見上げるとそこには青山悠真の顔がある!
涼し気な切れ長の瞳。通った鼻筋。形のいい唇。
整った顔立ちで、亜麻色の髪はサラサラ。
サラサラの前髪がとてもよく似合っている。
「鈴宮さん、僕、好きになっちゃいました」
「え!?」
「きっかけはシュガーでした。でも鈴宮さん、お腹を空かせた僕に、手料理を食べさせてくれましたよね。……親切にしてくれるけど、それは僕が青山悠真だからだと思いました。写真撮りたいとか、サインが欲しいとか、握手してほしい……。そんなことを求められるかと思ったんです」
そ、それは……。
でもあの時、そんなことは思い浮かばなかった。
だってシュガーを探していた時の悠真くんは、間違いなくプライベートな彼だから。
「でもサイン、写真、握手。してもいいと思っていました。シュガーを見つけ、声をかけてくれたのです。それで喜んでもらえるなら、御礼として当然かと。でも鈴宮さんはそんな要求はせず、プライベートを邪魔するつもりはない、SNSで情報流したりしないと言ってくれて……」
悠真くんは澄んだ瞳をキラキラ輝かせる。
公園の薄暗い街灯だけなのに、信じられないほどその瞳が煌めいているように感じた。
「あの時は本当に驚きました。僕から握手するかと聞いても断るし。連絡先の交換も求めないから。思わず僕からシュガーの写真を送るって口実で、連絡先聞いちゃいました」
そこでいたずらっ子みたいに笑う姿は、実にキュート!
思わず心臓を撃ち抜かれた。
「連絡先の交換をして、シュガーの写真を送って……。それでその後、鈴宮さんから何か連絡くるかなと思いました。でも、僕が連絡しないと鈴宮さん、メッセージくれませんでしたよね? メッセージくれても、用事がある時だけ。ビックリしましたよ」
そうか。
でもそうよね。
悠真くんだもん。
あの青山悠真だもの。
彼のメッセージアプリとつながっているなら、用事がなくても自分から積極的に何か連絡する……例えば「今日は絶品イタリアンでランチしました!」とか「みてー、近所の野良猫!」なんてメッセージや写真を送り、彼の気を引こうとするだろう。
でも私は……。
そもそも年上の29歳で、彼からしたらおばちゃんで、しかも一般人。相手にされない。
そう思っていたから、自分から積極的に悠真くんにメッセージを送ることはなかった。
「メッセージはくれないのに、僕のためにパウンドケーキを焼いてくれたり、大根三昧の手料理を食べさせてくれたり。親子丼、ブリ大根……。僕の胃袋をガッツリつかんでいる。でもそれも作戦じゃないですよね? 別に僕の胃袋をつかむつもりなんてない。ただ、僕が手料理を食べたいと思っている、お腹すいていそう、だから用意した、ですもんね」
そこで悠真くんの右手がブランコの鎖から離れ、私の顎を持ち上げ、頬に触れる。
「それに時々、無防備にとても可愛い顔になるんですよ、鈴宮さん。笑顔も愛らしい。まるで猫みたいです。気づいたら、僕、鈴宮さんに夢中なんですよ。鈴宮さんから連絡来ないかなってスマホを眺めて。MVの撮影の時に、片想いの気持ちを表現するのに、鈴宮さんのことを思い浮かべていたんですよ」
次の瞬間。
あまりにも驚き、失神しそうになる。
だって。
私のおでこに悠真くんのおでこが触れたのだから!
一気に距離が縮まり、心臓がバクバクしてしまう。
「もう僕、鈴宮さん中毒です。夢にも鈴宮さんがでてきているんですから。……責任、とってください」
な、何、この展開!?
げ、現実ですか!?
で、でも確かにおでこに悠真くんの体温を感じている。
夢ではない! げ、現実!
いや、でも、あの青山悠真ですよ!?
それが一般人の8歳……もうすぐ悠真くんは22歳だけど、7歳上の私を本気で好きになるなんてこと、あるはずがない。
もしやこれは……。
一般人をターゲットにしたドッキリ番組なのでは!?
