テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「ここが……エルフの森か」冒険者ギルドに登録し、下積みの依頼をこなしながら腕を磨いてから、約2年の歳月が流れたある日のこと。
ギルドの酒場兼掲示板の前に立った俺たちの目に、1枚の古い依頼票(クエスト)が飛び込んできた。
「魔物退治……か?」
依頼内容は『エルフの森の境界付近に出没する魔物の討伐』。
Dランクの依頼としては破格の報酬が提示されているものの、討伐対象として記載されているのは、比較的弱い小型の魔物ばかりだ。
――それにも関わらず、この依頼票は何ヶ月もの間、誰の手にも取られず掲示板に残り続けていた。
「やっぱ、『エルフの森』ってのが引っかかるんだろうな」
隼人が腕を組みながら呟いた。
かつての世界を震撼させた種族間の大戦争が終結したとはいえ、種族の間に残る根深い偏見と緊張感は今なお消えていない。他種族同士でパーティを組むこと自体は珍しくなくなったが、閉鎖的なエルフの領地に他種族が足を踏み入れるとなれば、強烈な警戒と敵意を向けられるのは目に見えている。
ウルフ族と人間――つまり俺と隼人のような組み合わせで行けば、追い返されるのが関の山だろう。
「エルフって言えば、魔法のスペシャリストだろ? その彼らがわざわざ冒険者ギルドに依頼を出してくるってことは……よっぽどの事情があるってことだよな」
「うーん……Dランクにしては、やっぱりどこか不自然な違和感があるな」
嫌な予感がして、別の依頼票に目を移しかけたその時だった。
「なあレオ。俺たち、そういえばまだ“エルフ”の知り合いって探してなかったよな? ワンチャンあるかもよ」
「……!」
隼人の不意の一言に、俺はハッと息を呑んだ。
そうだ。
鈴の時のように『記憶を失って人間として暮らしている』ケースばかりを想定していたが、明里のように“元から異種族として転生している可能性”――エルフの中に彼女らがいるかもしれないという視点が、頭からすっぽりと抜け落ちていたのだ。
「お前のその妙な直感、昔から当たることが多いからな……」
「だろ? だったら行ってみようぜ、エルフの森へ!」
「……よし。この依頼、受けてみるか」
────────
数日後。俺たちは広大な樹海を抜け、エルフの森の領域へと足を踏み入れた。
「……すげぇ、めちゃくちゃ睨まれてんな」
境界線を越えた途端、周囲の樹上から気配もなく現れた何人ものエルフたちに一瞬で包囲された。
全員が弓や短剣を構え、氷のように冷たい視線でこちらを射抜いている。俺たちはあらかじめ敵意がないことを示すため、そっと両手を上げて見せた。しかし、彼らが手にした武器を観察する中で、俺は胸の内に小さな首をひねるような違和感を覚えていた。
「本日、ギルドから冒険者が来る手筈になっていたが……まさか、このような子供とはな」
隊長らしきエルフが、不機嫌そうに眉をひそめた。
「初めまして。俺たちはギルドから正式に派遣された冒険者です。依頼を受けてやってきました」
「はっ。こんな子供が? それに、ウルフ族と人間が連れ立ってエルフの領地に入るとは……正気か?」
「本当です。これが正式な依頼書です」
俺がポケットからギルドの証明書と依頼票を差し出すと、数人のエルフが慎重な手つきで内容を確認した。しばらくの不穏な沈黙ののち、彼らは渋々といった様子で武器を収め、道をあけた。
「……案内する。ついてこい」
深く静まり返った森の奥へと導かれ、たどり着いたのは、村の中でも一際高くそびえる巨木をくり抜いて作られた立派な建物だった。
「ここに我らの村長がいる。くれぐれも、無礼のないようにしろよ」
重厚な木造の扉を開けて中へ通されると、そこには長い淡い緑色の髪を綺麗にたなびかせた、若々しいエルフの男が椅子に腰かけていた。
「初めまして、冒険者の諸君。私はこの村の長を務める、エラードだ。遠方から来てくれたことに感謝する。……加えて、同族が入口で無礼を働いたようで、大変申し訳なかった」
「いえ、お気になさらず」
俺は丁寧にお辞儀を返しながらも、目の前に座るエラードの顔を見つめ、密かな疑問を抱いていた。
(この人……本当に村長なのか? というか、見た目は二十代前半にしか見えないが、一体何歳なんだ……?)
