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Dr.Jこと博士は、光遡行α-A部隊の動向を、幾層にも展開された情報ウィンドウ越しに監視していた。
空間を埋め尽くす半透明のホログラム。
過去の戦闘ログ、演算予測モデル、脳波同期率、出力推移グラフ。
それらが幾何学的に重なり合い、博士の義手がわずかに動くたび再構築される。
「ラウア君、彼らは模擬戦をやっているようだね」
静かな声。
だがその瞳は、未知のデータに出会った研究者特有の光を帯びている。
「はい、そのようですね……ガニメデの出力が想定値を上回っています。トリトンも即応補正を」
ラウアは冷静に答える。
デバイスの光が彼女の輪郭を青く縁取り、水色と白のグラデーションのセミショートが揺れる。
理知的で近寄りがたい補佐官――それが普段の彼女だ。
しかし。
二人きりになると、空気は変質する。
「それでね、博士……あの、あのね……」
「なんだね?」
視線はまだウィンドウに向けられている。
ラウアは一歩近づく。
「頭を撫でて欲しいの……」
沈黙。
博士はパーマの髪をぼさぼさとかき、溜息を吐く。
「はあ……君って人は……」
義手が高速でデータを処理し、不要なウィンドウが消えていく。
そして空いた手が、彼女の頭にぽん、と置かれた。
よしよし、と軽く撫でる。
その瞬間。
ラウアは必死に平静を保っている。
だが内心は限界を突破していた。
「……これで満足かね?」
「はい……十分です……♡」
声が少し震える。
博士はそれ以上深く考えない。
彼にとっては、優秀な部下への軽い労いに過ぎないのだ。
――シュイン。
自動ドアが開く。
「な?え?」
エネルギー管理課の一般研究員が固まった。
目の前の光景。
氷のように無表情なはずのラウアが、博士のすぐ傍らで目を細めている。
世界のバグ。
「あ、えと、コホン。これは博士が私の戦闘データの読み取りを行っていたのですよ」
一瞬で切り替わる。
声は冷静、瞳は無機質。
博士はわずかに困惑した。
「しかし、ラウア君……」
「そうですよね!博士!」
圧。
博士は観念する。
「ああ、そうだ。先程、ガニメデとトリトンの模擬戦で興味深いデータが取れた。
実に良い日だ。ラウア君の補助が必要だったのだよ」
研究員は数秒考え、やがて納得したように頷いた。
「なるほど……博士に報告があります。瞬間積層技術のデバイス組み込みが完了しました。
これで周囲の元素情報を解析し、必要物質を再構成できます」
空気が変わる。
博士の目が鋭くなる。
「ついに完成したか……これで向こうの時代でも彼らのライフライン構築が可能になる、自給自足も理論上成立するって訳だ。」
未来は莫大なエネルギー不足、永続的なデータの保存に悩む。
だからこそ、過去へ遡る。この計画は、人類存続の最後の選択肢だ。
研究員が去り、再び静寂。
「すみません、話を合わせてもらって」
ラウアは素直に言う。
「まあ、君が私を尊敬しているのは分かるがね。私はデータにしか興味が沸かないからなあ」
博士は再びウィンドウを展開する。
ラウアは微笑む。
「それでも、いいんです。博士がデータを見ている横顔が好きですから……♡」
博士は聞いていない。
「お、ラウア君見たまえ。イオとエウロパだぞ!
この二人が模擬戦をするのは初めてだ。相関演算が大きく変わる可能性がある。
良い、実に良い日だ」
少年のように目を輝かせる。
ラウアは胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じながら、
同じウィンドウを見つめた。
推しの隣で、未来を覗き込む。
それだけで――
今日は、彼女にとっても、実に良い日だったのだ 。