔が時』
物影に潜む刺客を、俺は既に知っている。
世界の色が一瞬だけ反転し、混沌を極めた一刀が俺の胸部を掠って虚空を突いた。その刀身に『岩融』を叩き付け、衝撃で男の手から白い刀が手放させる。
不意打ちを狙った攻撃をまさかの方法で弾かれた男、困惑しながらもつま先で刀の棟を蹴り上げて再び手に取る。
「―――『白狐』」
防御すら間に合わずに直撃し、 俺の命を奪った一撃必殺。その一刀が真っ直ぐ、右肩から心臓部分を狙って振り下ろされた。
だが一度でも受け、死に、遡行を行った今の俺にその攻撃は通用しない。
「―――『焼炙』!!」
灼熱の焔が腕に巻き付き、擬似的なガントレットを作り出す。 腕の表面が徐々に硬化して行き、焔の隙間から真っ黒い皮膚が見えている。
本来の用途とは違う使い方だが、攻撃や防御に使える術は惜しまず使う。
「………来いやぁあああ!!」
そうしなければ、また俺は『遡行』する事になる。
刀が俺の肩では無く、硬化した腕と接触して激しく火花を散らした。金属と金属のぶつかる音がして、男と俺は接触の衝撃で同時に一歩下がる。
そして互いに強く、確実に一歩を踏み込み、またもや同じタイミングで攻撃を繰り出した。
一撃、頬を狙って殴るも軽く回避される。
一閃、左肩に振られた刀を俺は腕で防ぐ。
一撃、腹部を殴るも片手で受け止められる。
一閃、拳を狙って一刀を振るうが弾かれる。
一撃、弾いた方の手で再び男の頬を狙う。
一閃、繰り出される殴りを額で受け止める。
一撃、顎を狙って下から殴りを入れる。
一閃、刀の柄を顎下に入れて殴りを防ぐ。
凄まじい轟音と速度で、二人は攻撃・防御を繰り返して何度も何度も火花を散らす。
殴っては弾かれ、振り下ろしては弾かれを十何回も行う。次第に腕の焔が小さくなり、男の刀にも少しだけ亀裂が入った。
「………あと数回ぶつかれば刀が壊れる、と思っていませんか。甘い、甘すぎる」
パキっと言う音と同時に、刀に入っていた亀裂が大きく広がる。完全に真っ二つにはならなかったが、あと一度衝撃を加えれば確実に折れるだろう。
「何言ってんだ、テメェは武器の限界すら見極められねぇのか!?ド素人がァ!!」
俺がただ無意味に、男をただ殴ることだけを考えて攻撃していた訳では無い。
「創造系統偽・魔術師!!」
背後から『聖剣』を構えた創造系統偽・魔術師が現れ、手元から邪悪を滅する為の眩い光が放たれる。
「『聖剣』………聖堂に保管されたモノの模倣品」
男は迫り来る『聖剣』に対して恐れを知らず、素早く刀身を鞘に収めて動かなくなる。
大きく息を吸って肺に空気を取り込み、男は目線を上げて鞘を握る様に手を置く。
「―――『天邪鬼』」
鞘から引き抜かれた刀は華麗な程に繊細な動きを行い、一種の芸術と思える凄まじい剣技を魅せる。
『聖剣』の光に刀身が触れたが蒸発などせず、微細な粒子を斬り分け、綺麗に光を真っ二つに両断した。
斬られた部分から二手に分かれて光は進み、背後にあった家屋や電柱、塀などの全てを蒸発させて大きく爆発した。
燃え広がる地面を背に、男は刀を再び鞘に収めてこちらに歩み寄る。
イカれてる。狂っている。たかが人間が、それこそ物理的に斬るなんて事は出来ない『光』を真っ二つにしたんだ。
それに、
「………亀裂が無くなってるってこたァ……『聖剣』の魔力を吸収しやがったな」
『聖剣』の光から魔力を補給し、男の持つ刀へと供給。その動作をたった一度、あの一瞬で行ったのだろう。
「………化け物め」
「酷いですね、こう見えて意外と心は弱い方なんですよ」
ゆっくりとこちらに歩み寄る男。
何度攻撃を繰り出しても、創造系統偽・魔術師の『聖剣』を食らっても汚れ一つつかないあの姿に、ほんの少しだけ恐怖を感じた。
―――なんだ。俺は今、何を言った?
