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「えー、では皆さん。
児童預かり所の運営を学びに、新しく
お兄ちゃんお姉ちゃんが来てくれました」
「失礼の無いようにな。
あと、質問にはちゃんと答えるように」
「「「はーいっ!!」」」
私と、白髪交じりの筋肉質なアラフィフの
言葉に、子供たちが元気良く返事をする。
暗殺者たちの襲撃から数日後……
私は彼らを連れて、児童預かり所へとやって
来ていた。
一つは、彼らの警戒心を解くため。
そしてもう一つは、実際に自分がやって来た事を
見せて、情に訴える狙いがあった。
ジャンさんや元孤児院組から、多少の反発は
あったものの……
彼らは魔法は一切使えないので、乱暴狼藉を
働くとは考えにくい。
そもそも魔狼やラミア族が常駐している施設で、
そんな事をすれば自殺行為だ。
また、狙いは私一人だったので……
今さら他の人間を害する理由が無い、と説得し、
ギルド長が同行するのを条件に、許可して
もらったのである。
取り敢えず捕まえた暗殺者たち、合計16人を
4班に分け……
私・ジャンさん・メル・アルテリーゼが
それぞれ見張りとなって、児童預かり所を
『案内』する運びになった。
ちなみに女性の割合は半々だったので、
(アラウェンさんの話によると、警戒されない
ために男女比率が同じだったのだろうとの事)
女性組はメルとアルテリーゼが担当している。
「……ここは、孤児院では無いのか?」
ブラウンの短髪に細目の―――
私を襲撃した一団、そのリーダー格の青年……
名前はキャビンと言ったか。
その彼が質問してくる。
「いえ、親のいる子供も預かっていますよ。
だから『預かり所』なので。
あと乳児や手のかかる小さな子供たちの、
育児支援も行っています」
廊下を歩いて行くと、人間の子供たちが
走ってきて、
「シンおじさん、こんにちはー」
「また何か、変な物持ってきてないー?」
その言葉に私は苦笑しながら、
「いや、『また』って何ですか『また』って。
人をしょっちゅう変な物を持ち込むみたいに」
それを見ていたキャビンさんは目を丸くするが、
すぐ冷静さを取り戻し、子供たちに話しかける。
「変な物って?」
「シンおじさんねー、いつも美味しい物とか
便利な道具を持ってきてくれるんだけどー」
「時々、変な物も持ってくるんだー」
彼が私の方へ振り返ると、
「いやあ、受け入れられない物もありましてね。
ぬか漬けとか、味噌とか」
「そうなのか?
……いえ、そうなんですか?
どちらも美味しい物だと思いましたが」
そこで私は首を左右に振り、
「ぬか漬けの方は、今では付け合わせに
出てくるのが当たり前ですけど……
最初は単品で出してしまったので。
味噌は、調理前の物が―――
その、見た目が」
味噌はたいてい、何らかのスープになって
出て来るからなあ。
元々の姿を見た事が無いのかも知れない。
「まあ、見た方が早いですね。
厨房へ行ってみましょう」
そして私はキャビンさん他、三名を連れて……
児童預かり所の台所へ向かった。
「こ、これが味噌……ですか」
「はい。これを出汁やお湯に入れて溶かし、
味付けします」
さすがにその見た目にドン引きしているようだ。
外見が完全に『アレ』だからなあ。
そこで一緒についてきた子供たちがすかさず、
「う○ちー。
う○ちー」
「だから言い方ァ!!」
私が注意すると―――
子供たちは笑いながら、一目散に逃げていった。
私が大きくため息をつくと、
「だ、大丈夫ですか?」
「こ、子供のする事ですから……
どこも同じでしょう、こういうのは」
私が苦笑しながら答えると、キャビンさんを始め
他の三人も笑顔で返してきた。
「やれやれ……
そういえばアレ、出来てますか?」
ちょうど厨房にいた、力仕事専門の
ブロンズクラスの冒険者に話しかける。
「ああ、出来てますぜ!