どこかにカメラマンやドッキリの看板を持った人がいるのでは。
思わず顔を動かすと。
おでこを離した悠真くんが私を覗き込む。
「……鈴宮さん、僕の話、聞いていました?」
ち、近い……!
近くで見る悠真くんの肌!
反則だと思います。なんでこんなに艶々なの! 女子が憧れるシルク肌。う、美しい……!
「鈴宮さん?」
「は、はいっ。き、聞いています。それできっとこれ、ドッキリですよね?」
「え?」
私がこれは一般人をターゲットにしたドッキリ企画なのではと指摘すると……。
「違いますよ! そんな、ドッキリなんて。まさか」
上半身を起こし、ひとしきり笑った後、再びブランコの鎖を両手で持つと、悠真くんは私の顔を覗き込む。
「それに鈴宮さん、年上、一般人、おばさんって、そこ、気にする必要ないと思います」
「で、でも……」
「だって鈴宮さんのこと、性格と行動で好きになったのですから。勿論、容姿だって気にしていないわけではないですよ。でも年齢よりうんと若く見えますし、そこ、僕は気にしていませんから」
約7歳の年の差、一般人であること、おばさんは気にならない……ということよりも「好き」と言われた。
よくよく考えると「鈴宮さん、僕、好きになっちゃいました」と、最初に言われていた気がする。いや、言われた……!
もう、軽くパニックで完全に頭に血が上り、ひっくり返りそうになる。
「!!」
ブランコから落ちそうになる私を、悠真くんがふわりと優しく抱きしめた。
その瞬間、石鹸のいい香りのする彼の胸の中に、包まれている。
「驚きました。鈴宮さん、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫なわけないです!」
あの青山悠真の胸の中で、抱きしめられているのだ。
大丈夫なわけがない!
元カレから襲われそうになった時。
あの時も悠真くんに抱きしめられる形になった。
ただしそれは一瞬の出来事だった。
それなのに今は……。
「鈴宮さん、温かい。しかもいい香りがする。甘いバニラみたいな香り。鈴宮さんのこと食べたくなっちゃいます」
耳に飛び込んでくる悠真くんの言葉の甘さに、再び失神しそうになる。
映画やドラマでも、こんなに甘々な悠真くん、見たことがないんですけどー!
「それで鈴宮さん、僕は告ったわけですが、返事、聞かせてもらうこと、できます?」
悠真くん……!
なんて策士なの!
こんな風に抱きしめられた状態で「僕は君が好き。君は僕を好き?」と聞かれ、「好き!」以外の返事をできる女子、いるはずがない!
これは間違いなく、確実に相手から「好き」の答えを引き出す方法!
「鈴宮さん、何も言わないと、僕、勝手に望む方向で答えを解釈しちゃいますよ?」
!
む、むしろ、そうしてください。
察してください。
こんな状況ですから!!
そうも思ったけれど。
流されていいのかしら?
流されている場合……?
「ゆ、悠真くん」
「何です、鈴宮さん」
こ、声が、さっきよりも近い!
さっき体を動かしたと思ったけど、耳の近くに悠真くんの顔が移動している!
甘い囁き声が、ダイレクトに耳に届き、かつその熱い息さえ、感じていた。
これではもう、まともな思考ができない!
まさにそう思った時。
「キュッ、キュ~ン、キュウン」
子犬の鳴き声!
私も悠真くんも声の方を見ると、カップルが子犬を連れ、散歩をしている。そしてどうやらこの公園に入ってこようとしていた。
それを察知した瞬間。
「残念。行きましょうか」
悠真くんからオーラが消え、でも私を抱きしめたまま立ち上がると……。
「はい」
「え?」
「ちょっと寒くなったので、手、つなぎませんか?」
ニッコリ笑顔で悠真くんが私を見る。
「ク~、キュウン」
カップルが公園に入ってきた。
それを見ると、早く公園から出た方がいいと思えたので「た、確かに寒いですよね」と差し出された手に、遠慮がちに自分の手をのせてしまう。
すると……。
悠真くんはぎゅっと私の手を握り、嬉しそうに歩き出した。
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