恐怖?恐怖だと?俺が、数多の戦いをくぐり抜けて来た妖術師である俺が、この男に恐怖していると?
有り得ない、そんなことはあってはならない。
「………絶対にここで殺す」
「―――ここで確実に殺す」
『聖剣』を見事に両断され、項垂れている創造系統偽・魔術師の肩を叩き、俺は男の方に向かって歩く。
出来ることなら『遡行』無しで、この男を仕留めたい。
「………『艶陽叉昂』」
「―――『逢魔が時』」
俺は『岩融』を影から取り出し、男は白い刀を抜刀する。互いに技名を発言し、一撃必殺の構えを取る。
どちらも構えたまま動かず、絶好のタイミングを見計らっていた。
炎の燃え盛る音、創造系統偽・魔術師の息遣い。風の音、木々が揺れて葉が擦れ合う音が聞こえる。
「はい、そこまで〜!!妖術師同士の殺し合いはまだ早いからストップ!!」
突然、男の腰にぶら下がっていた無線機から声が聞こえた。 俺と目の前の男よりは声質的に若くないが、どこか抜けたような、俺が一番嫌いな声だ。
「………妖術師同士、だと?」
無線から聞こえた音声は、確かにそう言っていた。
この場に居るのは男と俺と創造系統偽・魔術師のみ。 一人目の妖術師は間違いなく俺、じゃあ二人目の妖術師は……。
「………まさか!!」
顎に手を置いて数秒考えていた俺が、勢いよく顔を上げて正面を見ると、そこには不敵な笑みを浮かべた男が、無線を片手に持ってこちらに向けていた。
//「そのまさか、だよ。君の目の前にいるのは正真正銘の妖術師ぃ〜!!あ、君が偽物じゃないのは知ってるよ。なにせあの情報を流したのは僕だからね」
理解が追いつかない訳ではない。情報の処理は確実に行っているのだが、それ以上に、
―――俺はこの声を知っている。
聞こえているのは声だけ、無線越しの姿などは一切分からない。それでも、俺はこの人物を、知っている。
「―――お前、魔術師だな?」
//「え〜もう気付いたのかぁ………大正解、僕は魔術師だ。妖術師である君が殺すべき相手の一人」
東京大規模魔法事件の首謀者である三人の中には居ない、第四の魔術師。
それは俺が『未来視』を発動させ、二度目の大規模魔法の瞬間を視た時に一瞬だけ映った男。真っ白のマントを羽織り、片目には仮面を装着している姿。
パッと見は奇術師かと思ったが、目の前で人々が死に行く場面を見て、この男は笑っていた。
そして何よりも魔術師と決定付ける証拠は、コレだ。
//「おや、まさかまさか!!酷い頭痛に脳が焼ける感覚、君は『未来視』の共鳴を既に習得していたのですね!!」
『未来視 』の共鳴。
そのやり方や方法が何かは知らないが、俺は全ての妖力を『岩融』に込めて、刀身を自分の首元へと近づけただけだ。
……まさかとは思うが、『遡行』と『未来視』が互いに反応しているのか?
