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 ✧≡≡ FILE_006: ワイミーズハウス ≡≡✧


 カーン、カーン、カーン。


 避難命令の鐘──ではなく、こっちは教会の鐘。

 ワイミーズハウスの食堂にある小さなブラウン管テレビ。その前に、“本日避難予定”の子どもたちがぎゅうぎゅうに集まっていた。

 「ねぇ、避難って、マジのやつ?」

 「マジだよ。“至急避難してください”って書いてあるだろ」

 「なにがあったの? 地震?」

 「地震じゃこんなにゆっくり避難できないでしょ」

 「でも火事ってわけでもないし……」

 「ていうかさ、ていうかさ、避難したらどこ行くの? この寒さで!」

 長机に肘をついたり、椅子に片足乗せたり、床に寝そべってみたり、落ち着きのない姿勢のまま、画面を見つめている子供たち。

 テレビ画面の下に、白抜きの文字が流れていく。口元を真一文字に結んだ司会者が、状況を説明していた。


 “At this time, there is no immediate indication that the device will detonate.”

 (現時点では、装置が即座に爆発する兆候は確認されていません)


 画面の隅には“EVACUATION ORDER(避難指示)” の赤い帯が点滅していた。


 “Winchester Cathedral Area – Immediate Evacuation Recommended”

 (ウィンチェスター大聖堂周辺地区──即時避難を推奨)


 大聖堂周辺は完全封鎖。

 市民は順次退避。

 上空には報道ヘリが旋回し、その映像越しでも、現場の張り詰めた空気は伝わってきた。

 「これ、本当に大丈夫なの?」

 子どもの声が、不安に引きずられるように漏れる。

 「避難しろって言ってる時点で、大丈夫じゃないだろ」

 「先生(職員)たちも誰もいないし、“ロロ先生”は職員室から出てこないし……どうするんだよ」

 廊下には誰もいなかった。

 すでに、ここワイミーズハウスでも何チームかに分けて避難が始まっている。

 残されたのは、AからKまでの“特別な子どもたち”だけ。

 そう、AやK──

 特別な子供たち──



 ──勘違いしないでほしい。



 ここで言う“AやK”というのは、あくまで便宜上の呼び方であり、いわば『仮免』だ。

 AやKという“文字”そのものがすでに仮名ではあるものの──この時点では、まだ誰ひとり“アルファベットとしての称号”を与えられていなかった。

 この意味……分かるか?

 今はまだ“アルファベットすら与えられなかった子どもたち”の話ということだ。

 AやKと呼んでも、それは本当のアルファベットではなく、こちら側が勝手に名付けた『仮免』ということ。



 ──もちろん彼らの本名は別にある。



 だが、ワイミーズにいる子どもたちでさえ、互いの本名を知らないし、教えてくれない。

 それは、『生まれや家族の事情を持ち込ませないため』という建前もあるが、本当の理由はもっと単純。

 本名は弱点になるからだ。

 誰がどこから来たのか、どの国籍なのか、どんな過去を持っているのか。そういった“背景”が透けて見える程度で、生き残る確率が変わる。

 自分を守るために、ワイミーズのものは本名を伏せている。そして、優秀なものにだけ、その名前を更に覆い隠すためのアルファベットが与えられる。

 名前を持ち、役割を持ち、背負わされるほど大きな使命を持って、彼らは羽ばたく。そのとき、幼い頃の傷跡や秘密がべったり貼り付いていたら──そりゃあ、飛ぶ前に足を掴まれる。

