そこは清廉な病院とは真逆の空間であった。出入り口用に鉄の扉があるだけで、残りは全て灰色の壁で覆われて圧迫感を与えている。天井には最近帝国で普及しつつある電灯が一つだけ灯され、室内を薄暗く照らしていた。
その部屋の中心には拘束具を備えたベッドが置かれており、そこには手足を鉄の器具で拘束され口枷を嵌められた女性が横たわっていた。
銀とは違う真っ白な白髪を腰まで伸ばし、息を飲むような整いつつも鋭さのある目鼻立ち、豊かな乳房と引き締まった身体が男性の欲情を誘う。
そんなベッドを取り囲むように武装した兵士数人が立ち、正面には少年少女達が控えている。
「さて、出来れば貴女のお名前を伺いたいのですが」
「仲間にはクイーンなんて呼ばれてるわ」
口枷を外された女性はゆっくりと口を開く。
「大層なお名前ですね。先日の件を聞く限り、それに見合う実力の持ち主とお見受けします。お会いできて光栄です」
「こちらこそ、お嬢ちゃん。今話題の『暁』の代表が子供だとは聞いていたけれど、こんなに幼いとは思わなかったわ」
「これでも十八歳なのですが」
「あら、それは失礼。可愛らしいからつい、ね」
「構いませんよ、幼く見える見た目であることは自覚しています。さてクイーンさん、気分は如何ですか?」
「悪くないわね。丁重な治療を受けさせて貰ったわ。手足が自由ならもっと良いのだけれど」
「それについては、貴女の返答次第となりますね」
二人は笑みを浮かべて冗談を交わす。
「となると、尋問かしら?残念だけど私は雇われの身。あんまりクライアントの事を話すわけにはいかないのよ」
「それは矜持ですか?」
「信用に関わるからね。信用を失ったら、お仕事が無くなっちゃうわ」
「けどなぁ、ここでシャーリィを怒らせても惨く殺されるだけだぜ?」
ルイスが口を挟む。
「あら、そう?それは残念ね」
「残念で済ませるのかよ」
「私、これでも部下を率いる身なのよ。私一人の保身が皆の生活を破綻させてしまうの。だから、話すつもりはないわ」
「だそうだ、シャーリィ。どうする?」
「うーん、襲撃してくるからどんな残忍な人かと思えば、こんなに綺麗なお姉さんですからねぇ」
「あら、ありがとう。貴女も可愛らしいわよ?」
「ほら」
いかにもやり難そうなシャーリィ。
「シャーリィでも情に流されるんだな」
「冷徹になったつもりはありませんから。クイーンさん」
「なぁに?」
「出来れば手荒な真似をせずに貴女から情報を得たいのですが、どうすれば良いですか?」
「へっ?……あっはっはっはっ!」
一瞬キョトンとしたクイーンは、次の瞬間大笑いを始めた。
「無礼な!」
「待て!」
周りの兵士が怒るが、マクベスがそれを制する。
しばらく笑ったあと、目に涙を浮かべながらクイーンはシャーリィを見つめる。
「ふふふっ、ごめんなさい。まさか本人に聞いてくる娘が居るなんて思いもしなかったわ」
「普通ならこんな質問はしませんよ?どうやら私は貴女のことに興味を持ったみたいですから」
「お姉さんの事が知りたいの?」
「是非とも」
「嬉しいわ。でもごめんなさい、私にも守るものがあるのよ。だから、クライアントの情報は渡せない」
「どうしても、ですか?」
「拷問されてもね。私達全員を雇ってくれるなら構わないわよ。けど、安くないわ」
「ではそれで」
即答するシャーリィ。
「……安くないわよ?」
「今回はいくら貰ったんですか?」
「前金で金貨十枚よ。無理でしょう?」
「人数は?」
「……二十人は居ないわ」
「では、全員を雇わせていただきます。うちには破壊工作に向いた人材が居なかったので助かりました」
「はい?あの、分かってるの?金貨十枚よ?」
「そうでしたね。ルイ」
「ほらよ」
ルイスがシャーリィに小袋を手渡すと、シャーリィはそこから一枚の金貨を取り出して差し出す。
「これで如何でしょう?衣食住は保証しますし、報酬もちゃんと支払いますよ?」
シャーリィが差し出したのは金貨。ただの金貨ではなくその百倍の価値がある星金貨である。
「ほっ……星金貨……」
唖然となるクイーン。それもその筈。星金貨などかなりの規模の組織でしか使えず、間違っても勧誘でホイホイ使えるものではないからだ。
「シャーリィの気前の良さは有名だぜ、お姉さん。今までの生活が嘘みたいに変わるからな」
「金銭感覚を維持するのが困難になってしまい、新兵の教育に手間が増えたのが唯一の難点ですな」
ルイス、マクベスが内情を語る。
「そりゃそうでしょう!初対面、しかも倉庫を焼いた私の勧誘に星金貨よ!?どうなってるの!?」
「私が貴女を気に入ったことが理由ですよ?それに、うちに必要だと判断しました。ならば、お金に糸目は付けないのが私の信条です」
「ははははっ……貴女、大物ね……」
最早苦笑いを浮かべるクイーン。
「それで、クイーンさん。返答は?」
「……私達は謂わば『影に生きる者』よ。当然表の世界じゃ嫌われてるし、裏の世界でも使い捨てにされるのが常よ。そんな私達を全うに扱うつもりなら、組織の中でも反対者が確実に出るわ。それでも雇うつもりなの?」
「当然です。貴女には私の大切なものになって貰いたいので」
「大切なもの……?」
「身内にするってことさ」
「恥ずかしながら、我々は諜報の分野で遅れを取っている。簡単な破壊工作ならば何とかなるが、隠密行動を取れと言われると厳しいものがある。あの手際は見事だった」
ルイス、マクベスの言葉を受けて考え込むクイーン。
「俺としても、せっかく助けた命なんだ。ちゃんと長生きして欲しいって思いはある」
ロメオが始めて語り掛ける。
「貴方が……!?……そう、時代が変わったのね。こんなに若いのに」
「いきなり信用しろとは言いません。ですが、私の気持ちに嘘はありません。クイーンさん、どうでしょうか?」
「……これが罠だったとしても、悔いはないわ。先ずは私だけ雇って。信用できると判断したら、皆を連れてくるから」
「分かりました。『暁』で過ごして、それから決めてください」
「良いの?『暁』の情報を売り渡すかもしれないわよ?」
「貴女はそんなことしませんよ、クイーンさん。だって、貴女はどちらに利があるかちゃんと理解できる人なんですから」
「初対面で言い切るわね」
「ある種の確信があるので。それについては後程お話ししますよ。貴女の本名やクライアントについてはその時に改めてお尋ねします」
「解放しろ」
意味深なシャーリィの言葉に怪訝そうな表情を浮かべるクイーンだが、マクベスが命じると兵士達が拘束を解いてくれたのでそのままベッドから立ち上がる。
衣服として簡素な毛皮のコートやズボンが手渡された。
「それではクイーンさん、場所を移しましょうか」
「ええ……」
戸惑いつつシャーリィに連れられたクイーンは、そのままある場所へと辿り着く。そこは。
『ふむ、また懐かしい気配を感じる。勇敢なる少女よ、またか?』
「はい、マスター。また私です。どうやら縁があるみたいで」
「わっ、わわわわっ!ワイトキングぅ!!!????」
ダンジョン内部にクイーンの悲鳴が響き渡るのだった。
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