「………」
黙ってこちらを見ている男。 ―――否、偽・妖術師は既に、 もしかすると遡行が未来視と共鳴する事を見抜いているのかもしれない。
//「獅子堂君、妖術師は今なにをしている?『未来視』の共鳴に関連する事は全て報告して欲しい」
「………いえ、何も。その場で立ち竦んでいるだけです」
だが、偽・妖術師はその事を言わなかった。 まだ不確定要素として報告をしなかったのか、それ以外の何か別の理由があるのか、 定かではない。
//「ふ〜ん、そっか。『未来視』の共鳴はただの偶然……か。 ま、良いや。どうせこの後の作戦に『未来視』は関係ないからね」
そう言って魔術師は『未来視』の共鳴について考えるのをやめ、無線の奥で何やらゴソゴソと作業をしている音が聞こえた。
「次の、作戦?」
//「そう、次の作戦。本当は京都の魔術師に全て任せる予定だったけど、間藤が邪魔して来てね」
間藤、魔術師はその名を口に出した。 父親と古い仲で、俺の師でもある。惣一郎の組織にも所属している至高の呪術師。
邪魔ということは、一人で魔術師の居場所を特定して乗り込んだのだろうか。
//「結局は間藤を殺して、僕がアレを実行する事になったんだ」
―――間藤が死んだ。 恩師である呪術師の死があっさりと告げられた。
俺は今すぐにでも無線と偽・妖術師に斬り掛かり、魔術師の居場所を特定したい。このまま走り出して間藤の死が本当か確かめたい。
それでも、魔術師の話はまだ終わっていない。
何か有益な情報をペラペラと喋るかもしれないと思うと、後先考えずに動くのは悪手。今は感情を噛み殺して待つしかない。
//「………さて、そろそろかな。獅子堂君、こっちの準備は済んだから、 後は妖術師を自由にしていいよ。それじゃあ、頑張ってね〜」
無線の通信が切れる音。
それが俺の耳に届いたのと同時に、偽・妖術師が突然動き出した。
白い刀が俺の顔間際で横切り、俺は首を勢いよく傾けて攻撃を避ける。少しだけ耳上の髪の毛が斬られてしまったが、問題ない。
左手に持っていた『岩融』を右手に持ち替え、隙だらけの偽・妖術師に向けて突き攻撃を繰り出した。
「………甘い」
しかし、偽・妖術師は『岩融』の刀身を白い刀の柄で綺麗に受け止め、俺の攻撃を完全に防いだ。
だが、俺は素早く『岩融』を引き、片脚で白い刀の頭を強く蹴って刀を手放させた。
偽・妖術師も同じことを考えていたのか、右脚で『岩融』を持っている手を蹴り、俺も『岩融』を手放す羽目になってしまった。
「―――『災禍』」
互いの武器が転がる音がしてすぐに、偽・妖術師は殴りの構えに入り、体術戦へと持ち込もうとしていた。
「………『強制肉体強化』」
俺の体が、身体が悲鳴をあげている。筋繊維が一秒ごとに一本、また一本と切れていくのが分かる。
全員が酷い激痛に襲われるが、俺は深呼吸してその全てを受け入れて耐える。
「―――行くぞ」
偽・妖術師が力強く地面を踏みしめる。ドンという音と同時に、地面を伝って足元に強い衝撃が走る。
瞬きした頃には目の前まで近づき、俺の顔に向かって拳が迫って来ていた。
先程、互いに殴り合った時とは全く違う速度。人間が拳の動きを認識しきれない角度、言わば死角を利用され、俺は顔の右側面を強く殴られて吹き飛んだ。
体がほぼ一回転した辺りで受け身を取り、綺麗に着地する。
ズキン、と 脚に痛みが走る。どこかの骨が確実に折れているのだろう。
「強化で何とかダメージは軽減出来たが………正直、めちゃくちゃキツイな」
偽・妖術師は俺の着地時を狙う事は無く、地面に落ちた白い刀を手に取って土埃を払っていた。
その隙を突いて創造系統偽・魔術師が背後から近付き、聖なる光を放つ剣を振り下ろす。
だが、奇襲を既に察知していた偽・妖術師は、白い刀をうなじの辺りに動かして、綺麗に攻撃を防いだ。
「………クソ!!」
真正面からの攻撃もダメ、真後ろからの奇襲もダメ。何をやっても攻撃を防がれてしまう創造系統偽・魔術師の精神は、刻一刻とすり減って行く。
