テラーノベル
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ローザリンデとの約束は本日の二十時。
読書の合間に楽しんだ軽めのランチに続いて、遅めのアフタヌーンティーを堪能したあとは、身支度の時間となった。
公爵令嬢に会うともなれば、それ相応の装いが必要とのこと。
支度前の風呂なんて、本物の貴族にでもなった気分だ。
全身を洗うのはノワール。
補助はネルとローレル。
夫以外の誰かに洗ってもらうのに抵抗を覚えるかな? と思ったけれど、さすがはシルキー。
全く嫌悪感どころか違和感も覚えさせない。
今回が初めてとは思えないほど、丁寧かつ手早かった。
ネルのメイドスキルが高いのは何となく理解していたが、意外にもローレルのメイドスキルも同レベルだったのには驚かされる。
本人に言わせると、水が絡む仕事は何でも得意ですわ~、とのことだったが、ネルがこっそりと、ローレルの基本スキルが平均して高いのを教えてくれた。
髪の毛を乾かしている間に、冷たい飲み物が提供される。
念入りに洗われた結果、全身がほてっているので嬉しい。
このまま寝るのであれば、常温か温かい飲み物がでてくるところだが、がっつりドレスを着るのであれば、ほてりは押さえておきたいという意図だろう。
「本日のビューティーウォーターは、三種類のベリー果汁を入れてございます」
グラスを凝視していたら、ローレルが教えてくれた。
赤が綺麗なので、ロベリートスが中心といったところか。
微炭酸で飲みやすかった。
「さぁ、気合いを入れて着付けるわよ!」
雪華が鼻息も荒く、バスローブ姿の私の前に歩いてきた。
背後にはドレスやアクセサリーを持った皆が、笑みを浮かべながら続いている。
「今日のコンセプトは、娼館に舞い降りる女神ですから!」
「め、女神?」
「はい、そうです。まぁ、アリッサは普段から可愛くて美人ですけれど、今回はそこに崇高さを付け足す感じですね」
「公爵令嬢が娼館に居座っているのをよく思わない者も、このまま死ぬまでい続けてほしいと切望する者も多いからのぅ。どちらをも牽制できるのが、女神仕様というわけじゃ。そもそもアリッサには王族以上の品があるからの。ほんのすこぅし、冷酷な傲慢さを装飾するだけじゃから、安心するといいぞ」
崇高さに、冷酷な傲慢……。
前者はさて置き、後者は女神……女神か。
神はそもそも、人が理解し得ないから神なのだ。
何しろ人に優しい神ばかりではない。
夫にスキルの封印をされていなかったら、いろいろな神様と話がしたかった気もしたが、どことなく不穏な気配がするし、何より夫が許さないはずだ。
「ウェディングドレスみたい……」
「うむ。いつになく御方様の気配を感じるのぅ。美しく飾られたアリッサの姿だけでも目に焼きつけておこうという、意思が察せられる」
「アリッサは溺れないかな? って心配するほど、愛されているよねぇ」
ウェディングドレスに似ているから、気になってしまったのか。
その点は実に夫らしい行動だ。
二人の言葉に、皆が歓声を上げる。
たとえ見えなくとも、時空制御師と同じ空間にいるのは僥倖のようだ。
ドレス選びには干渉しましたから、私好みですよ?
安心して、飾られてください。
崇高で冷酷な傲慢さを身につけた貴女もまた、息を止めて見惚れるほどに美しいでしょうねぇ。
耳元で囁かれる夫の声に、全身が甘く痺れた。
冷めたはずの頬に再びほてりが宿るのを感じて、ゆっくりと肺から息を吐きだす。
純白のドレスは、裾が長く引くマーメードライン。
タートルネックは、実に禁欲的だ。
百合の透かし織りを活かして鏤《ちりば》められた真珠にダイヤモンドだけでも、いくらするのだろうと、庶民的な思考を巡らせる。
七分袖にはたっぷりと余裕があって、腕を細く見せてくれる効果がありそうだ。
ベールはドレスと同じ百合の透かし織りに宝石が鏤められたもので、腰までの長さ。
万が一人に見られても、夜の暗闇とベールが邪魔をして詳細な容貌を捉えるのは不可能に違いない。
シューズも同じ生地でのハイヒールで、後ろには大きなリボンがふわっとつけられている。
歩くのが大変そうだが、恐らく距離を歩く状況にはならないだろう。
ティアラ、イヤリング、ロングネックレス、ブローチ、指輪、ブレスレット、チェーンベルトにアンクレット。
ここまで一度にアクセサリーを身につけたのは初めてだ。
一気に負荷がかかって全身が重く怠い。
アクセサリーは、真珠、ダイヤモンド、プラチナの組み合わせで、それぞれしつこいばかりに百合のモチーフで作られていた。
複数の百合モチーフを身につけられるのは、高貴な身分の証らしいのだが、何もここまでつけなくてもいいと思う。
一つ一つがとても精緻で見事なもので、またしても値段を気にしてしまった。
「この宝石類はどこから入手したのかしら?」
「うむ。公爵家の当主が用意した物じゃ。全て王家から下賜されたアンティーク品と説明を受けておる。新品なら値も張ろうが、由緒あるアンティークとあれば、値は天井知らずであろうのぅ」
想像以上だった!