味見していきますかい?」
そう言って彼が差し出して来たのは―――
文字通り乳白色の固形状のもの。
彼は手でパンをちぎり、小さく分割すると、
『それ』にスプーンを差し込んだ。
そしてパンに塗っていく。
「これは?」
「簡単に切れるんですね。
葛餅? それともプリン? いや豆腐……?」
すでに料理をいくつか食したのか、彼らは
次々と候補を挙げる。
しかしそのどれでも無く……
私を含め、『それ』が塗られたパンが
五人に配られ―――
私が口に入れると、他も順次食べ始めた。
「―――!」
「これはチーズ!?
いや、でもあの酸味は無い……」
「動物の乳ですよね、これ?」
彼らの質問に、私はブロンズクラスの
青年に向き直り、
「じゃあ、目の前で一回作ってみて
もらえます?」
「ガッテンでさあ!!」
そこで彼は、牛か山羊の乳であろう液体を、
筒状のビンに注ぎ―――
フタをした後、それを猛烈な勢いで
振り始めた。
「えっ?」
「シン殿、あれは何を―――」
身体強化を使っているのだろう、目にも止まらぬ
早さでそれはシェイクされ、
三分もすると、彼はフタを外し―――
丼状の器に戻す。
「こ、これは」
「乳が……固まった?」
一行が驚きの声を上げる。
そう、これはバターだ。
実はバターの作り方は単純。
牛乳、山羊の乳でもいいがそれを何らかの容器に
入れて、シェイクするだけ。
そうする事により、中の成分の脂肪と脂肪が
くっつき合い―――
やがてそれが固まりとなるのである。
なお、それを実際に普通の人間の手でやれば、
一・二時間やって食パン一枚に塗る分くらいは
出来るだろう計算だ。
しかし、ここは異世界……
身体強化を持つ人にやってもらえれば、十分
割に合う。
「なんと、これだけで……」
「こんな単純な事でこうなるのか」
いや結構大変ですからね?
魔法前提のこの世界だから簡単なだけで。
「いろいろな料理に合うんですよ、コレ。
ふかした芋に載せるだけで、とても美味しい
料理になりますし。
お昼に出ますから、後で一緒に頂きましょう」
そして私は四人を連れて厨房から出て―――
再び児童預かり所の案内を始めた。
「おー、シン!」
「どうじゃ、そちらは」
「ピュウ」
黒髪セミロングとロングの―――
対照的な東洋・西洋の顔付きの妻二人が、
子ドラゴンのラッチと共に合流する。
「まあそんなに大きくないし、一通りは
終わったって感じかな」
メルとアルテリーゼは女性陣を担当しており、
当然、女性の集団で移動していたのだが……
なぜか子供たちがくっついて来ていた。
私の視線に気付いたのか、メルが口を開き、
「新しいおねーちゃんが来たから、
物珍しかったんじゃないかな」
よく見ると、人間の子供の他に―――
ラミア族や獣人族、魔狼の子供たちも足に
まとわりつくようにしてなつく。
「おう、そこにいたのか。
こっちも一通り回って来たぞ」
そこでジャンさん一行も合流し、
「じゃあ、そろそろお昼なので……
食堂に行きましょうか」
そこで全員、揃って移動する事になった。
「ホラそこ! こぼさない!」
「豆乳取ってー」
「お代わりー!!」
「ハイ! 追加来たよー!」
さすがに子供たち30人前後を一度に
食べさせる場は、戦場と化す。
10才より上の子供たちは『ガッコウ』に
行っているので、今はいないが―――
それでも預かっている子供やラミア族、魔狼、
獣人族にワイバーンも加えるとそれなりの
数となる。
そしてマンツーマンのように、増加分の
女性陣が、お気に入りの子供の世話を
焼いていた。
「本当に助かりますわ。
食事中でも、じっとしていられない
子が多いので」
薄い赤色の髪をした、五十代くらいの上品そうな
婦人が、その光景を眺めながらつぶやく。
この児童預かり所の所長、リベラさんだ。
「あの、シン殿。
この子は何を食べるのですか?」
キャビンさんが、自分の膝の上に乗っかってきた
女の子のような格好の―――
小さなゴーレムを見てたずねる。
「レムちゃんはゴーレムなんです。
魔力をあげれば喜びますよ」
私の代わりに、リベラさんが答え―――
彼は彼女の顔の前に手を差し出す。
魔法は封じたが、魔力そのものは無効化して
いないので……
どうやら無事あげる事が出来たのか、
レムちゃんがパタパタと両手を振る。
「他の種族も、食べる物は同じなんですか?」
彼の質問に、私がリベラさんの方へ視線を送ると、
「そうですね。
魚もお肉も野菜も貝も、何でも食べますわ。
ただ匂いがあまりにも強かったり、特に
発酵食品は―――」
「あー、納豆とかダメでしたもんね。
でもそれは人間の大人も同じ……」
と、私が話す途中で―――
『納豆』というワードに反応したのか、
獣人族と魔狼の子供たちが、その耳とシッポを
ブワッと逆立てた。
「シンおじさん、たまにめちゃくちゃ
マズい物作るんだもん!」
「それさえ無ければなー」
「うー、あの匂いは思い出すだけでも」
子供たちが口々に文句を放つ。
そんなに嫌だったか君たち……
強制はしないので許してくれ。
「で、でも今は麺類とかに入っているし!」
「そ、そうじゃ!