 過去は翼にとって重荷になる。

 だからこそ彼らが“無意味にも”隠し通してきた本名を記すことは絶対にしない。

 絶対に……。そう、絶対にだ。

 例え、“この目で名前が見えていたとしても”──“異名すら、この遺書には載せられない”。

 では、なぜ載せられないのか。

 それはワイミーズにいた者にとって、与えられたアルファベットは誇るべき“承認の名前”だからだ。

 ワイミーズで公式に使われるアルファベットというのは、たった26文字──世界に26人しか存在しない“選ばれた子供たち”のためのアルファベットだ。

 Aを名乗る者は世界に一人。

 Bを名乗る者も世界に一人。

 そしてLも──ただ一人。

 その26人は、アルファベットを“自身の証明”として背負うことになる。故に──この遺書は彼らの過去も含まれているのだから、名前を公にすることなど出来ないわけだ。

 それを理解してほしい。

 こういう前置きをしておかないと、今生き残っている数少ない“初代アルファベット”にものすごく怒られる。なんせ、名を貰った者は──例外なくプライドが高い。つまるところ、『記号に選ばれたという自負』が、彼らの背骨になってしまっている──

 “名を背負う”とは、“言葉そのものに命を預けるということだ”。

 いくらこの遺書が《Lの後継者》に向けて書いた遺書とは言え、こちらから言えることはここまで。

 最後にもう一度念を押しておく。

 『ここに記されているA〜Kは仮名だ』。

 その前提で、話を戻そう。



 施設の責任者であるワイミーは、不在。

 代わりに“ロロ先生”が滞在し、子どもたちを見ていた──いや、「見ていない」。だからと言ってロロが仕事放棄をしている訳ではない。むしろ、彼は忠実で真面目だ。

 まだ新米の彼には子供たちを見守っていられる程の余裕も気も回らず、この緊急事態にどうすればいいのか、職員室から出てこられないでいた。

 「逃げるとして、おとな抜きで逃げるの?」

 「いいのかな?」

 「いいじゃん! みんなで鬼ごっこしよう!」

 「遊びじゃないんだよ」

 「誰が班長するの?」

 「Aでしょ。リーダーなんだから」

 「そうだよ! Aだ! Aがリーダーだ!」

 「……」

 Aはテレビを見ながら、顎に手を当てていた。全員がその背中をちらちらと意識していたが、Aは無視して状況を見極めている。

 そこに口を挟んだものがいる。

 「避難って、必要かなあ?」

 Bは椅子に逆さに座っていた。

 足は背もたれ、背中は座面、頭は下向き。脳はどこ向きか不明。

 首をぷらんと垂らしたその体勢で、Aの背中越しにテレビを見つめている。

 「必要だよ。死にたいのか?」

 「わたし毛布持ってっていい?」

 「Aがいいって言えば。いいんじゃない?」

 「わたしもお菓子もってく〜!」

 「遠足じゃないけどね……」

 子どもたちの声が重なって、テレビの音はどんどん聞こえなくなる。

 けれど、Kだけは黙っていた。

 画面のテロップを、じっと、まばたきもせずに見つめている。口元に指を添え、考えるような素振り。その目は、他の誰とも違っていた。

 ──緊急避難。

 ──皆が一斉に移動する。

 ──今ならバレない……チャンス。

 何かを思いついた顔だった。



 「──私、ここを出て行く」



 その瞬間、全員の会話がピタリと止まった。

 「……えっ?」

 「……ええぇっ!?」

 テレビの前にいた子どもたちが、一斉にKの方を振り向いた。

 「今、なんて?」

 「出てくって……どこに!?」

 その声を背に、Kはもう立ち上がっていた。

 コートの袖に腕を通しながら、フードの紐を指先でひと巻き、またひと巻き。

 迷いながらもその顔は、画面の向こう──世界の外をまっすぐ見つめていた。

 「このままみんな避難するんでしょ? 私は一人で大丈夫だから」

 「や、やめた方がいいって!」

 「外マイナス2度だよ?」

 「どこに行くのよ?」

 EとGとIが、三人同時に詰め寄る。

 その勢いに一歩下がりながらも、Kは怯んだ様子はない。

