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スマホの画面に残る名前はみなみの同期のものだった。いったい何の用かと不思議に思いながらつぶやきをもらす。
「宍戸から電話だなんて珍しい……」
それを聞きつけた山中がみなみを気遣う。
「何か急用かもしれないよ。俺のことは気にしないでいいから、かけてみたら?」
「ありがとうございます。でも、明日も会うでしょうし、その時にでも聞けばいいですから」
言い終えて、みなみは設定をマナーモードに変えようとした。その時着信音が再び鳴って慌てる。画面には「宍戸」の文字が現れていた。出ようかどうしようかと迷うみなみの手の中で、スマホの着信音は鳴り続け、やむ気配がない。さっさと電話に出てしまった方が良さそうだと諦めて、みなみは早口で山中に告げる。
「向こうで話してきます。少しお待ちください」
「それなら、俺が席を外そう。……あ、岡野さん?!」
山中の言葉を聞かずにみなみは慌ただしく立ち上がり、彼の座るベンチから離れた。街灯が照らす灯りの輪の中まで移動して、急いで電話に出る。
「もしもし……」
電話の向こう側で戸惑う気配がした。その後しばらくして、ためらいがちな声が返ってくる。
『えぇと、俺だけど。今、忙しかったりした?』
電話の相手は宍戸なのだが、その声がいつもと微妙に違っていた。おまけに彼と電話で話すのは初めてで、そのせいか照れ臭さを感じる。
「出るのにちょっと手間取っただけよ」
むずがゆいような違和感を振り払いたくて、みなみはついつい憎まれ口を叩いてしまう。
「俺だけど、じゃなくて、そこは名乗るところなんじゃない?」
『 だって、俺からの電話だって分かって出てるんだろ?なら、別にいいじゃん』
口調や返し方は、やっぱりいつもの宍戸だった。
「それはまぁ、そうなんだけどね。それで、いったいどうしたの?宍戸が私に電話をかけてくるなんて、初めてのことじゃない?」
『そうだっけ』
「そうよ。会社では話せないことか何か?」
『まぁな』
宍戸は曖昧に答え、ひと呼吸分ほどを置いてからみなみに訊ねる。
『今は部屋にいるのか?』
「外よ」
みなみは簡潔に答えた。誰とどこにいるかを、彼に詳しく話す必要はない。
短い間が空いた。
『 もしかして、誰かと一緒?』
「えぇ」
やはり短く答えてから、みなみはふと引っかかりを感じた。彼の声に苛立ちが滲んだような気がしたのだ。なぜだろうとは思ったが、深く考えている暇はない。早く本題に入ってほしいと、宍戸から用件を聞き出そうとする。
「それで、いったいどうしたの?急ぎの用かしら?」
『 いや、急ぎとかそういうわけじゃないんだけど……』
奥歯にものが挟まったような、宍戸らしくない言い方だった。憎たらしいくらい歯切れの良い、いつもの言葉遣いや勢いはどこに行ったのだろうかと、みなみは訝しむ。
彼の話の内容は気にはなるが、今はそれ以上に、山中を待たせていることの方が重要で、優先順位が高い。早く電話を切らなくてはとみなみは焦り出した。
「宍戸、ごめんなさい。急ぎじゃないなら、電話を切ってもいいかしら。話だったら明日にでも会社で聞くから。人を待たせているの」
『 そうだったな。悪かった。じゃ、また。帰り、あんまり遅くなるなよ』
まるで保護者か何かのようだと苦笑しながら、みなみは答える。
「ありがとう。おやすみなさい」
通話を終えて、みなみは首を捻った。結局宍戸の用件は分からなかった。しかし、次に会った時にでも聞いてみればいいやと頭を切り替えて、山中が待つベンチへと戻る。
「申し訳ありませんでした」
「いや、全然。宍戸の電話、もういいの?」
「はい。特に急用ではなかったようで。なんだかいつもと様子も違っていたして、結局謎の電話でした」
「ふぅん……」
山中の相槌を聞きながら、みなみは彼から離れた位置に腰を下ろした。
「それにしても、君たちって仲がいいよね」
「えっ、別に普通だと思いますが。私の同期たちはみんな仲がいいですし」
「だけど、宍戸は特に岡野さんには気を許しているんじゃない?」
山中は意味ありげに微笑んでいる。
「気を許す、というよりは」
みなみは苦笑する。
「私をからかって喜んでるだけだと思います。あの人、私の反応を見て面白がってるんですよ」
「傍で見ていると、じゃれ合ってるようにしか思えないけどね。実は宍戸のことは苦手だったりするの?」
「そんなことはありませんけど……。何かとフォローしてくれたり、優しい所もたくさんあっていい人ですし」
「そうなんだね。……今の話、なんだかもやもやした気分になるな」
「え?何がですか?」
「いや、こっちの話」
山中は口元に笑みを佩く。
「岡野さんは、もっと自分の周りをよく見た方がいかもしれないね」
山中の曖昧な物言いにみなみは首を傾げる。
「どういう意味ですか?」
しかし山中は微笑みを浮かべただけで、みなみの疑問に対して何の答えも口にしない。
「帰ろうか」
不意に言って山中は立ち上がり、みなみの前に手を差し出す。
「あの……?」
みなみはその手を取ることをためらった。
山中は軽く身をかがめる。
「そろそろ帰ろう。アパートまで送るよ」
顔をのぞき込まれて、心拍数がぐんと跳ね上がるのを感じる。結局みなみはのろのろと彼の手を取って、ベンチから立ち上がった。