テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
35
千波
48
お豆腐メンタル
10
部室のドアを開けると、そこには二人の女子生徒が立っていた。
「あの……映画部の見学に来ました」
少し緊張しているのか、声は控えめだった。
俺は明里と顔を見合わせる。
「一年生?」
「はい。伊藤ゆりかです」
そう名乗った彼女は、ぺこりと頭を下げた。
小柄な体格に、肩につかないくらいの黒髪。大きな目をしているが、どこか鋭い。
第一印象は――気が強そう。
まだ一言しか話していないのに、なぜかそんな印象を受けた。
「私は新星明里。こっちは佐藤悠真」
「よろしく」
「よろしくお願いします」
俺たちが挨拶すると、ゆりかは少し安心したように笑った。
「部活紹介で映画を見て、ちょっと気になって……」
「本当?」
明里が嬉しそうに身を乗り出す。
「うん。思ってたよりちゃんとしてたから」
「思ってたよりってどういう意味?」
「そのままの意味」
「ひどい!」
明里が頬を膨らませる。
どうやら、思ったことをそのまま口にするタイプらしい。
そんな二人のやり取りを見ていると、ゆりかの後ろから、もう一人の女子生徒が顔を出した。
「あの……私も一緒に見学していいですか?」
「もちろん!」
明里が即答する。
その子は、ゆりかより少し背が高かった。
短く切った髪に、すらっとした体型。褐色に近い肌色。
一目見た印象は、かなりボーイッシュだった。
けれど、ゆりかとは対照的に、こちらは大人しそうだ。
「鳥谷るなです。よろしくお願いします」
小さな声で頭を下げる。
「よろしく」
俺も挨拶を返した。
随分と静かな子だな。
それが、鳥谷るなに対する最初の印象だった。
「じゃあ、二人とも映画部に興味があるんですね?」
理恵先輩が尋ねる。
「はい」
ゆりかが答える。
「私もです」
るなも頷いた。
「入部してくれるなら、大歓迎だよ!」
明里が笑う。
俺は両手を組み、真顔で頷いた。
「歓迎しよう。盛大にな」
「何そのキャラ」
「……こういうの、一度やってみたかった」
「今じゃないじゃん」
即座に突っ込まれた。
理恵先輩がくすりと笑う。
「ふふ……それじゃあ、二人ともよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「よろしく」
こうして、伊藤ゆりかと鳥谷るなが映画部に加わった。
去年までほとんど部員がいなかった映画部が、いつの間にか六人になった。
――いや、澪先輩はほとんど部室にいないから、今この場にいるのは五人か。
それでも、少し前までの部室とは比べものにならないくらい賑やかだった。
*
「それじゃあ、改めて映画部の活動について説明しますね」
理恵先輩がホワイトボードの前に立った。
「映画部は、その名前の通り映画を作る部活です」
「見るだけじゃないんですね」
ゆりかが聞く。
「はい。もちろん映画を見ることもあります。でも、一番の活動は自分たちで映画を作ることです」
理恵先輩はホワイトボードにいくつか言葉を書いていく。
脚本。
撮影。
演技。
編集。
「役割は最初から決まっているわけではありません。みんなで相談して、一つの作品を作っていきます」
「じゃあ、次に作る映画は?」
「……まだ決まってません」
「決まってないんだ」
「はい」
理恵先輩が苦笑する。
「部活紹介が終わったばかりなので、これから考えようと思っています」
「じゃあ、私たちで決めていいんですか?」
「もちろんです」
ゆりかが少し嬉しそうに笑った。
「面白そう」
その時、るなが部室の棚を眺めていることに気づいた。
「あの……」
「どうしたの?」
るなが指差した先には、古いビデオカメラが置かれていた。
今のスマートフォンと比べれば、ずいぶん大きい。
液晶画面も小さく、いかにも昔の機械という感じだ。
ゆりかも近づいてくる。
「これで撮るの?」
「え?」
理恵先輩が振り返る。
「このカメラ。映画を作るんですよね?」
「ああ、それですか」
理恵先輩がカメラを手に取った。
「これは昔の先輩が残してくれたものなんです」
「昔って?」
「私たちが入学するより前の先輩です」
理恵先輩はカメラを眺める。
「たぶん二〇〇〇年代くらいのものだと思います。今はスマホでも映画は撮れますから、実際の撮影では必ずしも必要ありません」
「じゃあ、なんで残してるんですか?」
「映画部のものだからです」
理恵先輩は大切そうにカメラを棚へ戻した。
「卒業した先輩たちが使ってきたものです。当時としては高価な物でしたし、壊れてはいません。続く後輩の為に残してくれたものですから」
俺は部室を見回した。
そう言われてみると、棚には古いDVDやビデオテープ、何年も前の日付が書かれた脚本らしきファイルまで並んでいる。
「映画部って、結構歴史あるんですね」
ゆりかが言った。
「はい」
理恵先輩は嬉しそうに頷いた。
「私たちが初めてじゃないんです。ずっと前から、ここで映画を作っていた先輩たちがいたんですよ」
去年は廃部寸前だった。
けれど、その前にはちゃんと部員がいて、映画を作っていた。
その人たちが残したものが、この部室には今も残っている。
「なんか、いいですね」
るなが古いカメラを見る。
「こういうの」
「うん!」
明里が元気よく頷いた。
「私たちもいっぱい残そうよ!」
「いっぱい?」
「映画とか!」
明里が俺たちを見る。
「次は私たちの映画を作ろう!」
「そうですね」
理恵先輩が笑った。
「じゃあ、次の活動から企画を考えましょうか」
「私、面白いやつのにしたい」
ゆりかが言う。
「私も、やったことないことだから楽しみです」