 「日本。おばあちゃんの家があるから。住所もわかるし、電話番号も、頭に入ってる」

 「海、越える気!?」

 「飛行機なんて飛んでるわけ──」

 「てかK、ここから出たらどうなるか分かってんの!?」

 椅子でだらしなく寝そべっていたBが、両耳に人差し指を突っ込みひとことだけつぶやいた。

 「うるさいなあ……」

 Kが出ていくってのに、男子達はそっちのけでテレビだ。

 「……これ結構ヤバくないか?」

 「爆発物って言ってたけど、どこにも“爆破された”って出てないのが逆に怖いね」

 男子は誰もKを止めようとしない。それどころか、全員が冷静に“今、何が起きているのか”を分解していた。

 「ちょっと! Kが出ていくって言ってんのに!」

 「止めてよ、A! リーダーでしょ!?」

 「Fも何か言ってよぉ!!」

 女子たちが口々に叫ぶ中、Kはポケットに何かを押し込みながら言った。

 「みんな騒がないで。今しかないのよ。あの人(ワイミーさん)がいると、なんか出づらかったの。でも今は、誰も止めない。だから……行ける」

 「じゃあ、今ここにいる私たちは何? ……置いてくの?」

 と、Cが低く言った。

 「私は、“自分の信じる道を進む”だけ。ハウスを出る理由があるから、出るの。死ぬわけじゃない」

 「うん、そう──死ぬわけじゃない」

 Bは、見送りのつもりらしい手を、ぶんぶん振った。

 そこに感情なんて、ほとんどない。

 テレビの向こうでは、大聖堂付近の空撮映像が流れていた。人々が黒い点となって、街を離れていく。そんな中、こちらにも一人離れていく者がいる──

 「じゃあ……みんな、元気でね」

 Kはそれだけ言って、背を向けた。

 ほとんど荷物は持たず、早々に出て行ってしまった。

 「待って、Kっ!」

 Eが立ち上がろうとした──その手首を、Aがつかんだ。

 「……今は、動かない方がいい」

 「で、でも──!」

 「緊急避難命令が出てる。いま個別に動いたら、それこそ危険だ」

 Eは歯を食いしばったまま立ち尽くし、Kの背中は何も言わずに門の外へと消えていった……。

 食堂に沈黙が落ちる。

 テレビから流れるニュース音声だけが、空気を振るわせていた。

 「──ところで」

 やがて、Jがポツリと言った。

 「なんで犯人はこんな事してるわけ?」

 その問いにAは迷わず答えた。

 「犯人は、世界を脅迫してるんだよ」

 「脅迫?」

 「うん。新聞に載ってた。犯人の名前は“Q”。“ルミライト”っていう、ワイミーさんが発明した金属を全部、回収しろって世界に向けて声明してるんだ」

 「金属?」

 「うん。電線とかにね、使われてるんだよ 」

 すると、Cが口を開いた。

 「なんで犯人は怒ってるの?」

 それに対し、Bが答える。

 「その金属を“兵器”とかに使われるのを危惧してるんだ。あんな金属使ったら、より力の強い兵器が出来るからね」

 「でも、なんでウィンチェスターなの? ここでやる必要ある?」

 そう言ったのはGだった。

 「場所なんてどこでもいいんだ」

 と、Bが椅子から身を起こしながら言った。

 「“目的が破壊じゃない”なら、“破壊できる”って示すだけでいい。しかも場所が目立てば、効果は同じ」

 「……つまり、目立つならどこでもよかったってこと?」

 「恐らく。しかし、大聖堂に爆弾を仕掛けるなんて──罰当たりにも程があるよ」

 Aがため息をついた。

 「それにしても──」

 Iが言った。

 「なんでこんな寒い時にやるんだろう……。犯人、時期ずらせなかったわけ?」

 プルプルと自分を抱きながら文句を垂れるIに、皆が頷く。

 「僕たち民間人を困らせたいから──?」

 Fがぽつりと呟くと、Bが反論した。

 「……いいや、それはないだろうね」

 「どうして?」

 「犯人は民間人と政府に対して4日間の避難命令を出している」

 「犯人が避難命令を出してるの?」

 「そう。“人を殺すのが目的じゃなくて、あくまでも世界にルミライトの恐ろしさを知らしめるための脅迫──爆弾さ”」

 そんな中、最も険しい顔をしていたのが、A。

