ギリギリと剣で押し合う。互いに一歩も譲るつもりはない。
「以前言っていたな。リディアの為なら人殺しも厭わ無いと。それで陛下を手に掛けたか」
「確かにリディアの為なら人殺したなど躊躇いはない。だが、俺は陛下を殺したりしていない」
「まあ、事実などどうでもいい。私は貴様を殺してリディアを手に入れるっ」
いい加減しつこい奴だと思った。脈がないのは誰が見ても明白だ。気付いてい無いのは本人だけだ。
「生憎、リディアを手放すつもりはない。アレは俺の、俺だけの女なんだよ。何よりリディアは俺を愛してくれている」
勢いよく剣を振り、剣ごとリュシアンを突き飛ばす。すると彼は蹌踉めいた。
「俺達は愛を誓い合っているんだ。お前の出る幕はないんだよ」
少々語弊はあるが、大した問題ではない。リディアが自分を兄ではなく男として好いているのは事実だ。ディオンは嘲笑し鼻を鳴らす。
「っ……例えそれが事実だろうが、血の繋がりがなくとも自分の妹に手を出す様な獣物に彼女は渡さ無いっ‼︎」
睨み合いながら剣と剣の押し合いが続く。
「リディアを一番に考える事が出来ない奴が、何を吐かすんだよっ‼︎ お前は選べない」
金属独特の擦れる音に、徐々に気分は高揚していく。
「そうかも知れない。私はシルヴィを見捨てる事など出来ない。リディアと妹どちかを選ぶ事は出来ない。だが、それなら彼女を殺して私も死ぬ。そうすれば彼女を手に入れる事が出来る! 彼女は誰にも渡さないっ。来世は彼女に愛され幸せになれる筈だ」
「遂に気でも触れたか」
興奮気味に話すリュシアンは、とても正気とは思えない。選択出来ないと言いながら、結局自らの欲の為にリディアを殺す事を選ぶと言う。手に入らないなら、せめて誰にも渡したくない。それなら自らの手で殺せばいい……どこまでも身勝手で、狂っている。
だが、やはりこの男も自分と同類なのだと実感した。このままならリュシアンは必ずリディア殺す。だからこそ今この場で……殺す他ない。
「来世などと、笑える。だが、なら俺は今世も来世もその来世も、遥か永久に二人で幸せになってやるよ。そこにお前は不要だ」
リュシアンはディオンの剣に押し負け地面に片膝をつく。かなり呼吸が乱れている様だ。
ディオンは空気を斬る様に一振りし、剣先をリュシアンへと挑発する様に突きつけた。不敵に笑みを浮かべて見せる。
「ごめん、ごめん。大丈夫かな? お坊ちゃん育ちの甘ちゃんには……耐えられないだろう」
「っ、莫迦にするなあぁぁー‼︎」
するとリュシアンが体当たりする勢いで向かって来る。それを剣で受け止めた。キーンッと剣と剣が打つかる音が一層響く。
その時少し離れた場所に、よく知った気配を感じた。……この場に絶対にいる筈のない人物。だが本物だ。ディオンには分かる。……リディアだ。
リュシアンから僅かに視線を外すとその姿が見えた。
ーーあぁ、愛しい彼女だ。
約束した待ち合わせ場所へ行く事が叶わなかった。もう会えないかも知れないという可能性すら頭を過ぎった。だがリディアは自分を探し出し、こんな場所まで来てくれたのだ。その事実にどうしようもなく身体が心が歓喜に震える。
もうこんな下らない茶番は終いにして、二人で行こう……邪魔する奴は斬り捨てる。今度こそリディアと生きる。
ーーお前は俺が、護るから。
ディオンは瞬間体勢を低くし剣で突いた。そしてその剣は、リュシアンの左胸を貫く。
「ガハッ‼︎……」
リュシアンは瞳孔を大きく開き血を吐いた。
心臓から剣を抜き取ると、血飛沫が飛ぶ。傷口からは止めどなく血が溢れて出ている。
僅かな時間身体全体が痙攣したかの様に動き、やがて物の如くリュシアンは地面に崩れ落ちると動かなくなった。地面には血溜まりが広がっていた。
◆◆◆
「嫌ぁっーーー‼︎」
リュシアンが倒れた瞬間、リディアの背後から悲鳴が上がった。我に返り振り返るとシルヴィが立っていた。彼女は狂乱した様に叫びながらリュシアンへと駆け寄る。
(一体これは、何……)
リディアは呆然と立ち尽くす。全てが白黒に染まって見えた。音が遠い。時間がゆっくりと流れる。まるで夢でも見ているかの様だ。
「兄さんッ‼︎ 兄さん‼︎」
リュシアンを抱き起し、彼から溢れ出る血で身体を濡らしている。シルヴィは泣き喚きひたすら呼び続けていた。
「兄さんっ! ねぇ、ねぇ‼︎ 目を開けてよっ」
息を吹き返す様に祈りながら掻き抱く姿は痛々しかった。だがリディアはその光景をどこか冷静に眺めていた。
ーーだって彼は、もう死んでいる。
シルヴィ以外それは多分分かっている。血を吐き、呼吸は止まり、微動だにしない……。
信じられない。これが現実だと思えない。ただ呆然としてその光景を眺めていた時、カチャりと金属音が響いた。ディオンが剣をシルヴィへと突き付けたのだ。
(どうして……どうして……⁉︎ シルヴィちゃんまで何故殺そうとするの? どうして……ディオンが、分からない。シルヴィちゃんは関係ないじゃない。やっぱり、国王陛下を殺したのもディオンなの?)
激しい目眩を覚えた。
「シルヴィさんっ‼︎」
呆然と立ち尽くしていたフレッドが叫ぶ。その彼が足を一本踏み出した時には既にリディアは駆け出していた。そしてリュシアンの落ちていた剣を拾い上げる。
ーーキーンッ‼︎
金属音が嫌に耳に付いた。
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