テラーノベル
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35
千波
48
お豆腐メンタル
10
部室の照明が落ちる。
正面のスクリーンに、古い映像が映し出された。
画質は少し粗い。
音声も、今の映画と比べれば決して綺麗とは言えない。
それでも――。
「……面白いね」
隣で明里が呟いた。
「うん」
俺も素直に頷く。
上映されているのは、去年までの映画部員が作った短編映画だった。
派手なアクションがあるわけでもない。
有名な俳優が出演しているわけでもない。
それでも、登場人物の表情や台詞には、ちゃんと作った人間の思いが込められていた。
十五分ほどの上映が終わる。
スクリーンが暗くなり、部室に明かりが戻った。
「どうでした?」
理恵先輩が少し不安そうに聞いてくる。
「面白かったですよ」
「うん。普通に面白かった!」
明里も大きく頷く。
「ありがとうございます」
理恵先輩は嬉しそうに笑った。
「じゃあ、これを部活紹介で上映しましょう」
「そうだな」
俺も頷く。
「映画部が何をやってるのか説明するより、実際に映画を見てもらった方が分かりやすいだろ」
「私もそう思います」
理恵先輩も頷いた。
「これなら、映画が好きな人に興味を持ってもらえるかもしれません」
「決まりだね!」
明里が両手を叩く。
これで一つ問題が片付いた。
――そう思った。
「……でも」
理恵先輩が言った。
「部活紹介って、体育館ですよね?」
「そうだけど」
「映画を上映するためのスクリーンとか、プロジェクターって……使えるんでしょうか?」
「…………」
「…………」
「…………」
三人で顔を見合わせる。
「……知らない」
俺が答える。
「私も……」
理恵先輩が困ったように笑った。
「今まで、部活紹介で映画を上映したことがないので……」
「じゃあ、許可が必要なのかも分からないってこと?」
「たぶん……」
明里が机に突っ伏した。
「また問題……」
「簡単にはいかないな」
俺も頭を抱える。
映画を上映する。
ただそれだけのことなのに、学校という場所では妙に面倒な手続きが必要になるらしい。
どうしたものかと三人で悩んでいると――。
「細川さん、いるー?」
廊下から声がした。
コンコン、と扉が叩かれる。
「はい?」
理恵先輩が返事をすると、扉が開いた。
「失礼しまーす」
入ってきたのは、三年生の女子生徒だった。
手には何枚かの書類を抱えている。
「あ」
理恵先輩が声を漏らした。
「雨宮さん?」
「うん。細川さん、ちょっと確認したいことがあって――」
そこで彼女は部室の中を見回した。
そして、机を囲んで頭を抱えている俺たちを見る。
「……あら?」
首を傾げる。
「どうしたの?」
雨宮澪。
三年生で、生徒会の副会長を務めている。
学校ではかなり有名な人だ。
俺も名前くらいは知っている。
廊下を歩いているところを見かけることも多い。
いつも誰かに呼び止められたり、書類を抱えて走っていたりする。
とにかく忙しそうな人。
そして――。
めちゃくちゃ美人だった。
「去年の映画部の実績と、部費の内訳について確認したいことがあって……」
澪先輩はそう言いながら、持っていたファイルを机に置いた。
「でも、なんか困ってるみたいだね」
「あの……」
理恵先輩が事情を説明する。
「部活紹介で、去年の映画を上映しようと思っているんです。でも、体育館のスクリーンやプロジェクターを使えるのか分からなくて……」
「なるほどぉ」
澪先輩は腕を組んだ。
しばらく考える。
「……うん」
そして顔を上げた。
「それなら、生徒会の議題にして使えるようにしてあげる」
「本当ですか?」
理恵先輩が目を輝かせる。
「うん。体育館の設備を使うだけなら、ちゃんと申請すれば問題ないと思う」
「よかった……」
理恵先輩が胸を撫で下ろす。
俺もほっとした。
これで部活紹介で映画を上映できる。
そう思った時だった。
「その代わり――」
澪先輩が笑った。
「私も入部させて」
「……え?」
三人の声が重なった。
俺たちは顔を見合わせる。
「雨宮さんが……映画部に?」
理恵先輩が目を丸くする。
「うん」
澪先輩は何でもないことのように頷いた。
「どうして?」
明里が聞く。
「だって私、部活入ってないでしょ?」
「そうだけど……」
「生徒会の仕事で忙しいのに、部活に入ってないと『部活やってないなら暇だよね』って思われるんだよ」
澪先輩はため息をついた。
「それで仕事を増やされるの。だから、休める場所が欲しい」
「休める場所?」
「そう。ここで映画見たり、本読んだり、何もしないでぼーっとしたりするの」
「それ、映画部の活動なんですか?」
思わず聞いてしまった。
「細かいことは気にしない」
澪先輩は笑った。
確かに、普段の忙しそうな姿を見る限り、休憩場所が欲しいという気持ちは分からなくもない。