 「そんなことしたら……“余計ルミライトを欲しがる連中が湧くのが分からないのか”……」

 誰かがリモコンをいじり、テレビの画面が切り替わった。

 キャスターの声が重々しく響く。


 《──最新情報です。先ほど、ウィンチェスター大聖堂に設置されたとされる爆発物について、技術チームによる初期解析が発表されました》


 画面には、大聖堂を囲む非常線と、白い防護服に身を包んだ作業員たちの姿。

 低く沈んだ冬の空と、警備車両の赤いライトが回っていた。


 《国防省および科学技術庁の合同発表によれば──爆弾の内部構造には、ルミライトと呼ばれる特殊金属が使用されていたとのことです》


 画面が再びスタジオへと戻り、カメラは眼鏡をかけた年配の専門家に切り替わった。

 胸元には「ロンドン大学材料科学教授」のテロップ。


 『ルミライトは、1969年にキルシュ・ワイミー博士によって開発された新素材です。特徴は、摂氏28.7度以下で超伝導を示すという点。つまり、“一定の温度環境下では電気抵抗がゼロ”になります。これは従来の金属とは根本的に性質が異なるものです。今回の爆弾には、そのルミライトが電力蓄積装置として組み込まれていると見られます。さらに解析によれば、装置は“外部の電線と直接接続”されており、一定の電力を常に取り込み続けていることが判明しました。──つまり、爆弾自体がエネルギーを“生きたまま”蓄えている可能性が高く、これは非常に危険な構造です』


 キャスターが口を挟む。


 『爆弾は今も起動中という理解でよろしいですか?』


 『正確に言えば、まだ“点火”はしていませんが、“動き続けている”ような状態です。電力が流れ続けている限り、爆弾は活性状態にあります。遮断すれば暴発する可能性もあります。これは、非常に精巧に作られた“脅しの象徴”です』


 画面が再び大聖堂の映像に切り替わる。

 今度は、封鎖線の奥で、機材を前に立ち尽くす軍服の男たちの姿。その隣には、電柱から伸びたコードが、建物の裏手に繋がっているのが見えた。

 テレビでは、専門家のインタビューからニュースキャスターの声へと切り替わっていた。


 《繰り返します──ウィンチェスター大聖堂に設置された爆発物は、依然として起動状態にありますが、起爆は確認されていません。専門家の分析では“電力供給が爆弾の安定を支えている”可能性が高く、電力が途絶した場合、暴発が起こり得るとの指摘が相次いでいます》


 キャスターは、原稿を読みながら眉をひそめた。


 《一方で、政府関係者の会見では、“『現時点で確実な解除方法は確認されておらず、電力を停止する案も含め、あらゆる可能性を検討している』とだけ述べられました”。ただし、電力の遮断は暴発の危険があるとする専門家の声も強く、政府の説明は依然として曖昧で、市民の不安が広がっています》


 画面には、質問攻めにされて言葉を濁す官僚の姿が映る。


 《──つまり政府は、具体的な対策を 何ひとつ示せていないわけですよね?“電力を止めれば暴発するかもしれない。しかし他の方法は見つかっていない”──そんな不安定な状態を、まだ放置するおつもりですか? 現地では軍と調査チームが電力調整を続けていますが、解除の見通しが立たない理由を明確に説明していただけますか?》


 《ええ……現時点で住民の避難を最優先に確保しているところでありまして、まずはその安全確保が最も重要であると考えております。ええ。そのうえで、ええ、電力の問題については専門チームが対応しておりますので……はい。具体的な解除時期については、現段階では申し上げられませんが、少なくとも住民の皆さまには速やかな避難をお願いしており、それが“最善の措置”であると判断しております》


 Aが眉をひそめながら、ぽつりと呟く。

 「──浅はかだな」

 「どういうこと?」

 「避難は“結果としての対処”であって、“原因の追求”じゃない。あれは 電力が切れた瞬間に暴発する可能性がある爆弾なんだよ。なら、本来政府がやるべきなのは──“電気をどう維持し、どう止めるか”の技術的な指針を即座に示すことだ」