反射的に全身がぶるりと震える。
くろぬか
2,082
282
#死亡遊戯で飯を食う
ユイ
93
「全てアリッサへの貢ぎ物なんだって! こっちも御方様の許しは得てるよ。日の目を見ない特級品だからねぇ。御方様も貢ぐのを許したんだと思う」
耳元でくすりと笑い声。
貴女の手を煩わせるのです。
これぐらいは当然でしょう?
夫の姿は見えずとも、その、微笑だけで人を籠絡しそうな表情が明確に浮かんだ。
「ベールがあるので、扇子は必要ないのぅ」
「あったとしても御令嬢様方得意の扇言葉《おうぎことば》なんて使えないわ」
「くっく。使えたら驚きじゃがなぁ。案外アリッサなら上手く使いこなしそうな気がするのぅ」
「同感です。バッグとかも持たせたいけど……必要ないか。彩絲が代わりに持つ?」
「そうじゃのぅ……ならば扇子は雪華が持つとよい」
「だね」
ということは、二人が従者的な立場になるのだろうか?
ベールが丁寧に持ち上げられて、化粧がほどこされた。
塗るだけで肌が艶ぷるの輝きを放つファンデーションの、原材料が気になるところ。
どうやらオールインワンタイプらしく、工程が少なくて嬉しい。
眉は整えられ、まつげは緩く巻かれた。
アイシャドウは薄く銀色がのせられる。
口紅は色がなく、ただ唇を艶やかにさせるものだった。
塗りすぎたグロスのように、テカテカでないのには安堵した。
何故か、光りすぎる唇が苦手なのだ。
「ぬぅ? やり過ぎたかのぅ」
「ま、まぁ男性に見せなければ御方様の勘気には触れないと思う!」
化粧が濃すぎたのだろうか?
「……わぁ……」
手鏡を求めれば、雪華がいい感じの位置に設置してくれる。
そこに映り込んだ私は別人だった。
何より発光してる!
もう一度言う。
発光してる!
それは、光り輝くというのですよ。
良い仕事です。
「おぉ! お褒めいただけるとは!」
「よ、よかった……」
夫の言葉に喜んでいる二人には苦笑を向けておく。
ベールを下ろしてもらえば、発光は漏れていない。
完全に上げると、我ながら眩しい! となるほどの、光具合に凹む。
新しいスキルでも身につけたのだろうか?
落ち着いたら確認しておこう。
神々しく仕上がりました。
公爵令嬢も二心なく、貴女に忠誠を誓うでしょう。
自信満々の夫は、一体私に何をさせたいのか。
夫のように崇拝される何物をも持たない私にとって、プレッシャーでしかないというのに。
「さぁ、行こう。アリッサ」
「そういえば、誰が行くのかしら?」
「ふっふ。総出よ! 留守は私と彩絲の眷属とドロシアが守ってくれるから、安心して」
ふわりと天井から姿を現したドロシアがカーテシー。
どこからともなく現れた、蛇&蜘蛛軍団。
うん、軍団っていうのが相応しい数だった。
蛇は揃ってお辞儀をして、蜘蛛は敬礼をしてくれる。
「ひ、人サイズの子もいるんだね?」
「門扉にも立たせておくぞぇ。人サイズの蜘蛛と蛇をのぅ」
「それを見て入ってくるお馬鹿は早々いないと思うけど、いるとしたら度を超した馬鹿か、腕に自信がある馬鹿のどちらかだからね! 基本は捕縛にしておくから、安心してくださいな」
ドロシアは蛇や蜘蛛に嫌悪はないらしい。
幽霊だからか、本人の性質か、それ以外の理由かはわからないが、仲が良好であるに越したことはないだろう。
そういえば、他の子たちも平気なようだ。
それだけ彩絲や雪華が信頼されているからかもしれない。
既に外出準備を整えた皆は、蛇や蜘蛛たちとあれこれ語らっている。
……皆、言葉がわかるのかしら?
