魔界の風は冷たく、しかし不思議と心地よさを感じさせた。
セリオはリゼリアの後をついて歩きながら、改めて周囲の景色を観察する。黒く乾いた大地にはところどころひび割れが走り、地の底からぼんやりと紫色の光が漏れ出ていた。遠くには奇妙にねじれた木々が生えており、どれも葉を持たず、根がむき出しになっている。
「……生き物の気配がしないな」
セリオが周囲を見回しながら言うと、リゼリアは微笑んだ。
「そうね。この辺りはネクロポリスの外縁部、いわば死者の領域なの。生者の生き物はあまり近寄らないわ」
「ネクロポリス……?」
「私が管理する“冥府”よ。魔界の中でも特に特殊な領域で、死者の魂が集まる場所なの」
セリオは眉をひそめた。
「……ということは、俺もその“死者”の一部というわけか」
「そうよ。あなたはゴーストとして蘇ったのだから、ある意味、ここはあなたにとってふさわしい場所なのかもしれないわ」
リゼリアは小さく笑いながら、歩みを進める。
やがて、二人は丘の上へとたどり着いた。そこからは、遠くまで続く魔界の景色が見渡せる。
黒い大地の先には、低くたなびく霧のようなものが広がり、さらにその先には暗黒の塔がそびえ立っていた。塔の上部には不気味な赤い光が灯り、周囲の空間がゆらめいている。
「あれが……?」
「ええ、“冥府の門”よ。ネクロポリスの中心にある場所。そこを通ることで、死者の魂は完全に冥府へと還るの」
セリオは腕を組みながら考える。
「魂の研究をしているお前にとって、あの場所は重要な拠点というわけか」
「そうね。でも、同時に危険な場所でもあるのよ。あの門は冥府と現世を繋ぐ境界点だから、時折、不安定な状態になることもあるわ。生半可な者が近づけば、簡単に魂を引きずり込まれてしまうの」
「……なるほど」
セリオは静かに頷いた。
この魔界の仕組みを理解するには、まだまだ時間がかかりそうだった。
だが、一つだけはっきりしていることがある。
自分はすでに“生者”ではなく、“死者”としてこの世界に存在しているということだ。
それが意味するものを、セリオはまだ完全には受け入れられていなかった。
「……そんなに難しく考える必要はないわ。お前は今ここにいる、それが一番大事なことなのよ」
リゼリアが淡々と言う。
「死者の道は、生者のそれとは違うわ。お前にはお前の生き方がある。……いいえ、”生きる”という言葉はもう、適切ではないのかしら……」
「……お前は俺をどうしたいんだ?」
「決まっているでしょう? 私はお前に魔王になってもらうつもりよ」
セリオは小さく息を吐き、遠くの冥府の門を見つめた。
この世界での自分の役割は何なのか。
それを知るには、まだ時間が必要だった。
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