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想像していたような、異形の怪物ではない。
けれど、その鋭い双眸から放たれる眼光は、どんな猛獣よりも鋭く、私の魂まで射抜くようだった。
「……貴様。人間か」
低く、地響きのように重厚に響く声。
恐怖で心臓が口から飛び出しそうになる。
あまりの重圧に呼吸の仕方を忘れそうになった。
けれど、絶望の極致に達したとき、不思議と腹の底で熱いものが込み上げた。
せめて最後くらいは。
自分をゴミのように捨てた、あの卑屈な家族たちのようにはなりたくない。
彼らに「可哀想な生贄」として思い出されることすら癪だった。
私は込み上げる涙を必死に堪え、震える視線で、正面に座る魔王を真っ直ぐに睨みつけた。
「こ、殺すなら……早く、殺してください……っ」
死ぬ準備は、もうできている。
だから、せめてこの逃げ場のない恐怖を、一瞬で終わらせてほしい。
そう叫んだ私に対し、魔王と呼ばれたその男性は───意外な反応を見せた。
威圧的だった表情がふっと抜け、なぜかポカンと口を半開きにしたのだ。
『……何を言っているのか分からんが。お前、どうしてここに来た?』
想定外の、どこか困惑したような、調子の抜けた問いかけ。
「え?わ、私は……」
答えようと口を開いたが、もう限界だった。
数日間の絶食に近い空腹、極度の緊張
そして無理やり強制転移の魔法に耐えた私の身体は、とうに悲鳴を上げていた。
視界が急激に暗転する。
床に激突する衝撃を覚悟して目を閉じたが、私の体は硬い石畳に届く前に、温かくて大きな腕にしっかりと受け止められた。
「おい……!」
遠のく意識の向こう側で、魔王の冷徹なはずの声が、どこか慌てているように聞こえた。
『害はない。お前らは通常業務に戻れ。……この女は俺が運ぼう』
それが、私の記憶にある最初の魔界の光景だった。
ふと目を覚ますと、そこは見知らぬ高い天井だった。
横たわっているのは、今まで触れたこともないほど柔らかく、吸い付くような上質なベッド。
ぼんやりとした頭で横を向くと、そこには椅子に腰掛け、腕を組んで私を凝視している魔王の姿があった。
「ひっ……!」
反射的に跳ね起き、ベッドの隅まで後ずさって身をすくめる。
心臓が早鐘を打つ。
魔王はそんな私に片手を挙げ、落ち着け、と言うように短く宥めた。
「お前、名前は?」
「お、オロ、オーロラ、です……」
「……なぜここに来た。人間が魔界に迷い込むなど、普通はあり得んことだ」
私は震えながら、父から聞かされた話を必死に絞り出した。
魔王が生贄を用意しなければ村を滅ぼすと脅してきたこと。