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#ライトノベル
こはる
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Nu²Ⅰ
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上野文
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#ご本人様には関係ありません
ふゅう@低浮上
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第247話 エリウスの拒絶
【異世界・エリウスの研究室/過去】
「失われた者を、別の層から戻すための門だ」
オルガ・セフィロの言葉に、エリウスはすぐには答えなかった。
研究室の中央には、意識の反応を記録する水晶板が並んでいる。
壁には何重もの結界術式が刻まれ、そのさらに奥には、セラのいる結界層が隠されていた。
ヴァルド・レイグは壁の術式へ指を滑らせている。
「この層は安定している」
低い声だった。
「身体から切り離した意識を保存しながら、外部の情報を受け取れる。
通常の封印術では不可能だ」
エリウスは二人を見る。
「どこで、この研究を知った」
オルガは表情を変えなかった。
「王都の記録を調べた」
「戦場で重傷者を一人運び込み、その後、
死亡記録も治療記録も残さなかった研究者がいる」
結界層の奥で、セラは息を潜めていた。
身体はない。
本当の呼吸もない。
それでも、見つかってはいけないという感覚だけは強くあった。
エリウスは静かに答える。
「治療を受けた者の情報を、外部へ公開する義務はない」
「治療したとは言っていない」
オルガの目がわずかに細くなる。
「やはり、保存に成功しているんだな」
エリウスはそこで、自分が誘導されたことに気づいた。
だが、否定はしなかった。
「仮に成功しているとして、それを門へどう使うつもりだ」
オルガは水晶板の上へ手を置いた。
灰色の光が広がり、一つの図が浮かぶ。
名前。
記憶。
身体。
場所。
それらを繋ぐ複数の線。
「人が死ぬ時、すべてが同時に消えるわけではない」
オルガは言う。
「名前は他人の記憶に残る」
「声や文章は記録に残る」
「魔力反応も、場所によっては残光として残る」
エリウスの表情が険しくなる。
「残ったものを集めて、人間を作るつもりか」
「戻す」
「違う」
エリウスは即座に否定した。
「残された記録を集めても、それは本人ではない」
ヴァルドが振り返る。
「器があれば違う」
「器?」
「新しい身体を用意する」
その言葉で、エリウスは二人が何を考えているのか理解した。
残った名前。
記憶。
反応。
それらを別の身体へ入れる。
死者を蘇らせるという名目で、記録から新しい存在を作る。
「誰の計画だ」
エリウスが聞く。
オルガは少しだけ沈黙した。
やがて答える。
「カシウス」
その名は、王都の研究者の間でも知られていた。
人間の身体と意識を分け、別の役割を与える実験を進めている男。
何人もの術師や兵士が消えたという噂もある。
「断る」
エリウスは言った。
オルガは表情を変えない。
「まだ説明は終わっていない」
「聞く必要がない」
エリウスは机の上の資料を閉じた。
「君たちが戻そうとしているのは、人間ではない」
「記録を並べ、都合のいい身体へ入れた何かだ」
ヴァルドが低く言う。
「意識が続けば、同じ人間だ」
「誰がそれを決める」
「観測した者だ」
エリウスの目が鋭くなる。
「それが最も危険なんだ」
観測した者が、本人の形を決める。
どの記憶を残すか。
どの感情を消すか。
どんな役割を与えるか。
観測者にとって都合のいい人間を作り、それを戻った本人だと呼ぶ。
「本人の選択がない」
エリウスは言った。
「自分で帰ると決めることも、自分の名前を受け入れることもできない」
「それは救命じゃない。支配だ」
オルガの声が少し冷たくなる。
「本人が死んでいるなら、選択はできない」
「だからといって、他人が代わりに選んでいい理由にはならない」
研究室に沈黙が落ちた。
オルガはしばらくエリウスを見ていた。
「あなたは、戦場で少女を救った」
結界層の奥で、セラの光が小さく揺れる。
「身体を失った意識を保存した」
「それと我々の計画は、何が違う」
エリウスは迷わなかった。
「私は、あの子の形を決めていない」
「しかし、層へ入れた」
「消えたくないという反応を確認した」
「言葉では答えていない」
「言葉だけが選択ではない」
エリウスは結界層のある壁へ、ほんの一瞬だけ目を向けた。