 Aはテレビ画面を指先で軽く叩く。

 「避難命令だけ出して満足してる時点で、終わってる。“燃えてる家から人を出せばいい”って言ってるのと同じだ。肝心なのは、火をどう消すか、だろう?」

 「そうだね……」

 Bが肩をすくめて言った。

 「仕組みを全然理解してないどころか、あの人たちは、複雑な装置ほど“コンセント抜けば止まる”と本気で信じてる。止めた瞬間に吹き飛ぶ可能性の方が高いのに、それすら想像できてない。この爆弾は、素人の思いつきに付き合うほど、優しくは作られてない──今ごろ“スイッチ切ればいいのでは?”なんて言ってるようじゃ、この国は手遅れだ」

 Fがぽつりと呟いた。

 「じゃあ、どうしたら止められるんだろう……?」

 テレビでは、現場の映像が続いていた。

 立ち入り禁止のテープ越しに、兵士たちが機材を前に立ち尽くしている。


 《なお、犯人は事前に“爆弾に手を出した場合、即時起爆する”との声明を出しており──現在、政府側は“迂闊な解除”を控え、“静観”を選択している状況です》


 テレビの音声が途切れた瞬間、Dは乾いた息をひとつ吐いた。

 「……なるほど。犯人は“触ったら爆発させる”と言ってるのに、政府は“電気を止めれば消えるかも”って話をしてるわけだ。──“触るのは怖いけど、スイッチ切るくらいなら大丈夫でしょ”っていう“根拠のない希望的観測”か」

 それを聞いてやっとAが顔を上げる。

 「……そうか、そういうことか!」

 Aが呟いた。

 「どうしたの?」

 Eが聞く。

 ──その横で、BはじっとAを見ていた。

 まるで“テストの採点”でもしているかのような、妙な緊張を孕んでいた。

 Aの推理の速度、理解の深さ、言葉の選び方──Bは今、そのすべてを無言のまま測っている。

 「迂闊に爆弾を解除しようものなら、爆破させると犯人は言ってるんだ」

 「うん……それはさっき──」


 「──つまり、犯人は“起爆スイッチを持っている”。あの爆弾は時限爆弾じゃない。“好きな時に爆発させられる”。放っておいても四日後には何かが起きるし、誰かが選ばないといけないんだ──止めるか、止めないか。しかも“迂闊に触れば爆発させる”なんて言っている時点で、犯人は 爆弾の挙動をリアルタイムで把握できる位置にいる ってことだ。可能性は三つ。爆弾のすぐ近くに潜んでいるか、複数人で周囲を監視しているか、あるいは監視カメラを仕掛けているか。どれにせよ、“触った瞬間にわかる状態”を犯人が確保しているのは確実だ」

 子どもたちは黙った。

 ニュースも、もう何も語ってくれなかった。

 「……ここから大聖堂までって、歩いて何分くらいだっけ」

 Jがつぶやく。

 「大人の足で四十分。僕たちなら……六十分かな」

 Aが答える。

 「大聖堂の爆弾が爆発したら、ここは焼け野原、か」

 ──そのときだった。


 バチン。


 テレビの画面が一瞬揺れて、暗転した。

 灯が一斉に落ち、電気の音が消える。

 食堂全体が、急に真っ暗になった。

 「きゃあっ!」

 「うそ、うそでしょ……!」

 「怖いよぉ!!」

 女子たちが声を上げる。

 IがFの腕にすがり、Eは椅子を蹴って立ち上がる。そしてCは、パニック気味にBの首にしがみついた。

 「びぃぃぃぃっ!」

 「──ぐえっ」

 Bは腕をだらりと垂らしたまま、うんざりとした声を漏らした。

 その瞬間、廊下の奥で足音が響き、白い光が差し込んできた。


 「おいっ、大丈夫か!?」


 懐中電灯を手に、ロロ先生が駆け込んできた。

 「ロロ!」

 「ロロ先生!」

 光の向こうに立っていたのは、職員のひとり──ローレンス・ウッドロウ。

 子どもたちからは“ロロ先生”と呼ばれており、その呼び方が、からかい半分・親しみ半分だったことを、きっと本人もわかっている。

 「……よかった、みんな無事か!」

 彼はまだワイミーズハウスに来て三ヶ月ほどの新人職員。

 髪は薄茶で、寝癖のように跳ねている。

 眼鏡の奥の目は、常に怯えた小動物みたいに泳いでいて、“優しい”より先に“頼りなさそう”が印象的な可愛い人。子どもたちの中には、まだ彼を“本当の大人”として見ていない子も多かった。