―――どうする、今のうちに『遡行』をするか。
勝ち目がない状況、惣一郎達の安否も確認出来ず、魔術師が既に行動を始めている。なら『遡行』してもう一度やり直すのが最適だ。
やるなら早め、少しでも遅くなれば目覚めの地点が短くなるかもしれない。
出来るなら今すぐしたいのだが、『遡行』した後、その先で何が起こるのかを俺たちは知らない。
「………もっと情報が欲しい」
せめて魔術師の姿、正体。そして京都の魔術師の目的と偽・妖術師とは一体何なのか。 ちょっとでもいい、その情報を得てから『遡行』を行いたい。
「………もっと、もっと」
落とした『岩融』と俺の距離は遠く、走って取りに行けば確実に偽・妖術師の術で斬られてしまう。
そろそろ妖力も枯渇寸前、戦闘用に扱える術は『疑似創造』と『灼熱線』のみとなってしまった。
もし『岩融』を奇跡的に回収出来たとしても、 『童子切安綱』は完全に複製し切れず、不完成が故に扱う事は不可能に近い。
その場合は『選定の剣よ、導き給え』しか残っていないのだが、妖力的に放てるのは一度だけ。
………詰みだ、対抗策無し。今この瞬間が『遡行』のベストタイミングなのだろう。
「じゃあな、偽・妖術師。また『次』でだ」
俺は自分の手のひらを頭に向け、保有している妖力を全て腕に送る。
次第に腕の内側が熱くなって行き、手のひらから莫大な熱量を持つ光が小さな球体となって浮いている。
あとはコレを勢い良く発射して自身の頭蓋を割れば、即死とはならないが自ら命を絶つ事は出来る。
「―――っさせない!!」
俺の自害を悟った偽・妖術師は急いで抜刀し、妖力が籠った右手を狙う。
剣筋は綺麗に真っ直ぐと進み、数秒後には確実に俺の手が吹き飛んでいるはずだ。だが、その結末へは辿り着かない。
「………させないとは、こっちの台詞だ!!灰になって無へ還るがいい!!『湖の乙女よ、導き給え』!!」
精神をボロボロに砕かれ、項垂れているはずの創造系統偽・魔術師が、偽・妖術師の真横から飛び出して剣を振るう。
『聖剣』とは比べ物にならない程の威力を持った眩い光が放たれ、抜刀したまま移動を続ける偽・妖術師の上半身全体に直撃し、その体が強く吹き飛んだ。
『遡行』を行うなら、今しかない。創造系統偽・魔術師が作ったこの絶好のタイミングを逃しはしない。
「『灼熱せ―――
俺の言葉を、俺の覚悟を遮るかのように。世界の終焉を知らせる喇叭の音が、街中に響き渡る。
喇叭の音が鳴り、俺は無意識のうちに『灼熱線』で頭を撃ち抜くという行為を止めていた。
鳴り響くこの音を聞いてしまうと身動きが取れなくなる。なんて事は無い、ただの喇叭の音だ。
だが、俺は不思議と手を止めて綺麗に鳴る喇叭の音を聞き続ける。
「………今のは?」
隣で立っていた創造系統偽・魔術師も喇叭の音を聞いて、手に持っていた『湖の乙女よ、導き給え』をゆっくりと解除し、『創造』へと戻した。
「分からねぇ、魔術師側の何かの合図か何か………いや違う、魔力が感じられない。通信の役割を果たす喇叭なんかじゃない」
例え『音』であっても魔力は伝わり、俺の肌がその魔力を感知するはずだ。
それなのに、この音からは何も感じない。魔術師が吹いた訳ではない。
俺は『灼熱線』を止めて立ち上がり、創造系統偽・魔術師と共に周囲の様子を走りながら見て回る。
倒壊した家屋に崩れかけのビル。先程と何ら変わりのない景色。………だが何かがおかしい。違和感を感じる部分がどこかは分からないが、どこかこの街は変だ。
「妖術師さん、気付いてますよね。この辺り一帯に隠れていた偽・魔術師が………全員、消えました」
「………だよな」
正直、創造系統偽・魔術師が言うまで全然気付かなかった。
そうだ、彼の言う通りだ。 魔力が感じられないのは音だけじゃなかった。周囲にいた偽・魔術師が消えた事で、その魔力すらも感知出来なくなっていたのだ。