それに冒険者たちの間では、度胸試しや
罰ゲームにも使われておるぞ?」
「ピュ~」
家族に擁護されているのかとどめを刺されて
いるのか、わからない言葉をもらい……
児童預かり所での一日は過ぎていった。
「それでは、我々はこれで……」
「おう、見張りは付けさせてもらうけどよ。
宿屋の中で自害されたらかなわんからな」
『暗殺者』たち一向に、ジャンさんが挨拶する。
子供たちが寝る時間になった頃―――
私たちと襲撃者の一行は、児童預かり所から
離れたところで言葉を交わしていた。
別れ際、女性陣に添い寝をねだる子供たちが多く、
また彼女たちもその気の者がいたが―――
さすがにそれを許すほど楽観的ではない。
男性陣も何名か、女の子に添い寝を
ねだられていたが……
おかしいなあ、自分にそんな記憶が無いのは
気のせいだろうか。
そんな事を考えていると、キャビンさんが
私を見て、
「こう言っては何ですが……
シン殿は少し侮られ過ぎでは?」
「生きた心地がしませんでした……」
子供たちの私に対する態度は、彼らからすると
冷や汗ものだったようだ。
「んー……
まあ、怖がられるよりはマシかなーと」
頭をかきながら、我ながら間の抜けた答えを出す。
「まあそれがシンだし」
「実力と性格が反比例しておるからのう」
「ピュッ!」
家族の心温まる言葉に、私は微妙な表情になる。
何はともあれ、これで彼らを懐柔する初日は
終了し……
これで彼らの心情が少しでも良くなる事を
期待して別れた。
「ほんじゃー寝ましょうか。
おかしな事は考えないようにねー」
「アラウェン総司令。
少しは緊張感を持ってですね……」
新生『アノーミア』連邦の諜報機関、
その上司と部下の男二人が、『暗殺者』たちと
同室で向かい合う。
ちなみにもう一人の部下、ルフィタは―――
女性陣の方の見張りに回されていた。
「『マルズの両眼』―――
アラウェンとフーバーか」
キャビンの指摘に、赤い短髪をした男は、
その半開きの目をそのままに、
「あらぁ、俺ってもしかして有名人?」
「…………」
そんな彼を見て、灰色の白髪交じりの男が、
上司とは対照的な鋭い両目を無言で閉じる。
「……あの『別世界からの来訪者』―――
少々甘過ぎるのではないか?