でも――。
「でも……」
理恵先輩が少し考えてから口を開いた。
「雨宮さんなら、他の部活でもいいんじゃないですか?」
「うん」
澪先輩はあっさり頷いた。
「他にも色々あるよね」
そして、明里を見る。
「でも、明里もいるし」
「私?」
明里が自分を指差した。
「うん。中学からの友達だし。一緒にいられるなら、ここでいいかなって」
「そっか!」
明里は嬉しそうに笑った。
「じゃあ澪も映画部だね!」
「まだ入れてもらえるか決まってないけどね」
「理恵ちゃん、いいでしょ?」
「えっ、私が決めるんですか?」
「部長じゃん」
「それは……そうですけど」
理恵先輩は困ったように澪先輩を見る。
確かに断る理由はない。
それどころか、生徒会副会長が入部してくれるなら、部としてはかなり心強い。
「……よろしくお願いします」
「やった」
澪先輩が小さく拳を握った。
そして、机の上に一枚の書類を置く。
「じゃあ、この書類の内容に間違いがなかったらサインして、生徒会に提出してね」
「分かりました」
「じゃ、私はこれで」
「え、もう行くんですか?」
「次の仕事があるから」
澪先輩は扉へ向かう。
「あ、そうだ」
突然振り返った。
「プロジェクターの件は任せて。たぶん大丈夫だから」
「ありがとうございます!」
「どういたしまして」
ニッコリ笑う。
「じゃあ、またねー」
そう言って、澪先輩は廊下をバタバタと走っていった。
「……本当に忙しいんだな」
俺は呟いた。
「そうなの」
明里が笑う。
「澪、いつもあんな感じだよ」
「明里って、雨宮先輩と知り合いだったの?」
「うん。中学の時から」
「そうだったのか」
俺は少し驚いた。
まあ、明里の性格なら友達がたくさんいても不思議ではない。
それから数日後。
昼休みに澪先輩が教室までやってきた。
「使っても大丈夫にしたよー」
その一言で、俺たちはようやく安心することができた。
「ありがとうございます!」
「どういたしまして」
澪先輩はそれだけ言うと、また慌ただしく去っていった。
あとは――。
「新入生に刺さるかどうかだな」
「きっと大丈夫!」
明里は自信満々だった。
そして、部活紹介当日。
体育館には、新入生たちが集まっていた。
壇上では、それぞれの部活動が活動内容を紹介していく。
運動部は練習風景を実演し、吹奏楽部は演奏を披露した。
フットボール部なんて、壇上でタックルの練習まで始めている。
会場から歓声が上がる。
「……すごいな」
「私たち、どうする?」
「映画を見せるしかないだろ」
やがて、映画部の番が来た。
理恵先輩が壇上に上がる。
少し緊張しているようだった。
それでも、マイクを握って前を向く。
「映画部では、映画を制作しています」
体育館が静かになる。
「今日は、先輩方が残してくださった作品を上映したいと思います」
スクリーンが下ろされる。
プロジェクターが設置される。
体育館の照明が落ちる。
さっきまで騒がしかった体育館が、一気に暗くなった。
新入生たちが静かになる。
そして――。
映画が始まった。
スクリーンに映し出されたのは、俺たちが部室で見た映画だった。
上映が終わる。
照明が戻る。
拍手が起きた。
大きな歓声というほどではない。
けれど、確かに何人かの生徒がスクリーンを見つめていた。
それだけで十分だった。
そして放課後。
「疲れたー!」
明里が部室の椅子に座り込む。
理恵先輩も机に荷物を置いた。
俺も自分の席に座る。
これで終わり。
そう思っていた。
「で」
明里がこちらを見る。
「入部してくれるんだよね、お手伝いさん?」
「……」
俺は黙って考える。
帰宅部なら、放課後は自由だ。
好きな時間に帰れる。
映画部に入れば、活動もある。
映画を作るなら、それなりに大変だろう。
でも――。
目の前には、楽しそうに笑っている明里がいる。
その隣には、少し緊張しながらも嬉しそうにしている理恵先輩がいる。
昨日まで一人だった映画部。
そこに、俺たちがいる。
「……分かったよ」
俺はため息をついた。
「出すよ。入部届」
「やった!」
明里が飛び上がる。
「ありがとうございます!」
理恵先輩も嬉しそうに笑った。
その時だった。
コンコン。
部室のドアをノックする音が響いた。
俺たちは一斉に扉を見る。
「はい?」
理恵先輩が返事をする。
すると、扉の向こうから声がした。
「あの……映画部の見学に来ました」
明里が俺を見る。
そして、ニッと笑った。
どうやら――。
映画部は、ようやく本当に始まるらしい。
コメント
1件
読了しました! 第3話、映画部がようやく動き出した感じがして、すごくいい回でしたね。特に、澪先輩が「休める場所が欲しい」って言って入部してくるのが、すごく人間らしくて好きです。あの「細かいことは気にしない」って笑顔、めっちゃ効いてる。最後の見学の子が来たところで終わる“これから”感も、すごくわくわくします。