それから更に数日後、ロメオを主軸とした医療班による治療の甲斐あって負傷していた襲撃者は順調な回復を見せていた。自決を防ぐため常に監視しており、口には口枷が嵌められ、手足は厳重に拘束されていたが。
「嫌な気分だぜ。こいつ、殺すんだろ?殺すために助けるっての変な話だよな」
シャーリィに報告を行うロメオは複雑な表情を浮かべていた。
「ご苦労様でした、ロメオ君。確かに医療関係者として思うところはあるでしょう。しかし、これは組織にとって必要なことなのです」
執務室で報告を受けたシャーリィは席から立ち上がりながらロメオを労う。
「……分かってるけどよ。一つだけ約束してくれねぇか?あの女が助かる可能性を残してほしいんだ」
ロメオは姉と同じ隻眼でシャーリィを見つめる。
「約束しましょう。決して無為に命を奪わず、生き残るための選択肢を提示すると……えっ?女?女性だったんですか!?」
流石のシャーリィも驚く。なにせ男性の身形をしていたのだから。
「ああ、マスクと服を脱がせたらびっくりしたよ。かなりの美人さんだったな」
「それはそれは、別の意味で興味が湧きましたよ。それで、尋問はいつから始められますか?」
シャーリィはロメオに歩み寄りながら問いかける。
「その気になれば今からでも出来る。マクベスの旦那が直接見張ってるからな。けど、無理をさせたら命の保証は出来ない。完治した訳じゃないんだからな」
「言葉を交わす元気さえあればそれで充分ですよ。もちろんロメオ君との約束を守るために、無理はさせません」
「なら俺も同席して良いか?限界を見極めるのは必要だろ?」
「……見ていて楽しいものではありませんよ?」
「それでもさ。自分の患者には最後まで責任を持ちてぇ」
ロメオの意志が固いことを察したシャーリィは、その意思を尊重する。
「それでは早速尋問といきましょうか」
『黄昏』には三階建てで石造りの立派な病院が建設されていた。そこではロメオを中心に医療従事者達が日夜街の住人や『暁』の人員の健康管理に貢献していた。
まだ十六歳と若年のロメオではあるが、薬草を用いる南方医療とロザリア帝国にある外科医療を組み合わせたハイブリッド方式の医療体制を発案。帝国最高峰の医療サービスが受けられると評判となっていた。
更にそこへシャーリィの持つ『帝国の未来』によって示された未来の医療技術・手法を躊躇無く取り込み、最近ではレイミから提供された戦場医療の技術まで取り込んでいた。
その結果、この世界では明らかに最高水準の医療環境が整った場所となったのである。
その病院へ向けて賑やかなメインストリートをシャーリィとロメオ、そしてルイスは雑談しながら歩いていた。
「病院の状態はどうですか?」
「上手くやれてるよ。頭の固い年寄り達も、結果を示したら協力してくれるんだ。特に、感染症って概念を教えてくれたレイミさんに感謝だな」
この世界では感染症の概念はなく、医療器具の使い回しは当たり前に行われ、それによって引き起こされる感染症が負傷者の死亡率を高めていた。
「目に見えない存在による体調の悪化。私も始めて聞かされた時はびっくりしましたよ」
「で、すぐに採用するのがシャーリィなんだよ。疑うってことを知らねぇからなぁ」
「早速試してみただけですよ」
「その結果は充分に出てる。怪我人が重症化する確率が下がったからな」
「なんだっけ?沸騰させた布を使うだけでも違うんだっけ?」
「らしいぜ、ルイスさん。それと使い回しは絶対にするなって話だな。道具もちゃんと沸騰させたお湯に浸けとくと良いらしい」
「なんだか面倒じゃないか?」
「それで救える命があるなら、手間は惜しまねぇよ。それに、確かに傷口が化膿することが減ったんだ。お陰で手足を切断する事も減ったよ」
「へぇ、確かに効果があるんだなぁ」
「流石レイミです」
「いや、その一言で終わらせるなよ。気になったりしねぇか?なんで知ってるのかってさ」
変わらないシャーリィにルイスも苦笑いを返す。レイミもまた未知の知識をシャーリィに教えるが、その出所をシャーリィが尋ねることはない。それは妹に対する圧倒的な信頼から来るものだった。
「気になりません。そもそも、役立に立つならとことん活用するべきなんです。出所とかそんなものは二の次です。なにより、一番興味深い『大樹』を放置している段階で今更ですよ」
遠くからもその存在感を示す巨大な『大樹』を遠目に見ながら答える。
「だよなぁ」
「それに、ボスがくれた本も役立ってるぜ。無菌室ってのは分からねぇけど、手術する時に使う専用の服だったり手袋もエーリカさんに作って貰ってるしな。使ったらちゃんと洗うし」
「良いことではないですか」
「けど、問題もあるんだよな。どうしても新しいことに馴染めない奴が出てきて、派閥みたいなもんが出来つつあるんだ」
シャーリィは医療環境の充実を図るため、『黄昏』で受け入れた人々の中に医療関係者が居れば積極的に採用して医療班に加えた。
だがどうしても個人の経験や価値観は簡単に変わるものではなく、黄昏病院で採用されている画期的な医療方針や体制に疑問を持つものも少なくはなかった。
「そりゃそうだよな。今まで自分がやってきたことが間違いだったって素直に認めるのは難しいと思うぜ?」
ルイスは反対するものに理解を示した。
「俺だって気持ちは分かるんだよなぁ。けど患者の事を考えたらよぉ」
「新しいことを取り入れるのは、そんなに難しいことなんですか?」
案の定シャーリィのみが首をかしげる。
「すんなり受け入れられるお前が異常なんだって自覚しろって」
「むぅ」
「みんながボスみたいな感性なら今頃帝国はもっと豊かになってるよ。『ライデン社』あたりが天辺取ってそうだけど」
「はははっ、違いない」
「それで、ロメオ君。襲撃者は何処に収監しているのですか?」
「病院の地下室に収監してるよ。最初は何に使うのか分からなかったけど、この為にあるんだな」
「そうですよ?尋問する相手が怪我をしていたら手当てをしないと」
「薬草も惜しみ無く使ったけど、良いんだよな?」
「消費分についての報告は受けていますよ。次回の収穫で問題なく補充できますから安心してください」
三人は真っ白な外壁を持つ病院へと辿り着く。医療費も安く庶民でも受けられるため、いつも病院には人が溢れていた。
「多いなぁ」
「今日は少ない方だぞ?いつも診療終了時間まで満員さ。もう少し人手が欲しいくらいだ」
「新たに住人から人手を募ることにしましょう。経験者の引き込みも許可しますよ。経歴などは調べさせて貰いますけど」
「分かった、ベテランさん達に聞いてみるよ」
そして、深夜。誰も居なくなった病院の地下室。拘束されていた襲撃者がゆっくりと目を開くと。
「ごきげんよう、『暁』代表のシャーリィです。今回はお話をするために参りましたよ?」
満面の笑みを浮かべる少女が映った。
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