こんな事では、何度も刺客を送り込まれるぞ」
それを聞いたアラウェンは苦笑いし、
「それならあの人、もう何度も経験しているよ。
その度に優しくていねいに―――
送り返しているそうだ」
暗殺者たちは、その事実に顔を見合わせる。
「要するに何だ、あの人に取っちゃ……
敵とすら認識されていないんだろう。
わがままな子供を大人が諭すように―――
根気よく、やさしく、相手がわかるまで、
付き合ってくれているんだよ」
「例えはともかく、概ね合っているかと。
問題はシン殿の周囲です。
いくらシン殿が見逃したとしても、このまま
敵対を続ければ……
ドラゴンの妻、フェンリル、ワイバーン、
ラミア族に獣人族に魔狼―――
彼らの印象は悪化していく一方でしょう」
諜報機関のトップと部下の言葉と雰囲気に、
室内が支配される。
「とにかく、あんたたちは生きて帰れ。
こっちも詮索はしないよう言われているからさ」
「……っ、どの面下げて帰れと」
アラウェンに、『暗殺者』の一人が反発するが、
「情報を持ち帰れって言ってるんだよ。
それに、お前らを生かして帰らせる事には
意味がある」
「意味、だと?」
苦々しくにらみつける男に―――
赤髪の男は涼し気な顔で、
「情報を持ち帰れば、後はお前らの上層部とやらが
ご自由ご勝手に判断するよ。
それにもし、お前らが死のうものなら……
シンさんと各種族が完全に敵に回るぜ?」
「どういう事だ?」
アラウェンは面倒そうに髪をかきあげて、
「生きたまま帰すっていうのは、
『交渉の余地アリ』って事を伝えているんだ。
それなのにお前らが死んじまったら、
わざわざ生かして帰した相手を殺したと
判断し―――
全面対決を望んでいるんだな? って
事になる」
「殺しに来た相手をわざわざ、生還させるの
ですから―――
敵意は無いという、これ以上ないメッセージに
なります。
何も死ぬだけが忠誠を尽くす方法では
ありません。
少し考えてみる事をおすすめしますよ」
フーバーの補足に、彼らは唇を噛み締める。
そこまでしてもらえるという事は……
圧倒的な実力差があるという事を意味していた。
その重苦しい雰囲気を吹き飛ばすように、
「そう難しい顔しなさんなって。
シンさんに関わった時点で、どう考えても
何やっても無駄だったの。
逆に聞くけど、あんなモンどーやって
対処出来るんだよ」
「総司令!!」
上司の軽口に思わず部下がツッコミを入れる。
「……確かにな。
それに人となりは、子供たちを見てわかった」
「ん?」
キャビンの話に、アラウェンが聞き返す。
「ああいう施設にいる子供たちは―――
どこか大人の顔色をうかがう、怯えている
部分があった。
あそこの子供たちに、それが全く無かったとは
言わないが……
それ以上に、
『自分たちは大事にされている』、
『守られている』、『愛されている』―――
そういう自信に満ち溢れていた。
……それが、あの男の本質なのだろう」
その言葉に、アラフェンとフーバー、
そして室内の人間は誰からともなく
同意してうなずいた。
「あー、そーそー、そうなんですよ!」
同時刻、別の場所で……
アラウェンのもう一人の部下、薄茶の
ショートヘアーの三白眼の少女が、
話で盛り上がっていた。
その先は、見張っているはずの女性暗殺者たちで、
「え~、でもぉ」
「そんな小さい頃から一緒にいると、
男として見れないってゆーかー」
その問いに、ルフィタはチッチッと人差し指を
立て、振り子のように振って、
「いやぁ、それ私もラミア族の女性に
聞いてみたんですけどね。
『何言ってるんですかー!!』
『自分好みに育てるという楽しみが
あるでしょーに!!』
『それに小さい時からシツケておけば、
絶対逆らわないように……!』
って、すごい剣幕で返されて」
それを聞いた女性陣から、先ほどとは
別の人間が、
「でもラミア族って結構、美人揃いじゃ
ないですかー」
「人間相手なら、それこそ選り取り見取りじゃ」
その問いにルフィタは、胸の前でグッ、と
握りこぶしを作り、
「もちろん、それも聞いてみたんですけどねー、
『ラミア族に取って―――
一人の男を独占出来るというのは、
最高のゼイタクなんじゃあぁああ!!』
とゆー魂の叫びがですね」
要は複数相手は眼中になく、一人独占するために
全フリしているという事なのだろう。
そこでルフィタの横から、同年代と思われる
女性が首を突っ込み、
「でも、複数の子になつかれている場合も
ありますよね?
その時はどうするんですか?」
「んー、2人から迫られたらどうしますか?
って質問した事はありますよ」
彼女の言葉に、室内の女性陣が注目し、
「その場合は―――
『多分致死量を超える』だそうで」
そこで場はいっそうきゃあきゃあと
騒がしくなる。
「そういえば、今のラミア族の長って
人間の女性と結婚したんでしょ?
