テラーノベル
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「……あ、起きた?」
低く、少し掠れた声が耳元で響く。
心臓が口から飛び出しそうになりながら顔を上げると、そこには眼鏡を外した真司の顔があった。
いつもは冷徹に見えるその瞳が
今はひどく柔らかく、そして独占欲を隠そうともせずに私を捉えている。
「し、真司…なんで……!」
「なんで、って。昨日、自分から『帰りたくない』って縋り付いてきたのはどこのどいつだよ」
真司は意地悪く口角を上げると、上半身を起こした。
剥き出しになった彼の肩のラインや、鎖骨に刻まれた赤い痕
私がつけたものだと気づいた瞬間、顔から火が出るかと思った。
「嘘…私、そんな……っ」
「嘘じゃない。……まあ、俺も止める気はなかったけど」
彼は私の髪に指を絡め、額に軽いキスを落とす。
同期として、仕事のライバルとして、何年も隣にいたはずなのに。
今、目の前にいるのは「知っている真司」ではなく、一人の「男」だった。
「待って、ちょっと整理させて。……これは、その、事故。お互い酔ってたし、昨日は私が弱ってたから……」
「事故?」
真司の声の温度が、スッと下がった。
彼は私の顎を掬い上げ、無理やり視線を合わせる。
「亜希。俺は同期のよしみで抱くほど、お人好しじゃないし…」
「違う……絶対になにかの間違い…!事故だから!てか事故にして!!」
否定したかった。
でも、昨夜の私は確かに、空いた心の穴を埋めてほしくて彼に手を伸ばしたのかもしれない。
視線を泳がせる私を見て、真司は溜息をつき、ベッドから降りた。
「……わかったわかった。とりあえず顔洗ってこい。朝飯、適当に作るから」
背中を向けて部屋を出ていく彼の足取りは、いつもの完璧なエリートサラリーマンそのものだった。
でも、その背中に残った爪跡が、昨夜の激しさを無言で突きつけてくる。
「……どうしよう」
今日は月曜日
あと二時間後には、私たちは何事もなかったかのように同じオフィスで
同じデスクに向き合わなきゃいけない。
シーツに残った彼の熱を振り払うように、私はぎゅっと目を閉じた。
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