「駿、今日バイトだよね?」
「ん?そ、バイト」
「じゃあ一緒に帰れないね」
「だなあ…。なんか寄りたいとこでも?」
「ううん。気にしないで。バイト頑張って」
「おう、サンキュー」
教室で駿と別れたあと、廊下に出た僕は掛け時計にめをやった。
時刻は16時10分。彼はこのままバイト先へ向かうはずだ。駿の家とバイト先は、真逆の方向。つまり、彼の家を訪れるチャンスだと言うことだ。
僕の目的は、駿の弟のトワくんと話すことだ。駿から聞けないならば、身近な人から事情を聞けばいい。トワくんとは何度か話したことがある。僕の妹と同じ北中学校に通う2年生で、少し内気な少年だが、関わりずらい訳では無い。たぶん、よい関係を築けているほうだとおもう。
僕は階段を駆け下りた。早く、早く。少しでも多く、駿のことを知るために。
ガチャっと下駄箱をあけ、革靴を取りだし、ガタン、と乱暴に下駄箱を閉めた。そして、革靴を履こうとした、そのとき。
「そんなに慌ててどうしたんだ」
背筋が凍りついた。笑い混じりの、いつも聞いている声。そのはずなのに、何故かその声は冷たくて、ぞくっとした。ゆっくりと振り返る。
階段の途中で、冷たく微笑む駿がいた。駿はゆっくり僕の方へと降りてくる。僕は思わず、後ずさりしそうになったのを、必死で我慢した。掴んでいる革靴は、手のひらの汗のせいでぬるぬるだった。そして、駿は僕の目の前に立って、通学鞄に手を突っ込んだ。
──ナイフを出すんじゃないか。思わず、そう思ってしまった。
やはり、僕が駿の反抗を見てしまった事が、バレてしまったのだと。そして、口封じに…。なんて思っていた僕だったが、彼は予想外の言葉を発した。
「はいこれ、スマホ」
「えっ」
「机の上に置いてあったぞー。スマホ忘れるなんて、らしくないな」
彼は呆れたようにそう言って、笑った。
「あ、あぁ…ありがとう。ちょっと用事で。急いでた」
僕もそう言って、ははっと笑ってみせた。
いけない。親友を疑うなんて。最低だ。
けど、スマホを忘れるなんて、僕は本当に馬鹿だ。
「そうか。気をつけろよー」
「うん、また明日」
駿が僕を殺すわけが無い。
やっぱり、僕の思い過ごしだ。
「あ、そうだ透真」
階段をのぼっていた駿が、振り返った。
「うん、なに?」
「今日はトワ、部活で家にいないぞぉ。」
「……え」
全身の毛が逆立った。
今…なんて言った?
トワくん、が、部活で、いない。
そんな。トワくんが部活をやっているなんて、思いもしなかった。
いや、それよりも…。どうして。どうして僕がトワくんと話そうとしていることを知っている?
今日の作戦は、駿はもちろん、知り合いにも誰にも言ってないのに。スマホで連絡を取るなんてことも一切していない。
僕を見下ろす彼は、まるで全てを見透かしたような目をしていた。かすかに、口角が上がっているように見える。
身体が動かない。返事もできない。何か言わなきゃ。何か言わなきゃ…
「だから今日は久しぶりに一人の時間を満喫できるぜ!」
彼はくしゃっと笑った。
「あ…そ、そっか。良かった、ね」
予想外の返答に、僕は言葉を詰まらせる。
「あぁー、本当に久々だ!じゃ、今度こそまたな!急いでるとこ引き止めて悪い!」
「ぜんぜん気にしないでよ。一人の時間、楽しんで。またね」
今度こそ、しっかり駿とお別れをした。
一時はどうなると思った。彼は僕の計画を全てお見通しで、これから僕が何をしようとしているのかも、全て把握しているのかと思った。今年一、焦ったかもしれない。
でも…何かが引っかかる。なんだろう。彼の発言の、何かが引っかかる。
…いや。それより。今日はトワくんに会えないということが分かって、僕の用事は一瞬にして無くなってしまった。
いや。ちがう。
駿は「一人の時間」と言っていた。
つまり…
「家には、誰もいない?」
僕は時計を見た。
16時16分。
「…いける」
僕の用事が「なくなる」ではなく「変更」された瞬間だった。
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