俺があまりにもまじまじと観察していたためか、エラードは苦笑いを浮かべた。
「そうまじまじと見つめるな。私はこれでも、まだ百歳程度の若輩だよ」
「……百歳、ですか」
見た目と実年齢のギャップが凄まじい。エルフという種族の長寿ぶりには恐れ入る。
「さて、本題に入ろう。我々が冒険者ギルドへ託した願いはただ一つ――この森に起こっている“異常”の解決だ」
「魔物の討伐依頼ですね。……ですが、魔法に秀でたエルフの方々が、わざわざ外の冒険者に依頼を出すなんて珍しいですね」
「無理もない疑問だ。実は、深い事情があってね……こちらへ来てくれ。直接見せた方が早い」
そう言うとエラードは立ち上がり、俺たちを村のさらに奥、森の深部へと案内し始めた。
────────
たどり着いたのは、森の中心に位置する、神聖で澄み渡った空気を纏う広場だった。
そこには古い石造りの祠のような建物があり、その影に……見たこともない神々しい生き物が、静かにうずくまっていた。
「あれは……?」
「“フォリア”だ。この森に古くから害を為さぬ者として佇む、幻獣にして森の守護者だよ」
「フォリア……」
その姿は、月光を浴びて輝くような美しい銀色の毛並みに、夜空の星を映したかのような神秘的な金色の瞳を持つ、巨大な狼だった。圧倒的な威圧感を放っているが、その瞳にはどこか深みのある哀しみが漂っている。
「長らく我々エルフと共存してきた心優しき隣人だったのだが……ここ数ヶ月、理由もなく突然暴れ出すようになってしまったのだ。その影響で森全体の魔力の流れが激しく乱れ、我々エルフは精霊魔法の制御が極めて困難になっている」
その言葉を聞いた瞬間、俺の中で先ほどからの違和感のジグソーパズルがカチリと組み合わさった。
魔法のスペシャリストであるエルフたちが、なぜ魔法ではなく弓や剣といった物理武器で俺たちを警戒していたのか。魔法がうまく使えない状態に陥っていたからなのだ。
「暴れ出した理由は……分かっていないんですか?」
「恥ずかしながらな。もしかすると、我々エルフの誰かが知らぬ間にフォリアを傷つけてしまったのかもしれない。……だからこそ、我々以外の者の手で穏やかに解決したいと考えたのだ。決して討伐ではなく――“対話”によってな」
「なるほど……。でも、それならなぜ高ランクではなく、あえてDランクの依頼にしたんですか?」
「上位ランクの腕利き冒険者が来れば、フォリアを“危険な討伐対象”として容赦なく討ち取ってしまうかもしれないだろう? 我々は彼を傷つけたくないのだ。共に生きていきたいんだよ。森に棲む、大切な隣人として」
「要するに、『なんでそんなに怒ってるのか』を直接聞いてきてくれってことだな! 名付けて、仲良し大作戦ってやつだ!」
隼人がニッと八重歯を見せて笑う。
「ふふ、そんなに簡単にいけば良いのだが……今のフォリアがどこまで理性を保てているかは分からんよ」
エラードが心配そうに見守る中、隼人は「まあ、やってみようぜ」と軽い足取りでフォリアの前へと歩み出た。
────────
近くで見上げるフォリアは、まるで銀狼を数倍に巨大化させたような圧巻のスケールだった。
その金色の瞳は、月を映したように静かで冷たく……それでいて、どこか寂しげに揺れている。
【……人間に、ウルフ族か。珍しい組み合わせが来たものだな】
頭の中に、直接重厚な声が響く。意志疎通ができる聖獣のようだ。
「初めまして。俺はギル――いや、レオと申します」
「俺はハヤト! よろしくな!」
【……我に何の用だ?】
「実はさ、ここのエルフたちがすごく困ってるんだよ。お前が最近暴れるからさ。……何があったんだ?」
交信は隼人に任せることにした。こういう初対面の相手との距離を詰める作業は、昔から隼人の方が圧倒的に上手い。
「ってなわけなんだよ。お前、どうしてそんなに怒ってるんだ?」
【……確かに我は憤怒に震えている。だが、エルフたちに対してではない。安心するがいいと、あのエラードという男に伝えておけ】
「へぇ、そうなのか。じゃあ、一体誰に怒って――」
「――“魔力を奪った”奴に、だよ」
不意に、頭上から鈴の転がるような少女の声が降ってきた。
俺たちが驚いて顔を跳ね上げると、頭上に広がる大樹の太い枝に、一人のエルフの少女がちょこんと腰かけていた。
葉影と木漏れ日に隠れて顔までははっきりと見えないが、その透き通った声のトーンからして――俺たちと同じくらいの年齢だろうか。
「びっくりしたよ、もう……」
少女は風のように軽やかに木から飛び降りると、俺たちの目の前に降り立ち、にっこりと花が咲くような笑顔を向けた。
「久しぶり!」
コメント
1件
いやもうさ、冒頭からエルフの村長が「まだ百歳の若輩」って言い放った時点でマジで度肝抜かれたんだけど?!?!😂💕 そしてフォリアの哀しげな金色の瞳の描写がめっちゃエモい…「誰に怒ってるの?」からの不意の少女の登場「久しぶり!」のタイミングが完璧すぎて声出たわ、最高すぎる😭✨ 次回が待ち遠しすぎるんだけど?!
48
#異世界転移
花月夜れん
2,497
103