「あの喇叭の音、あれに何か細工がされているのかもしれません。今はみんなの元へ急ぎましょう」
そう言って一歩、大きく踏み込んだ瞬間。
俺は、創造系統偽・魔術師は、俺達は見てしまった。いや、勝手に視界に入った。が正しいのかもしれない。
澄み切った青空に、細長い四角錐の巨大な柱が五本。目に見えない何かを中心に、輪を描くようにグルグル回っている。
「………なんだ、アレ」
異質な物体。物理法則に反し、見るからに悪性を保持した四角錐であるのは間違いない。
次から次へと立て続けに起きる出来事。戦闘後で疲れている俺からすれば、脳の消費が激しくて凄く辛い。
「………なんなんだよ。さっきの喇叭と言い、この街で一体なにが起きてんだ!?」
俺の問いに対して答える者はおらず 、ただひたすらに四角錐が永遠と回転し続ける。
次第に速度を増している四角錐、その中央に見えるのは人影だ。人間、もしくは人間の形をした何かが宙に浮き、それを守るようにして四角錐が回転している。
//「僕のサプライズは、既に見て頂けたかな。先程ぶりだね、妖術師」
俺の携帯電話が突然震え、着信ボタンもなにも押していないのに音声が流れ出した。その声はついさっき聞いたばかりの男の声。
………魔術師だ、京都の魔術師とはまた別の。
勿論、携帯電話に魔術師の連絡先は無いし、偽・妖術師との戦いで画面が割れて使い物にならなくなっているはすだ。
「………どうやって電話をかけたのか。を先に聞きたいが、まず答えろ。真ん中で浮いてるのは、お前か?」
//「―――ご名答、まさかこの距離で僕が見えるのは。コレは少々特別なモノでね、繊細に扱わないとすぐ壊れてしまうんだ」
そう言って四角錐の中央に居る魔術師は手を広げ、周囲の四角錐の一つに手のひらで触れた。
すると、触れた四角錐とそれ以外の四角錐も回転を停止し、動かずに空中で留まった。
………俺はとてつもなく嫌な予感がした。
このまま魔術師が四角錐に触れ続ければ、このまま魔術師の思い通りの行動させ続ければマズイと、俺の本能が告げている。
「………魔術師を止めねぇと!!」
俺は移動前に回収した『岩融』を取り出し、余った妖力で四角錐と魔術師を止める事が可能な術を探す。
「『疑似創造』は使えそうだが………妖力が足りねぇ。もう一度『灼熱線』を使うか?いやダメだ、コレだけじゃ四角錐と魔術師は止められない……!!」
惣一郎から渡された緑色の本。これまでに扱った妖術が自動的に記され、その概要までが見る事が出来る。
俺はその本を素早くペラペラと捲って行き、この状況の打開策となる妖術を探す。
//「まさかとは思うけど、妖術でコレを壊して止めようとしているのかい?………ふっふふふはははははははは!!」
必死で術を探す俺の姿を見て、魔術師は高らかに笑う。
四角錐と魔術師は連動しているのか、魔術師が笑う度に四角錐が微かに震え、不気味な音を発している。
その音は先程の喇叭では無く、様々な音程が組み合わさり、聞くに絶えないほど不快な、 人間の声だ。
「………”god reigns”………神が君臨する?」
一つ一つの音を正確に拾い、四角錐から放たれる声が何を言っているのかを聞いてみると、確かに『god reigns』と言っている。
神が君臨する、神が支配する。
その単語が何を表すのか、その言葉がなぜ四角錐から聞こえるのか。
―――答えは簡単だ。
//「妖術師くん、言っただろう?コレは少々特別なモノだってね」
空中に留まっている全ての四角錐に魔術師が触れた瞬間、四角錐の表面が一枚ずつ分離し始めた。
それが五つ同時に行われ、剥がれた表面は地面へと凄まじい勢いで落下する。
//「たかが妖術師、ヒトと同じ土俵の存在がコレを止めることは不可能だよ。それこそ―――神殺し、とかじゃない限りはね」
五つ全ての四角錐が完全に崩壊した時、その中から巨大な人型の何かが姿を現す。
眩しい光に包まれ、一体一体がそれぞれ違う武器を持ち、白い布を被り顔を隠していた。まさにその姿は神に等しく、見つめるだけで失明する程に輝いていた。
