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「ねえ燭台切、わたし卵焼き食べたいな。中にチーズ入ってるやつ!」
「はははっ、本当に君は好きだよね、卵焼き。でも、ほうれん草もちゃんと食べないとだめだよ?」
「えー、だってほうれん草って葉っぱじゃん……」
「ほうれん草には鉄分がたくさん入ってるんだよ。君いつも貧血でつらそうなんだからちゃんと食べないと」
「むー……」
眩しい、眩しい。
太陽の光が目に染みて、痛い。
僕は彼女を起こすために、装束に着替え、格好を整えてから、私室の扉を開ける。
そうだった。
刀傷だらけの廊下。
広間はあの戦いの壮絶さを物語るように損傷だらけで、障子が破れていないところを見つけるほうが難しい。
だが、刀が全振り集まれる場所と言ったらここ以外ないから、皆ここに集まり、彼女の定位置だった方向を向いて正座している。
8時28分。普段だったら朝餉を囲んでいた時間だ。
だが、彼女亡き今、僕達が食事を摂る理由も無くなってしまった。
「やだ!皆が食べないならわたしも食べない!」
「ええっ、僕達は食べなくても生きていけるけれど、君は違うだろう?」
「だって!かあさまは、ごはんは皆で食べないとだめって…」
「あっはは、まいったなあ」
フラッシュバックした、彼女との記憶。
どんなに悔やんでも、惜しんでも、お祈りをしても彼女の声は、笑顔は戻ってくるわけがないじゃないか!
これを守れなかった己の弱さが恨めしく拳を握りしめる。
彼女がいたから、僕は彼らを”人”として扱ってきた。
けれどもう、その理由は消えた。
彼女がいない今、そこに座っているのはただの刀だ。
そろそろと立ち上がった山姥切君と懐刀殿。
懐刀殿、だなんて聞き慣れない上に仰々しい呼び名だろう。
ぼくもこの本丸へ来た当初、正直困惑した。
その本丸の初めての短刀か、脇差。これらを大体は初期刀と並べて「初鍛刀」と呼ぶだろう。
だが、懐刀殿は彼女が、彼女の母君の本丸から連れてきた刀だ。
だから、初めて鍛刀した刀を意味する初鍛刀ではなく、懐刀。
そしてこの本丸の実質的なナンバー2。
だから皆、畏敬の念をを込めて、懐刀殿。そう呼ばれている。
そして、それらは、彼女が座っていた場所を避けて正座し、
おずおずと役人が、ぽっかりと空いたその席に座った。
その行為が彼女の不在を、より感じて、それがあまりにも虚しくて、刀に手を掛けた所を、隣のにぎょっとされた。
感情のままに動くな。書物で何度も読んだはずなのに。
山姥切君は座してから布を深く被り、身を縮めるようにして、口ごもっていた。
それを見かねた懐刀殿が代わりに口を開く。
「一昨晩、この本丸が襲撃されました。」
「姫様の食事に毒を混ぜた者がいました。敵に内通し、構造を漏らした者も、確かに存在します」
「ですが、すでに政府へ送られ、今晩、処罰が下される運びです」
空間に重たい沈黙が流れた。
当たり前だ。一晩にして審神者と、何振りもの刀を失った。
その上、隊が歴史へ、審神者へ、僕達の在り方へ背いたなんて、誰も信じたくは無かった。
それはひとえに僕達の力不足。事実を受け止める以外のことは僕達には許されていない。
ぐるりと見回すと、二人を睨む
何を言っても場違いな気がして、皆が口を噤んでいる。
ひたすらの沈黙を破るように、政府の役人がおずおずと口を開く。
「この本丸は3日後に解体される運びとなりました。」
「それまでに皆様には配属先の希望と、その他手続きのための書類をお配りしますので、明日までに政府へ郵送をお願いします。」
役人はおどおどした手つきで、初期刀殿と懐刀殿に書類の束を渡して、ペコリと頭を下げる。
そうしてからすぐ役人は席を立ち、広間を後にした。