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「清水さん、やっぱり来ましたね、あの幼なじみさん」
フロアから戻ってきた水瀬が、中に入ってくるなりにやにやしながら言った。
「あぁ、いつもどおり来たな。これ、その31卓!」
今しがた仕上がったポークカツレツを水瀬に突き出すと、「あっ、はい!」と慌てて受け取った。
ほかのオーダーは入っておらず、俺は水瀬の背中と、なにやら手帳に書き込んでいる若菜を視界にとらえる。
俺たちが水瀬くらいの年のころ、若菜が彼氏に振られた。
若菜は当時このあたりでも有名な一流大学に通っていて、そこでできた男と二年ほど付き合っていた。
俺は調理師学校に通っていて、その半年ほど前に彼女と別れ、お互いひとり。
「彼氏と別れた」という若菜のメールを見て、その時の俺はなんとなく複雑だった。
まだ言葉も話せない時から、顔を合わせていた幼なじみ。
小学校の時はお互い恋人はいなかったが、中学になって先に恋人ができたのは俺だった。
それから若菜にも彼氏ができて、お互い恋バナをするようになって。
俺が彼女と別れた時も当然のように若菜に話したし、若菜も彼氏ができたり別れたりすると、俺に報告してくる。
それが当たり前だった。
だから「別れた」とう報告も当然だったし、話に付き合ってやろうと思ったのもいつものことだった。
でも……その時俺は、若菜のことを昔とは別の意味で意識していたのかもしれない。
幼なじみとはまた別の、言葉にできない感情で。
若菜と待ち合わせたのは、たしか2月の大雪の日だった。
俺たちは最寄駅で落ちあい、近くの駅ビルの居酒屋に入った。
「……なんか、付き合っているうちに、私のことがだんだんわからなくなってきたって言われちゃった」
そう話す若菜は苦笑いをして、あまり飲めない酒をムリに口にする。
そうしてぽつぽつといきさつを話す若菜の話を、「なんだよそれ!」と大げさに言って聞いていた。
しんみりしないように、辛さがすこしでも軽くなるように。
思えば、若菜はいつも振られてばかりだ。
しかし振るやつの気が知れない。
いったいどこを見てるんだと、そいつをとっ捕まえて言いたくなる。
たしかに若菜はちょっとおせっかいなところもあるけど、男女問わずに明るく接するし、人望もある。
頭もよくて、顔もスタイルもいい。
あと……若菜は優しい。
そんな女と付き合えておいて振るって……なんなんだ。
「ねー、私ってさ、いつもどこが悪いと思う?
いつもはっきり言われずに振られるからさ」
若菜は空になったグラスをカラカラと回して、口をとがらせる。
たまたま注文した料理を運んできた店員が、そんな若菜を見て、ハートを撃ち抜かれていた。
俺はさっとそいつから皿を受け取り、じろっと睨みつつ追い払う。
「知らないけど、そいつらが節穴だって思っとけ」
「それでいいのかな……」
「いいだろ。お前モテるし次があるって、くよくよするな!
ほら食べろ!」
言って、俺は今きたばかりのだし巻き玉子の皿を、若菜に寄せる。
だし巻き玉子は若菜の好物だった。
「……うん、今日は食べてやる!!」
若菜も大げさにいって、だし巻き玉子に箸をさし、笑顔を向けた。
……やっぱり、こういう屈託のない若菜を見ていると、振るやつの気が知れない。
でも……本当は。
心の奥では、すこしだけ元カレの言っていることもわかる気がしていた。
この笑顔をずっと自分に向けてほしいって、願ってしまっているんじゃないかって。
もっともっと若菜を知りたい、自分を見てほしいと思うから。
若菜の気持ちより自分の気持ちが大きい気がして、不安になってるんじゃないかって……俺はいつも勝手に思っていた。