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「清水さん、今日あの人来てないんですよ。ほら、清水さんの幼なじみの人」
今の時刻は昼の12時40分。
俺は店のキッチンから顔を出して、ちらりとフロアに目を向けた。
バイトの水瀬が言った「あの人」とは、俺の幼なじみで、この近くのビルで営業事務をしている多田若菜(ただわかな)のことだ。
水曜日の昼休み、いつも若菜はひとりでランチを食べにくる。
しかし今日は姿がないから、仕事が立て込んでいるのかもしれない。
「どうしたんですかねー。忙しいのかな」
「べつにあいつのことはいいだろ。
ほら!無駄口たたいてないで、これ20卓もってけ!」
「あっ、はい!」
今仕上げたばかりのカツレツを渡すと、水瀬はそそくさとフロアへ出て行った。
「ったく……。若菜がちょっとキレイだからって気にしすぎなんだよ」
若菜は昔から―――小学生のころから周囲の目を引く容姿をしている。
すらっとしているし、顔も小さい。
そして色白で、目も大きいとくれば、はっきり言ってかなり目立つ存在だった。
大人になった今でもそれは変わらず、若菜がいるとみんな振り向くという構図が出来上がってる今、水瀬の言動はまぁ慣れたといえば慣れているんだけど……。
そんなふうに思っていると、店の自動ドアが開いた。
「いらっしゃいませー」
目を向けたと同時に、今しがた考えていたやつ―――若菜が店内に入ってきた。
ちょうどフロアスタッフはみんな接客中で、キッチンから出た俺が向かうと、若菜は「へへ」と、へんな笑い方をした。
「今日は遅いじゃん」
「そうなの、ちょっと午前中の仕事がずれこんじゃって。今日のランチひとつ」
「席に着く前に注文するのかよ」
「だってなに頼むか知ってるでしょ」
そんな会話をしつつ、あいている窓際の席に若菜を案内した。
若菜がこんなふうに店にくるようになったのは、職場が近いからと、もうひとつ。
若菜曰く、「たまに見に来ないと、湊がちゃんと仕事してるか気になるから」だそうだ。
若菜は俺と同い年だけど、生まれたのはこいつのほうが1年ほど早い。
だからか、俺に対していつもお姉さん風を吹かせて、なにかと世話を焼いてくれた。
「湊はほんっとなにもできないからなー」と、いらない一言を添えて。
「今日の日替わりランチはポークカツレツだけど、いいの?」
若菜はあまりトンカツが好きじゃない。
ポークカツレツをトンカツと一緒にするのもどうかと思うけど、たぶん苦手な人にすれば似たものだ。
若菜は少し考えたけど、「いいよ」と言う。
「最近はトンカツ系も食べられるようになってきたんだよねー。好き嫌いも減ってきたの」
「へー。それならいいけど」
若菜の注文を聞き、キッチンに戻って調理に入る。
若菜がトンカツが苦手だと知ったのは、小学校の給食の時。
若菜は見た目だけでなく頭もいいし、運動もできる。
対する俺は、勉強はあまり得意でなく、運動もそこそこで、若菜にとっては「なんにもできない」やつだったんだろう。
そんな俺が唯一若菜に威張れるのは、好き嫌いがないこと。
若菜は食べ物の好き嫌いが多くて、給食の時間によく「おかず食べて」と皿を突き出してきていた。
若菜の苦手なものを俺が食べる。
同じクラスの時はこれが当たり前で、当然傍目には俺たちは一番親しい存在として映っていた。
ポークカツレツを用意している間、キッチンから若菜の様子を見ると、水瀬が若菜となにか話していた。
水瀬……。お前彼女いるだろ。
水瀬は大学生のバイトで、同い年の彼女がいる。何度か店に食べに来たことのある、かわいい子だ。
(彼女か……)
俺が最後に彼女がいたのは、もう3年ほど前だ。
それから男友達が合コンを開いてくれたり、女を紹介してくれたりしたけど、付き合うまでにはいかない。
でも正直なところ、俺も若菜ほどではないけど、モテないこともなかった。
俺は背が高いほうだし、ちょっと肉がついてきたとはいえ、体の線も細いほうだ。
ただ……彼女を作らないことに対して、自分では気にしていないつもりでも、気にしているのかもしれない。
若菜にされた、大学生のころの約束を。