いや、あれは神に等しいなんてモノじゃない。
「………神そのものを呼び起こしたのか!?」
魔術師の周りに居るのは紛うことなき神。人に崇められ、祀られ、崇拝される象徴である。
『………気味が悪い』
俺の中に居る狂刀神がボソッと、一言だけ言葉を洩らした。
日本の神である狂刀神と、西洋寄りの神とでは相性の善し悪しがあるのかどうか分からない。
だが確実に、狂刀神は魔術師の周りにいる神に対して嫌悪感を抱いている。
//「お喋りはこれで終わり。そろそろ僕自身も仕事をしないと怒られちゃうからね」
そう言って魔術師は自身の胸の前で両手を重ね、一気に引き離す。
魔術師の両手には、引き離す前までは存在していなかった球体が出現し、魔術師はそれを空に掲げた。
「………あの攻撃だけは、防ぎようが無い!!」
分かる、俺には分かる。
これから魔術師が起こそうとしている事、そして魔術師が使おうとしている術がとんでもない被害を生み出す事を。
たが、分かっていても、俺にはどうも出来ない。妖力は時間経過で回復しているとは言え、神の座を消し飛ばす『神殺し』の力を持つ妖術は無い。
これが本当の終わり、ここが『遡行』前ギリギリの終着点。
「………まだだ!!神殺しならここに有る!!」
諦めて足を止めた俺とは反対に、創造系統偽・魔術師は勢いよく走り出し、倒壊した家屋からビルまで飛び写って魔術師の居る地点を目指す。
その手には『創造』があり、移動中に少しずつ形状が変化していた。
「『終末双星レーヴァテイン』!!」
それは神殺しの名に相応しい剣の複製品。『湖の乙女よ、導き給え』の上から情報を上書きして創り出された伝説の剣。
その剣から放たれた漆黒の光が真っ直ぐと、魔術師と周囲の神々に向かって突き進む。 そしてすぐに魔術師と神々を光が包み込み、侵食を開始した。
俺は初めて見る創造系統偽・魔術師の攻撃に少し困惑したが、神殺しの名を持つ剣ならもしかすると少しはダメージが入るのではと期待した。
しかしその期待も虚しく、神々がフッと武器を振るった瞬間、漆黒の光が一瞬で消えて虚空へと消えた。
//「贋作は原点に敵わない。それは君が一番分かっているはずじゃないのかい、創造系統偽・魔術師くん」
魔術師の顔には歪んだ笑顔。その人を嘲笑うかのような表情に絶望を覚えたのか、創造系統偽・魔術師は目を見開きながら落下した。
「あはは、ははははは」と笑い続ける魔術師を視野に入れながら、俺は落ちてくる創造系統偽・魔術師の落下地点へと走り出す。
//「はあ〜面白かった。最期の最後に良いモノが見れて嬉しいよ。――― それでは、妖術師含む全人類の皆様!!刮目あれ!!」
俺の頭上、と言えるほど真上では無いが、空中に浮いている魔術師が大声でそう叫び、周囲の神々が行動を開始する。
楽器で音楽を奏でる神、剣を掲げている神。本を捲る神に鏡を持つ神。そして、両腕に装甲が付いている神。
それぞれの神がそれぞれの儀式を始め、次第に中央に居る魔術師の存在、魔力が増幅して行く。
魔術師が何をしようとしているのか。 今から何が起こるのか。
その全てを理解した俺は、落ちてくる創造系統偽・魔術師を回収し、その場で呆然と空を見上げていた。
//「『コズミック・ウェブ』」
数年前に起きた『東京大規模魔法事件』とはまた違う、決まった理由や明確な目的を持たない 大量無差別虐殺だ。
魔術師が空中で何かを唱えてから数秒後、全世界から音が消え、空気が張り詰め、一寸一秒が遅く感じる。
その中で魔術師は何事も無く動き、腰から取り外した一つの時計を地面へと落とした。
落下を始めた時計は凄まじい速度で移動を行い、瞬きが終わった頃には地面と強く衝突し、時計がバラバラに崩れて―――、
//「『バースト』」
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