「私は、あの子が自分で名前を選び直せる場所を残した」
「何になるかは、あの子自身が決める」
オルガはその視線を見逃さなかった。
壁の奥へ目を向ける。
「そこにいるのか」
エリウスは何も答えない。
ヴァルドが一歩、壁へ近づいた。
「開けろ」
「断る」
「研究だけを渡せ」
「断る」
「なら、我々が調べる」
エリウスは杖を床へ突き立てた。
白い結界が二人の前へ立ち上がる。
「帰れ」
ヴァルドの周囲にも、低い音とともに結界線が浮かんだ。
二つの術式が触れ、研究室全体が揺れる。
だが、オルガが片手を上げた。
「今日は帰る」
ヴァルドが見る。
オルガはエリウスから目を離さない。
「考え直す時間を与える」
「答えは変わらない」
「そうかもしれない」
オルガは研究室の出口へ向かう。
「だが、あなたの研究は、あなた一人のものではない」
エリウスは答えなかった。
二人が立ち去ったあとも、しばらく結界を解かなかった。
完全に気配が消えたことを確認し、ようやく壁へ手を置く。
「セラ」
結界層の奥から、光の文字が浮かぶ。
《聞こえてる》
「今の二人の声を覚えるな」
《どうして》
「君の記憶から、ここへ戻ってくる可能性がある」
セラの光が不安そうに揺れる。
《悪い人?》
エリウスは少し考えた。
「危険な考えを持っている」
《また来る?》
「ああ」
エリウスは隠し結界をさらに一層増やした。
「次に誰かが来ても、私が呼ぶまで返事をしてはいけない」
《エリウスの声でも?》
その質問に、エリウスは一瞬だけ止まった。
「私の声でもだ」
《でも、本物かもしれない》
「本物の私なら、君が返事をしなくても怒らない」
エリウスは静かに言った。
「君が自分で安全だと判断するまで、待つ」
セラは、その言葉を覚えた。
◆ ◆ ◆
【異世界・王都イルダ/分析室・現在】
セラの話が続く中、灰色の封鎖結界が再び狭まった。
《記録停止》
《未確認証言》
《研究者該当なし》
オルガの文字が、セラの過去へ重なる。
だが、その前へ白い線が伸びた。
匠の補助線。
「続けろ」
匠の声が分析室へ届く。
「記録は私が支える」
ヴァルドの封鎖術式が、外側から白い線を押し潰そうとする。
匠は線を三つに分けた。
一本をセラ。
一本を現実側の日下部たち。
もう一本をハレルの主鍵へ繋ぐ。
一つを消しても、別の場所へ同じ証言が残る。
ハレルも言った。
『エリウスは、セラさんの選択を守った』
サキが続ける。
『無理に役割を与えなかった』
リオも、ユナのそばから言う。
『オルガとヴァルドの計画を拒否した』
複数の声が、セラの証言を固定していく。
灰色の文字が薄くなった。
深層からオルガの声が聞こえる。
『それ以上、過去を開けば、あなた自身が保てなくなる』
セラは静かに答えた。
「私の心配をしているのではありません」
短い沈黙。
「あなたが恐れているのは、エリウスを消したことが知られることです」
灰色の結界が大きく揺れた。
◆ ◆ ◆
【現実世界・帰還した学園/臨時医療受け入れ室・昼】
日下部たちは、セラの証言を聞きながら記録を続けていた。
佐伯が紙へ書く。
『オルガ・セフィロ、ヴァルド・レイグがエリウスへ門の共同研究を依頼。』
村瀬が続ける。
『死者の記録を器へ入れ、帰還した人間として扱う計画。』
日下部は通信波形を確認した。
「妨害が強くなっています」
画面には何度もエラーが出ている。
だが、紙の記録は消えない。
佐伯が聞く。
「城ヶ峰さんへ送りますか」
「送ります」
日下部は内容をまとめ、隔離回線へ流した。
数秒後。
城ヶ峰から返信が届く。
『受信。』
『エリウス殺害または失踪に、
オルガとヴァルドが関与した可能性を捜査対象へ追加する。』
村瀬が画面を見る。
「まだ、殺害されたとは話していません」
日下部は答える。
「城ヶ峰さんも、ここまでの流れで分かったんだと思います」
三人は再び通信へ耳を傾ける。
セラの声は、まだ続いていた。
◆ ◆ ◆
【異世界・エリウスの研究室/過去・数日後】
オルガとヴァルドが来てから、エリウスは研究資料を分け始めた。
危険な部分は燃やす。
必要な部分は別の結界層へ移す。
セラへ繋がる記録は、名前を消して保存する。
そして、セラ自身を研究室からさらに深い層へ移した。
《どこへ行くの》
「一時的に、もっと奥へ移す」
《エリウスは?》
「ここに残る」
《一緒に来ないの?》
エリウスは答えなかった。
代わりに、セラの前へ小さな光を置いた。
《これは?》
「案内標識だ」
白い光には、いくつもの意味が込められていた。
安全。
停止。
偽の声。
戻れない道。
そして、待つ場所。
「私からの通信が途切れたら、この光に従って奥へ進め」
《いつ戻るの》
