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結局のところ、月子の道案内などなくとも、男爵夫婦はスタスタと先を行っている。
あれこれ理由をつけているが、男爵家は、すべて、調べ尽くしているのだろう。
思えば、これは、見合い。相手の事を、前もって調べるのは世の常で、男爵家ならば、なおさら慎重になるはずだ。
ふと、月子に、執事の吉田の顔がよぎった。同時に、見送り事で最後に立ち会った、西条家の瀬川のことも月子は、思い出していた。
「なに、恥ずかしがることはない。君は、歩けんのだから」
岩崎が、背中ごしに言って来る。
「……あ……」
そうだった。当たり前のように、しがみついていたけれど、月子は、出会っただけの、岩崎に、何度、こうして、おぶさっているのだろう。
良く考えれば不自然極まる。
「あらあら、月子さんったら、照れちゃって。で、なんで、京介さんは、平気なのかしら?普通、二人で、初々しく顔を真っ赤にするものでしょ?」
あぁ、からかいがいがないわ、などと、先を行く芳子が冷やかしてくれた。
そして、男爵は、隣でニコニコしているだけだった。
自由奔放な芳子を、岩崎男爵は、そっと見守る。そんな形が、二人の間では出来上がっているようで、自分も、いずれは、こうなれるのだろうか、と、月子は思いつつ、あっと、息をのむ。
それは、おぶさっている岩崎と、ということで、大それた事を考えてしまったものだと、思わず、ぎゅっと、体に力が入った。
月子の戸惑いを知ってか知らずか、その岩崎は、
「まったく。私達の事をなんだと思っているのやら。しかし、義姉上は、結婚前は、ああではなかったのだがなぁ。いわゆる、猫を被っていたのだろうか?まあ、無駄に我慢するのもどうかと思う。君も、私に言いたいことがあれば、なんなりと言うといい。暮らしていると、何かと不便もでてくるだろう。遠慮はなしだ。私は気が回らないほうだから、言ってもらわねば、わからんということも多いだろうし……」
諦め口調だが、楽しそうに言ってくれた。
「……え?」
月子は、うっかり、声をあげていた。
芳子の態度に引っかけているが、岩崎は、これからの事、つまり、二人で一緒にやっていく事を、話している。それも、どうも女中として、こうあって欲しいと言った類いのものではない。
これはやはり見合いで、そして、岩崎は、月子と一緒になると……、決めたのだろう。
どう答えれば。と、月子は、戸惑った。
「うん、どうすれば、良いかなぁ。私はこのままでも良いが、挨拶だろ?君を背負ったままというのは、礼儀に反するか?さて、どう思うかね?」
戸惑い切る月子の事など、なんとも思っていないのだろう岩崎は、先に行く兄夫婦の姿を見つめている。
「月子さん、こちらのお宅なのでしょ?」
芳子が、振り返り、呼びかけて来た。
「ああ、三田に運転させなくてよかった。先客があるようだよ?芳子」
「京一さん、ほんと。車が停まってますね」
三田の腕なら、先に停まっている車と接触しかねなかったなどと、男爵夫婦は、二人して頷きあっている。
岩崎が言っていた様に、三田という運転手は、車の扱い方にまだまだ不馴れなのかと、月子は、理解したが、確かに、車が一台、西条家の門柱の先に停まっていた。
西条家は来客中ということで、それも、車で乗り付けて来るほど、それなりの客なのだろう。
人力車、なら、月子も納得できたが、車でやって来るほどの客には心当たりがなかった。
「おや、田村さんか……」
男爵の姿を見つけたのか、車から運転手が飛びだして来ると、こちらに向かって深々と頭を下げる。
「ん?京一さん?田村様って、それは、あの……」
「あー、確か、西条家へ婿に入るとかなんとかって、やつじゃなかったかなぁ?田村家は、男子ばかりだから、一人ぐらい家から出でもなんともない、なんて、田村さんも言っていたような……」
ん?と、首をひねりながらも、男爵は、運転手へ軽く会釈している。
その隣で、芳子が、当然のごとく、面白くなりそうだ、などと、また、意味深な事を言った。
「いや、その、義姉上。来客中なら、また日をあらためて……」
芳子の様子に、岩崎が焦った。もちろん、月子も内心、何かが起こりそうだと焦る。
「なに言ってるの!かれこれ歩いて、西条家に到着したのよ!それより、田村様ってことは、佐紀子とやらの、縁談相手になる訳でしょ?!で、どうして、今、いるわけなのよ?!いったい、なんなの!西条家の、この動きの良さわっっ!!」
ムカつくわね、と、眉をしかめる芳子に、岩崎と月子は、やはり、と、思い、一方、男爵は、将来の親族が集まったのだから丁度良い。などと、呑気の事を言っていた。