 「ロロ先生〜」

 「怖かったよぉ……!」

 子どもたちが一斉に駆け寄る。

 懐中電灯を掲げたロロの顔を見た瞬間、子どもたちの緊張は一気にほどけた。

 「ロロ先生、おばけかと思ったじゃん!」

 ロロは息を切らせながら、膝をついた子どもたちの頭を順に撫でた。

 「すまない。今までワイミーさんとずっと連絡を取っていたんだ。君たちをどう避難させるか、それを話していた」

 「……決まったの?」

 Aが問うと、先生は頷いた。

 「“フランスに逃げる”。車で港まで移動してそこから渡る。向こうにもワイミーズハウスがあるから、そっちに移るんだ」

 「遠くない?」

 「でも、他に道はない。今ここにいる方が危険なんだ」

 すると、Gが口を尖らせた。

 「……やだ」

 「え?」

 「やだ。行きたくない」

 その一言に、空気が少し揺れる。

 「わたし、ここが大好きだし……お別れなんて嫌。フランスって、言葉も違うでしょ? 知らない人もいるんでしょ……?別の家なんて、やだよ……!」

 Iも同調するようにロロの白衣の裾を握った。

 「わたしもここがいい……ここで待ってちゃダメなの?」

 Cが後ろから、ぼそりとつぶやいた。

 「……“追い出される”みたいで、やだ」

 誰もが、ほんの一瞬、目を伏せた。

 普段なら絶対に泣かない子たちが、それでも今だけは声を荒げずに、ハッキリ嫌だと言った。

 「気持ちはわかるよ……」

 ロロが視線を低くして目線を合わせる。

 「だけど、これは“お引っ越し”じゃない。“避難”だ。命を守るために、一度、離れるだけなんだ」

 「……戻ってこられるの?」

 と、Jが尋ねる。

 ロロは、ほんの一拍だけ黙ってから答えた。

 「──ああ、約束する。落ち着いたら、必ずここに帰ろう。だから今は、動くんだ。君たちの未来のために」

 その言葉に子供たちは納得すると、小さく首を縦に振った。

 「わかった……」

 すると、ふっと明かりが戻った。

 灯が一つずつ、時間差で点灯していく。

 「停電……終わったのか……」

 誰かがつぶやく。

 「いいかい、君たち。すぐに荷物をまとめなさい」

 ロロの声が、強くなった。

 「防寒具、食料、絶対に忘れるな。荷物は最小限。すぐに車を出す。時間がない」

 「はーい」

 子どもたちは一斉に動き出した。

 椅子を引き、食堂を出て、ぞろぞろとそれぞれの部屋へ散っていく。


 ──ただ一人、Bを除いて。


 「……何してるの?」

 Aが戻ってきて、Bの袖をつかむ。

 「早く行こうよ。……置いてくぞ?」

 「避難する必要なんて……ないのに」

 小さく、それだけを呟いて、Bは動こうとしなかった。

 けれどAは構わず、服の背をつかんでぐいっと引っ張る。

 「いいから行くんだよ!ほら」

 Bは抵抗するでもなく、ずるずると荷物のように引きずられ、AとBは廊下に出た。

 そんな中、ロロが振り返り、ふと思い出したようにAに声をかける。

 「……そういえば、Kはどこに行った? 一緒じゃないのか?」

 Aはあっさりと答えた。

 「出てったよ」

 その瞬間、ロロは息をのみ、顔面蒼白になる。




 「──なにぃッ!?!?」




 ロロの叫びが、壁に反響した。

ウィンチェスター爆弾魔事件 -リライト版-

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