るなも小さく笑った。
「……まあ、やるからにはちゃんと作ろう」
俺が言うと、明里が満足そうに笑った。
「決まり!」
ようやく、本当の意味で映画部の活動が始まる。
そう思った、その時だった。
「おー!」
部室の扉が開いた。
「入部希望生、来てくれたんだ!」
顔を出したのは澪だった。
「雨宮さん!」
理恵先輩が立ち上がる。
澪は部室を見回し、新入部員二人を見つけると嬉しそうに笑った。
「よかったよかった。仕事したかいがありますなー」
「この前は本当にありがとうございました」
理恵先輩が頭を下げる。
「雨宮さんが動いてくれなかったら、部活紹介で映画を上映できませんでした」
「いいっていいって。これくらい」
澪は手を振った。
「それより、二人とも映画部へようこそ!」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
ゆりかとるなが頭を下げる。
「これで全員揃ったね!」
明里が嬉しそうに言った。
「うん。……って言いたいところなんだけど」
澪がスマートフォンを見る。
「あー……」
「どうしました?」
「風紀委員で問題が発生したみたい」
澪がため息をつく。
「行かなきゃ」
「また仕事ですか?」
「ごめん。今日は顔だけ出しに来たんだ」
そう言って、澪は扉へ向かう。
「じゃ、またねー」
「ありがとうございました!」
理恵先輩が見送る。
澪はそのまま廊下を慌ただしく走っていった。
「……本当に忙しい人だな」
俺が呟く。
「いつもあんな感じだよ」
明里が笑った。
*
部活が終わり、俺たちは五人で帰ることになった。
校舎を出て、校庭を横切る。
運動部の生徒たちは、まだ練習を続けていた。
「そういえば、みんな部活は何してたの?」
明里が聞く。
「私は帰宅部だったよ」
ゆりかが答える。
「私も……中学では運動部でしたけど」
るなが答えた。
「へえ。何部?」
「色々です」
「色々?」
「……はい」
るなは少しだけ困ったように笑った。
その時だった。
「あぶない!」
突然、校庭の向こうから大声が響いた。
何かがこちらへ飛んでくる。
白い球。
テニスボールだ。
しかも、かなりの速度だった。
「え――」
俺が声を上げるより早く、ボールは理恵先輩へ向かっていた。
「理恵先輩!」
明里が叫ぶ。
その瞬間。
横にいたるなが動いた。
まるで反射的に手が伸びたように見えた。
パシッ。
乾いた音がした。
「……え?」
俺は目を疑った。
るなの手の中に、テニスボールが収まっている。
しかも、さっきまで高速で回転していたはずのボールが、まるで最初から止まっていたかのように、手のひらの中で静止していた。
「…………」
誰も声を出さなかった。
理恵先輩も、明里も、ゆりかも、俺も。
全員がるなの手を見ている。
「……あ」
るなが自分の手を見た。
「これ、返しますね」
そう言って、るなはテニスコートへ向かってボールを投げ返した。
「す、すみません!」
テニス部の男子が慌てて駆け寄ってくる。
「大丈夫でしたか?」
「はい……」
理恵先輩が答える。
「本当にすみません!」
男子生徒は何度も頭を下げる。
そして、るなを見る。
「……今の、どうやって?」
「え?」
「いや、その……」
男子生徒は言葉を失った。
コートの方から別の部員も集まってくる。
「今の見た?」
「見た。キャッチしたよな?」
「え、あの距離から?」
「しかも、身のこなし……」
テニス部員たちがざわついている。
るなは困ったように笑った。
「……たまたまです」
「たまたまじゃないだろ」
思わず俺が呟いた。
「すごかったよ、るな!」
明里が目を輝かせる。
るなは首を傾げる。
「……普通だと思います」
「普通じゃないよ」
ゆりかも呆れたように言った。
「私なら絶対無理」
るなは少し照れたように笑った。
「じゃあ、帰りましょうか」
「そうですね」
理恵先輩が頷く。
俺たちは再び昇降口へ向かった。
ただ、俺の頭の中には、さっきの光景がずっと残っていた。
あの反応速度。
あれが普通なわけないだろ、いい加減にしろ。
*
下駄箱で靴を履き替えていると、ゆりかがふと顔を上げた。
「そういえば」
「ん?」
「中庭に像があるじゃない」
「像?」
「二宮金次郎の」
「ああ……」
言われてみれば、確かにあった。
「しかも同じ顔のやつ。なんで?」
「……」
俺は少し考えた。
そういえば、そうだ。
今まで気にしたこともなかった。
校舎の中庭。
そこには二宮金次郎の像が三体ある。
普通なら一体で十分だよな。何か意味でもあるのか?
「三体もあるんだよね」
明里も言った。
「うん」
るなも頷く。
「なんで三体なんでしょう?」
理恵先輩も首を傾げた。
「私も知りません」
「分からん……」
俺にはそれしか答えられなかった。
「ちょっと見てみようよ」
ゆりかに促され、俺たちは中庭へ目を向けた。
三体の二宮金次郎像は、円形の柵に囲まれていた。
その柵には、大きな張り紙が一枚。
太い文字で――。
**『落書き禁止』**
と書かれている。
「……」
「……」
「……」
俺たちはしばらく黙って像を見つめた。
「なんで?」
ゆりかがもう一度聞いた。
「……分からん」
やっぱり、誰にも分からなかった。
でも、過去にひどい落書きをされたんだろうなとは、容易に想像できた。
コメント
1件
新入部員の二人、それぞれ個性があって良いですね〜!ゆりかのズバズバ言う感じと、るなの静かな感じの対比が好きです。でも最後のテニスボールキャッチ…あれ絶対普通じゃないですよね?(笑) それに二宮金次郎像が三体って、なんだか不気味で気になります…。この学校、何か裏がありそうでゾクゾクします🤍