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#ロマンスファンタジー
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王都の中央音楽堂は、まるでお城のように壮大で
近づくことさえためらわれるほどの威容を誇っていた。
石造りの外壁は街灯の光を反射して白く輝き
富と名声が凝縮されたようなその場所は、今の私にはあまりにも眩しすぎる。
着飾った貴族たちが豪華な馬車から降り立ち
華やかなドレスの裾を揺らしながら、談笑と共に中へ吸い込まれていく。
私は、その眩い列の影に身を潜めるようにして
裏口の搬入口の隙間からこっそりと会場へと忍び込んだ。
高い天井から吊り下げられたシャンデリアが、星屑を散りばめたように輝いている。
私は最後列の隅、重厚なカーテンの影に身を潜め
ステージの真ん中に置かれた一台のグランドピアノを見つめた。
やがて、会場の灯りが静かに落ちる。
深い静寂が満ちた次の瞬間、一筋のスポットライトの中に現れたのは、燕尾服に身を包んだシエルだった。
ポスターで見た通り……いや、実物はもっと、触れれば壊れてしまいそうなほど気高く
そしてどこか触れる者を拒絶するような孤独な空気を纏っていた。
かつての無邪気な少年の面影を残しながらも、その佇まいは「天才」と呼ばれるに相応しい重圧を背負っているように見えた。
彼が、静かに鍵盤に指を置く。
響いたのは、あの日
潮だまりで動けなくなっていた私に、彼が鼻歌で聞かせてくれたあの懐かしい旋律だった。
10年前と変わらない、透き通った水の音。
けれど、今の彼の指先から紡ぎ出されるその奥底には、深い海の底を這うような切なさと
ずっと探しものをしているような、誰かを強く求める熱情が宿っていた。
彼もまた、失われた時間を惜しむように、鍵盤を慈しみながら一音一音を深く丁寧に紡いでいく。
(ああ……シエル……)
彼の奏でる音が、陸の冷たさに凍え切っていた私の心に、じわりと熱を宿していく。
気づけば視界が歪んでいた。
頬を伝う涙が、膝の上に置いていたボロ布に落ちて、小さな染みを作っては弾ける。
彼が成長したのと同じように、その音色もまた
10年という長い長い歳月の重みを抱えて、美しく、そして深く成熟していた。
「会いたい」という一心だけで、血を流しながら歩いてきたこの旅の苦しみも
孤独も、すべてがその旋律に溶けて消えていくようだった。
やがて、最後の一音が夜の静寂に溶け込むと、会場は割れんばかりの拍手に包まれた。
私は、彼に声をかける勇気もないまま
胸を締め付ける感情に耐えきれず、逃げるように会場を飛び出した。
「せめて、もう一度だけ、近くで顔を見たい……」
私は会場の裏手、冷たい風が吹き抜ける関係者専用の楽屋口が並ぶ路地の陰に身を隠した。
鼓動を鎮めながら、彼が出てくるのをじっと待つ。
けれど、運命はどこまでも私に過酷な試練を突きつける。