蛇や蜘蛛が私たちの言葉を理解できるのは知っているのだけれど。
「ランディーニとノワールは先行しておる。あの二人ならば牽制は十分じゃろうて」
「ただまぁ、娼館の中でも癖があるところだからねぇ。もしかしたら不愉快な思いをする可能性があるって点を、理解しておいてもらえると嬉しいな」
「ふふふ。了解。不測の事態っていうのは、念入りな準備をしていても、起こりうるものだもの。大丈夫よ。それぐらいで私は損なわれないわ」
私の強さを既に彼女たちは理解している。
その上で万全の手配をしているのだ。
傲慢なくらいに強く顔を上げて手を差し出す。
彩絲は華やかに笑って私の手を取った。
「それでこそ、我が主じゃ。さぁ、まいろう」
先導は雪華とフェリシア。
続いて彩絲と私。
他のメンバーは後続に続く。
屋敷の外に珍しく二台用意された馬車のうち、私は服の色に合わせたのだろう純白の馬車を引くホークアイの背中を一撫でしてから、中へ入り腰を落ち着けた。
夜の静寂《しじま》の中、ホークアイが引く馬車が軽やかに響く。
王都での八時はまだまだ宵の口らしい。
人通りは思っていたよりも多かった。
さすがに馬車へちょっかいを出す愚か者はいないようだが、時々興味深そうな声が聞こえる。
馬車が歓楽街……娼館の集合地……へとさしかかれば、届く声は勧誘の声へと変化を遂げた。
『どうぞ! 獣《けだもの》との戯れへ! 激しく愛されたい淑女にお勧めでございます!』
『真夜中の紳士では粒ぞろいの紳士を取り揃えております。一夜の慰みに如何でしょうか? 高貴な方もおいでになりますよ!』
『深淵を覗くとき、深淵もまた……へお越しの際は、覚悟のみお持ちになってくださいませ。事後のクレームは一斉受けつけませんことも、御了承いただきます』
え?
それって客引きの言葉にしては、不穏すぎない?
というか。
犯罪にはならないのかしら。
ベールの下では、誰にも表情が見えないのをいいことに、思いっきり額に皺を寄せている。
だって、こう。
いろいろとやばいでしょう?
王都では本当に駄目な店はありませんよ?
犯罪すれすれで鬩《せめ》ぎ合ってはおりますがね。
本当にマズいのは王都から離れた場所にあります。
絶対に行ってはいけません。
せ、鬩ぎ合っているんだ。
大人しくしていても災難は向こうからやってくるのだ。
こちらから危険な場所になど、よほどの理由がなければ行かない。
夫が教えてくれた場所は、守護獣や妖精たちにも共有される。
誤って足を踏み入れる機会すらなさそうだ。
「……寵姫のせいで、勧誘も随分と耳障りなものになったのぅ」
「ほんとーに、馬鹿だよね? 誰が見たって高貴な方のお忍びなんだからさ。客引きなら、もっと利口にやらないとさぁ……あ、こんな感じにね」
馬車の中へ、金色の輝きが優しい蝶々が入り込んできた。
皆が侵入を許すのだ。
何か意味があるのだろう。
『麗しき御方様には、姉妹店への御来訪恐縮の極みにございます。御方様のお心に叶いました際には、当店へもお越しくださいませ。一同心よりお出迎え申し上げます。夜蝶のよりどころが店主ブラッツ・フラウエンロープ』
「今から行く店は男性向けじゃが、夜蝶のよりどころは女性向けの店でのぅ。なかなかの良い店なのじゃ。館の主以下全員が一流の教育を受けておるので、正式な舞踏会などへの同伴者として使う方々もいるんじゃよ」
「そうなのね」
ラノベなどで見かけた状況だ。
マナーがなっていなかったり、敵になりうる可能性がある身内に頼むより、お金はかかっても品位を落とさないで済んだり、新たな敵を生み出さずに済むと、作品内では推奨されていたように思う。
「この招待状が出せるのは、一流店のみなんだよねー。更に受け取り不可にもできるんだ。
今回は私がさくっと受け取ったけど、本来は夜蝶のよりどころが店主ブラッツ・フラウエンロープより御挨拶の機会をいただきたく存じます……みたいに、打診があるんだ。頭の中に声が響く感じだね。で、嫌なら不要と一言で、馬車内への侵入は防げるよ。当然だけど、全ての打診拒絶もできるからね」
「随分と高度なシステムに感じるのだけれど……」
魔法でできるのだろうが、できる人が多くなさそうな気がしたのだ。
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