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「…おい、聞いているのか?相澤」
言語文化の先生から注意を受け、僕ははっとする。
「え、あぁ…すみません」
クラスメイトのクスクスという僕を嘲笑する声が、あちこちから聞こえてくる。けれど、そんな事はどうでもよかった。それよりも…
「大丈夫か?透真。なんか今日おかしいぞ」
駿にそう言われ、僕の心臓がどくんと跳ねるのを感じる。
「あ、いや…ちょっと昨日、眠れなくて」
僕は動揺を隠すように笑いながら、駿の方を見た。駿は心配そうに僕を見ていた。その表情をみて、罪悪感が腹の底で渦を巻いた。
駿に、今日の僕に対して違和感を持たせることの方がよっぽど怖かった。昨日僕のこの目で見た、あの出来事。そして、窓の近くで音を立ててしまったこと。駿は、誰かに見られたということを、知っているということ。
もし、それが僕だとバレてしまったら…どうなってしまうんだろう。
もちろん、あのあと僕は、警察に通報して駿のことを告げ口したりしていない。家族にも、知り合いにも、誰にも。
だって…そうしたら、駿のした事がバレてしまう。それは絶対に避けたかった。あの場面を見たのは……僕だけで良い。外野は、何も知らなくていい。駿と僕のあいだに入ってこなくていい。
それに、夜眠れなかったことも嘘では無いれっきとした事実だ。あんな光景を見て、呑気に寝れるわけが無い。駿の姿が頭をぐるぐるまわって、寝不足どころか一睡も出来なかったのだ。
「まぁ確かに、ちょい顔色悪いわ。無理すんなよ?」
いつもと変わらない彼を見ていると、まるで、昨日の出来事が嘘なんじゃないかと思えてくる。……そう思いたい。
けど、けど…。僕は見た。絶対に。この目で。
駿のあの姿が… 血のついたガラスの灰皿を持って立っていた駿の姿が。脳裏に焼き付いて離れない。
その証拠に、躓いて転んだ際擦りむいた傷が、今もはっきりと残っている。絆創膏を貼って、覆い隠している傷が。
「うん、ありがとう。でも大丈夫」
僕は笑って見せた。正確には、口角を上げただけだ。今の僕は、駿の前で本当の笑顔を見せることは到底できない。この笑顔に、違和感を持っていないだろうか。大丈夫だろうか。
駿は「ならいーけどっ。 」と言うと、再び授業に集中し始めた。僕はほっと息をつく。
黒板の文字を写しながら、考える。
駿はあの後…。彼の母を殺した後、どうしたんだろう。死体は隠したんだろうか。駿がここに居るということは、恐らく、そういうことになるだろう。でも、弟がいると聞いている。弟には、なんて説明したのだろう。まだ小さい子ならうまく誤魔化せるかもしれない。けど、駿の弟は中学2年生のはずだ。僕の妹と同じ年齢だと言うことを覚えている。簡単な誤魔化しがきくような歳の子じゃない。
そして、何より気になっていること…。どうして駿は、自身の母を殺してしまったのだろう。今思い返してみれば、今まで彼の母の話は聞いたことがなかった。だからこそ、分からないのだ。仲が良かったのかも、悪かったのかも、分からない。
ただひとつ確かなのは、駿が硝子の灰皿を使って彼の母を殴り殺したということだ。
灰皿は血まみれだった。凶器は灰皿で間違いないだろう。そして、あのガシャンという音。駿の母の近くには、割れた皿が落ちていた。おそらく、殴られて倒れる際、持っていた皿を落として割ってしまったのだろう。
計画的な犯行なのかも、突発的な犯行なのかも、分からない。
僕が知りたいことは、3つ。
・どうして駿は彼の母を殺めてしまったのか
・死体はどこに隠したのか
・駿はこれからどうするつもりなのか
まだ僕は、駿のことを何も知らない。彼のことを、もっと知りたい。駿がどんな事を隠していようと、全てを受け止める覚悟は出来ていた。
そして、何であろうと駿の力になる。 彼の力になれれば、何だっていい。だって、彼がもし捕まってしまったりしたら、僕はもう、どうしたらいいか分からない。駿のおかげで楽しい学校生活は、どうなってしまうのだろう。きっとまた、昔みたいに…孤独な日々が続くのだろう。
いや、そんなことはどうでもいい。今考えることじゃない。僕は、僕を助けてくれた彼を、今度は僕が助けたいんだ。
僕はゆっくりと駿に視線を向けた。
いつものように授業を受ける駿。そんな彼の日常を壊すなんて、許せない。駿のあの笑顔は、誰にも壊させない。
けれど、僕にできることって、何なのだろうか…。駿に、見てしまったことを話して、協力すると正直に言うか…?いや、一か八かすぎる。
考えなくちゃ。僕が。駿の犯行が明るみにならないように。
彼を人殺しにさせないように。
僕から、彼が、奪われる事のないように。
気がつけば、シャーペンをぎゅっと握りしめていた。シャーペンは、僕の手の汗でぬるっとしていた。