「私が迎えに行く」
《約束?》
エリウスは頷いた。
「約束だ」
セラは、その言葉を信じた。
エリウスはいつも戻ってきた。
毎日名前を呼び、話を聞き、本を持ってきた。
だから、今回も戻ってくると思った。
白い結界が閉じる。
セラのいる層と、研究室が切り離された。
その日の夜。
研究室の外へ、二つの反応が現れた。
オルガ。
ヴァルド。
今度は、客としてではなかった。
◆ ◆ ◆
エリウスは一人で二人を迎えた。
「考え直したか」
オルガが聞く。
「答えは同じだ」
エリウスは杖を構える。
「研究は渡さない」
ヴァルドは、研究室を囲む結界へ触れた。
「一部が消されている」
「お前たちに使わせないためだ」
「残りはどこだ」
エリウスは答えない。
オルガの周囲へ灰色の文字が広がる。
研究室に残る反応。
消された資料。
隠された結界。
セラへ続いていた痕跡。
「奥に移したな」
エリウスは杖を床へ突き立てた。
白い光が爆発するように広がった。
「〈封界・隔絶環〉!」
研究室全体が別の層へ切り離される。
オルガとヴァルドを閉じ込め、その間にセラの結界層をさらに遠ざけるための術。
だが。
ヴァルドは一歩も動かなかった。
「この術式は知っている」
低い声とともに、白い結界へ黒い亀裂が走る。
エリウスの術式を、外側から壊したのではない。
内側の意味を書き換えた。
隔絶する結界。
それを、逃げ道を閉じる結界へ。
白い壁が反転する。
エリウス自身が、研究室の中央へ閉じ込められた。
「ヴァルド……」
オルガは水晶板へ手を置く。
灰色の文字がエリウスの身体を囲んだ。
名前。
所属。
研究記録。
王都での活動。
人々との関係。
すべてが表示される。
「最後に聞く」
オルガは言った。
「研究の保管場所はどこだ」
エリウスは答えなかった。
「なら、記録から探す」
灰色の線がエリウスの記憶へ伸びる。
エリウスは残った力で、杖を握った。
セラへ続く記憶だけを、自分の内側から切り離す。
「〈記憶封縫〉」
白い光が頭部を走る。
セラの名前。
セラの場所。
セラへ続く道。
そのすべてが、エリウス自身から一時的に見えなくなる。
オルガの灰色の線が止まった。
「自分で記憶を封じたか」
エリウスは苦しそうに笑った。
「これで、私からは見つけられない」
ヴァルドが一歩近づく。
「なら、もう必要ない」
次の瞬間。
黒い結界線が、エリウスの胸を貫いた。
◆ ◆ ◆
【異世界・エリウスの結界層/過去】
遠くで、白い光が消えた。
セラはすぐに気づいた。
毎日感じていたエリウスの反応。
結界層の外側にあった、暖かい光。
それが突然、途切れた。
《エリウス?》
返事はない。
約束を思い出す。
どんな声が聞こえても、返事をするな。
案内標識に従え。
待て。
セラは待った。
長い時間。
どれほど待ったのか分からない。
やがて、外からエリウスの声が聞こえた。
『セラ』
いつもの声。
毎日名前を呼んでくれた声。
『もう安全だ』
セラは光を強くした。
返事をしようとする。
だが、足元の案内標識は赤く光っていた。
偽の声。
《エリウスじゃない》
声が止まる。
その直後。
結界層の外を、灰色の文字が通り過ぎた。
セラは声を出さず、さらに奥へ進んだ。
エリウスが最後に残した道に従って。
一人で。
◆ ◆ ◆
【異世界・王都イルダ/分析室・現在】
セラは目を開けた。
「エリウスは、殺されました」
ノノは何も言えなかった。
現実側の日下部たちも、その言葉を聞いている。
医療棟では、ハレルたちが沈黙していた。
セラは続ける。
「オルガとヴァルドは、研究資料を奪いました」
「そして、王都の記録を書き換えました」
研究者名簿。
結界術師の記録。
治療所の報告。
戦場でセラを救った記録。
エリウスの研究室が存在した場所。
すべてから、エリウスの名前が消された。
「人々の記憶にも、同じ処理が行われました」
エリウスを知っていた者は、別の研究者だったと思い込んだ。
研究室があった場所は、最初から倉庫だったと記憶した。
エリウスの術式は、オルガとヴァルドが作ったものとして残された。
「王都から」
セラは静かに言った。
「エリウスという研究者は、存在しなかったことにされました」
灰色の結界に、大きな亀裂が走る。
「でも」
セラは顔を上げた。
「私だけは覚えていました」
コメント
1件
エリウスの「本人の選択がない」という言葉が、めちゃくちゃ胸に刺さりました…。ただの救命じゃなくて、支配になるって拒否したところ、すごく好きです。最後に自分で記憶を封じてまでセラを守ろうとしたのに、セラだけは覚えていたっていうラスト、泣きそうになりました。エリウス、ちゃんと生きてたんだなって思えました。