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“キリト”
アミにもその名に聞き覚えがあった。
彼女がまだ幼かった頃、此処から去っていった人の事を。
一族最高の力の持ち主と謂われながら、特異点で在るがゆえ夜摩一族を捨て、四死刀の一人と呼ばれるまでになった事まで。
アミはその頃はまだ幼かった為、キリトがどんな人物かまでは覚えていなかった。
此処ではキリトの名は禁句となっている為、誰からもキリトの事を詳しく教えて貰った事は無かったのだ。
“――でも、どうしてこの子が?”
アミの疑問。だがそれに通ずるはユキヤという名の特異点、そして四死刀の一人。
「キリトは三年前の狂座との闘いで冥王の魂を封じ、極秘裏にその封印の証、光界玉をこの地に隠したのじゃった……」
長老のその言葉。それはアミにとって初耳であった。
アミはてっきり一族の誰かが、封印したとばかり思っていたのだから。
「キリトはほとんど満身創痍じゃった……。ワシに光界玉を頼むと傷の手当てもお構いなしに、すぐにこの地から出ていった……」
長老が昔を思い出すかの様に、その時の状況を語り続ける。
そんな長老を遮る様に、正座したままの少年は口を開く。
「私はそのキリトに頼まれて、此処を捜していたんですよ」
彼はこの地に足を踏み入れた理由を、静かに語り始めるのだった。
「キリトに頼まれた……じゃと? お主は一体……」
それに続くは“何者?”なのか。
考えればこの少年の正体は、まだ誰にも分からない。
アミ以外には――
“やっぱり……”
特異点で在り、四死刀のキリトとも知り合い。
そして彼女は知っている、ユキヤと少年が名乗っていた事を。
「キリトの事をお話する前に、まず私の事を説明せねばなりませんね――」
どう考えても、導き出された答は一つしかなかった。
「私の名は……ユキヤ」
やはり、というかアミ以外は仰天だ。
只者で無い事は分かってはいても、あの伝説とも謳われた四死刀の一人が、まさかここまでの幼子だった事に。
「あれ? どうしたんですか皆さん?」
少年が正体を明かした瞬間、まるで塩が引く様に後退り、少年から距離を取る者達。
それは明らかな怯懦の顕れ。
「何か勘違いなさってるみたいですが、誰も“四死刀”のユキヤとは言ってませんよ」
別人との言い回しに、更に仰天。じゃあ本当に何者か?
これにはアミも意外だった。
しかし少年の左横に置かれた刀が、それを示していたのは――
「アナタ方の知ったユキヤとは非なる者……。私は彼からその刀と名を受け継いだ者。私は四死刀ーー“星霜剣ユキヤ”の後継者です」
それは幕府転覆を謀った四死刀に、後継者が存在していたという事実。
しかもこの様な年端も行かぬ少年が? という事実に驚愕を隠せない。
「まあ私の事は“どうだって”いいんです。キリトの事ですが……」
少年はあくまで、自分の事はそれ以上の何者でも無い事を強調し、早々にキリトへの話へ移る。
「そうか……。してキリトは? まだ生きておるのか!?」
もはや深くは問い詰めまい。重要なのはその先。
意気込む長老に対し、ユキヤという少年は冷静に対応する。
「それは……分かりません。私にこの地にある光界玉を護る様、伝えてすぐ去りましたから。普通なら生きてはいない程の重傷でしたが、仮にもキリトは四死刀の一角。そう簡単にくたばるとは思えませんがね……」
とにかく異常な程に、落ち着き払っていた。
少年は淡々と事の顛末を語り、また一呼吸置いて語り出す。
「キリトの生死は分かりませんが、師であるユキヤを含めた三人は、伝え通り亡くなっています」
まるで見てきたかの様な――
やはり四死刀の存在は、既に伝説と共に終わっていた事を。
伝えられていない後継者を遺して――
「それにしても此所を捜すのは苦労しましたよ。キリトは東北の、大まかな場所しか伝えなかったですからね」
それに皆が妙に納得。これで全て合点がいく。
この少年は迷い込んだ訳でも、この地を狙っていた訳でも無かった事が。
そして、ここからが本題。
「では……狂座から光界玉を護る為、我々に力を貸してくれぬか?」
最も重要事項。その力は必要不可欠と云えた。
その懇願とも言える長老の頼み。
皆黙して、その返答を待つ。
久遠にも感じられた静寂の刻の中、ようやく口を開く。
その答えを――
「……アナタ方に力を貸す義理は有りませんが、光界玉を護るのはキリトの意思であり、散って逝った彼等の鎮魂の為にも、冥王復活は絶対阻止ですね」
その返答を皮切りに、歓喜の声が上がった。これで一縷の望みが出てきた事に。
彼は決して、素直では無いかもしれない。
屈折した形であるにしろ、冥王復活阻止の想いは彼も一緒なのだ。
ここに夜摩一族とユキヤとの間に、掟を越えた協力関係が結ばれる事となった。
「とはいえアナタ達がどうなろうとか、それは私には関係の無い事ですし、身の安全までは保障しませんので……」
だがやはり少年はそれ以外の事に関しては、無関心であったのは言うまでもない。