『コズミック・ウェブ・バースト』と、周囲に五人の神々を並べて宙に舞う魔術師が言った瞬間、世界は崩壊への一歩を踏み出した。
魔術師の手から小さな懐中時計が落下し、地面と接触した地点を中心にして、地球全土を越える大きさの大爆発が起きてしまった。
爆心地となる地点は勿論のこと、日本全域と周辺の国々も大爆発に巻き込まれ、 地図が描き変わる程に地面は大きく変化して地球上の生物は全て蒸発した。
魔術師が放った大技『コズミック・ウェブ・バースト』とは、本来の呼び方を省略されたモノであり、正式名称は『最終裁断神聖機関コズミック・ウェブ・バースト』。
ただの人間が神を創り、各神器を保持した五つの神が裁きを下す。名の通りの『裁断』である。
世界を崩壊へと招き、全てを無に返す絶対奥義。
手のひらから落とす物体は懐中時計以外でも良く、『時間』や『神』に連なるモノであれば、更に大きな効果を発揮する。
それを何故、今、魔術師が使用したのか。 魔術師は『二度目の東京大規模魔法』が行われるよりも先に、全ての生物を消滅させた理由を、俺は知りたい。
最初は「確実に妖術師を殺すため」だと考えたが、東京大規模魔法には生贄となる人間が大量に必要。全人類を殺したとなると魔法は使えないし、他の魔術師も滅んでしまう。
次に「興が乗り面白半分で使用した」のではないかと考えた。あの魔術師的に有り得ないとは思わないが、あの魔術師はそこまで馬鹿じゃないはずだ。
最後に「予定が変わった」だ。本当なら東京大規模魔法の準備を行う予定だったが、何かしらの要素が魔法の邪魔になると分かり、諦めて全てを消した。
俺は最後が一番有り得そうだと思った。
全てが順調通りで、何もかもが上手くいっている時に、あってはならない事を見つけてしまい、消去するしかなかった。
そのあってはならない事が、俺の持つ『遡行』の可能性もある。早く殺し、情報を渡さない。そんな考えなのかもしれない。
どのような結論が出たとしても、俺がする事は変わらない。 魔術師を殺し、『未来視』で視た『二度目の東京大規模魔法』を確実に阻止する。
そのために俺は、もう一度『遡行』する。
『―――逢魔が時』
物影に潜む刺客を、俺は既に知っている。
世界の色が一瞬だけ反転し、混沌を極めた一刀が俺の胸部を掠って虚空を突いた。 その刀身に肘を叩き付け、衝撃で偽・妖術師の手から白い刀を手放させる。
不意打ちを狙った攻撃をまさかの方法で弾かれ、偽・妖術師は困惑しながらもつま先で刀の棟を蹴り上げて再び手に取る。
「―――『白狐』」
防御すら間に合わずに直撃し、俺の命を奪った一撃必殺。その一刀が真っ直ぐ、右肩から心臓部分を狙って振り下ろされた。
全ては一度目の遡行と同様の流れ。 このまま『焼炙』を使って攻撃を弾けば、先程と同じ結末を辿ることになる。
なら、俺は別の方法で『白狐』を防ぐ。
「『月封』!!」
俺が手を翳した先、空間に小さな孔が開き、周囲の空気を吸引し始める。
予想外の出来事に『白狐』の構えがズレる。狙いが正確に定まらず、偽・妖術師の刀は綺麗に無の空気を斬った。
そのほんの少しの時間に俺は創造系統偽・魔術師の方に手を伸ばし、その名を叫ぶ。
「創造系統偽・魔術師!!」
俺の意図を汲み取った創造系統偽・魔術師は頷き、自身の『創造』を空中へと放り投げる。
偽・妖術師は急いで体勢を整え、再び『白狐』の構えへと移り、俺が求めた『創造』に狙いを定めた。
『創造』はクルクルと回り、放物線を描いて俺へと接近する。
「―――させない。『白狐』」
凄まじい速度の抜刀術。目にも止まらぬ速さで繰り出された斬撃は空中の『創造』に直撃し、俺に投げ渡された武器は遥か遠くへと飛んで行った。
「武器が無ければ、あなた達に勝ち目は―――。」
「………武器なら、ここにあるぜェ!!」
俺の攻撃手段となる『創造』を弾き飛ばし、余裕の表情をしている偽・妖術師。 その気に入らない顔、その顎下に向かって『岩融』が勢い良く振り上げられた。
強い衝撃が偽・妖術師の顎に加わり、刀を構える体勢が完全に崩れて、後ろに仰け反る。
「―――い、一体どこからその武器が!?」
偽・妖術師に対抗する方法として、俺は『逢魔が時』が来る前に、自ら『岩融』を手放しめ地面へと捨てた。
そのままだと偽・妖術師はすぐに気付いてしまうと予測し、俺は白い刀を弾いて地面へと転がした。
そうすることで偽・妖術師の意識は足元の白い刀へ向き、その隙に『岩融』を影に収納。
創造系統偽・魔術師の『創造』を求めるフリをし、『白狐』で弾かれた瞬間に『岩融』を取り出して攻撃。
「………さぁなァ!!」
そして、偽・妖術師が怯んだ時。 『創造』が弾かれる事を既に先読みしていた創造系統偽・魔術師が自身の武器を回収し終わる頃だ。
今の俺は、一度戦った相手に負ける事は許されない。
俺は左腕を背後に向け、飛んで来た『創造』をキャッチして構える。
「―――これは、お手上げですね」
眩しく光る剣を目にした偽・妖術師は、両手を上げて降参のポーズを取った後に、そう言った。
そして俺は、その偽・妖術師に容赦なく。
「『選定の剣よ、導き給え』ァァァアアア!!」
―――制裁を下す。
剣を振るった地点から偽・妖術師を目掛けて直線に、凄まじい熱量を持った聖なる光が進行し続ける。
数秒後には偽・妖術師の全身を包み込んで押し出し、近くのコンクリート製の壁に叩き付けられて動かなくなった。
「………これでも死なねぇのか」
至近距離で『選定の剣よ、導き給え』を受けた偽・妖術師。その肉体は完全に崩壊し、蒸発してもおかしくなかった。
普通の魔術師であれば身体の大半が欠損、偽・魔術師なら消滅している。
だが、この男の身体は原型を保ったままで気を失っているだけだった。
「中々にタフですね。魔術か何かで身体を強化したのでしょうか」
「………いや、コイツは魔術を使えない。何せ偽物の妖術師だからな」
「え、えええ!?よ、よよよ妖術師!?」
「………妖術と魔術的な相性とかもあると思うが………これで死なないって事ァ、裏で魔術師が手を加えてやがるな」
京都の魔術師ではなく、『コズミック・ウェブ・バースト』で世界を消し炭にし、ついでに俺を一度『遡行』させた魔術師。
あいつとこの偽・妖術師は繋がっていた。なら、何らかの能力が付与されていてもおかしくない。
「………コイツ、『災禍』で防御層を構築してやがる。トドメを刺そうにも出来ねぇな」
『岩融』の攻撃を無効化し、肉体を強化する事も可能な術。
空気中に視認できない膜を張って攻撃の軌道を逸らしたり、筋肉部に構築して身体能力を向上させる事が出来る。それが偽・妖術師の扱う術『災禍』の力だ。
そして俺の一撃を受けた偽・妖術師は、咄嗟に『災禍』を発動させて防御層を形成し、気絶した後も安全に回復出来る空間を作り出した。
この『災禍』で作られた防御層を砕くには最低でも『選定の剣よ、導き給え』を5回は連発しなくてはならない。
………魔術師による人類の滅亡、そして惣一郎達との合流もあり、そんなことをしている時間は無い。
「………またどこかで戦う事になるだろうが、必ず俺が殺す」
俺はそう言い、創造系統偽・魔術師と共にその場を後にする。 見えなくなる寸前まで偽・妖術師の姿を確認していたが起きる様子は無かった。
取り残された偽・妖術師。 彼は黙って『災禍』の中で静かに眠っている。
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「見つけた」
そんな時、彼に近寄る影が一つ。
魔術師と妖術師の戦いを越え、此度の争いにおいて凄まじいほどに闘志を燃やしている人物 は、ゆっくりと偽・妖術師に近付き、その『災禍』に触れる。
「魔術師は妖術師を、妖術師は魔術師を殺せる存在。でも貴方は違う。貴方は特別な妖術師」
『災禍』に触れている箇所がミシミシと音を立て、地面に少しだけ亀裂が入る。
『選定の剣よ、導き給え』であっても5回はぶつけないと壊れない『災禍』を片手で、それも数秒で悲鳴を上げさせる膂力。
その力に耐えきれなくなった『災禍』は遂に、激しく破裂して防御層としての役割を失った。
「妖術師を殺す妖術師として、私の力になって貰います」
まだ傷が完全に塞がっていない偽・妖術師がゆっくりと瞼を開き、目の前の人物に問い掛ける。
ただ一点の迷いも無く、それ以外の情報は要らないとでも言いたげな表情で。
「―――妖術師は、何処にいる」
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