同じ女性として、その奥さんに興味が
ありますねえ」
ふと出た質問に、見張りの女性は両腕を組み、
「それは人伝でしか聞いた事は無いですけど」
「え? あるんですか?」
「何でもいいから! 教えて教えて!」
全員の注目を制するように、ルフィタは
両手の手の平を前に出し、
「あー、ラミア族ってですね。
獲物を捕らえる時―――
下半身の蛇のシッポでぐるぐる巻きにする
らしいんですよね。
それで全身を抱きしめられると―――
『ああ私、この人の獲物なんだ……♪』
って、何か支配される感がすごい? みたいな。
アレを知ったら、もう普通の人間相手じゃ
満足出来ないと言っていたそうです」
彼女たちはそれぞれイスに座っていたが―――
激しく床を踏み鳴らす音が歓声と共に起こり、
いったん静まると、再度ルフィタから、
「あとねー、宿屋『クラン』で得た
情報なんだけど。
シンさんと―――
メルさんとアルテリーゼさんの馴れ初め、
これがまた」
「あの『万能冒険者』の情報だな!?」
「それは何としてでも―――
祖国へ伝えなければなりません!」
男女の温度差が激しい中、その夜は過ぎていった。
「では、我々はこれで……」
「おー、気を付けて帰れよ」
さらに一週間後―――
『暗殺者』御一行は、公都『ヤマト』から
去っていった。
(もちろん、魔法『無効化』は戻して)
彼らになついた子供たちを引き離すのは
大変だったけど……
手紙の類は無く、お土産だけ持たせ、
ただの『冒険者』として―――
ウィンベル王国としてもこの件は、
『何も無かった』という事で処理するようだ。
ちなみに男性陣はお土産に蒸留酒を、
女性陣はウィンベル王家直属の開発部門が
完成させたばかりの―――
便座備え付け型のウォシュレットの魔導具を
熱望した。
「大丈夫でしょうかね、あの人たち」
「上の連中もバカばかりじゃあるまい。
様子見という名の現状維持になるだろうよ」
見送ったのは私とジャンさんで―――
ふぅ、と一息つくと、
「しかし、何か女性たちの方は何かこう、
雰囲気が違ったというか……」
妙にテンションが高かったような。
うまく表現出来ないけど。
「そこはまあ、男と女の違いってやつだろ」
理解しようとするだけムダだ、と言わんばかりに
ギルド長はバッサリ切り捨てる。
「それより―――
これからクワイ国に向かうんだろ?
ちょっと働き過ぎじゃねえのか?」
「クワイ国の魔狼に会いにいくのは、
首脳会議の後、すぐ決めていましたからね。
来年の春になれば、アイゼン国のラミア族とも
交渉を開始するでしょうし―――
これ以上先延ばしには出来ません」
もちろん、打算もある。
本格的な冬に突入しつつある今―――
恐らく、獲物は激減しているはず。
そんな時、人間と共存している実例があり、
子供たちを飢えさせる心配が無くなると
すれば、耳を傾けてくれるはずだ。
「うぉーい、シン。
そろそろ行くよー」
「ケイドとリリィ夫妻もすでに『乗客箱』に
乗ったぞ。
早くするがいい」
「ピュ!」
家族に促され―――
私はジャンさんに一礼すると、『乗客箱』へと
急いだ。
「ケイドさん、リリィさん。
お待たせしてすいません」
すでに空に舞い上がった『乗客箱』の中で、
スッキリとまとめた赤髪のアラサーの男性と、
ダークブラウンの長髪に、陶器のような白い
肌を持つ女性に頭を下げる。
「い、いえっ。
とんでもありません!」
「今回は、魔狼に関わる事ですので。
感謝こそあれ、頭を下げられる事は
ございません」
夫妻が慌てふためくところに、メルが口を開き、
「そういえばさー。
リリィさんは、他の魔狼の群れとは
交流が無かったの?」
「よほどの事が無ければ、生活する場を
変えませんからね。
エサが少なくなった時などは―――
群れを離れるオスはいました。
他の地にメスを探しに行く、という名目
ですけれど」
つまり、自ら口減らしになるという事か。
それに成人、いや成獣になっていれば、食事は
ほとんど取らなくても身体強化でまかなえる
だろうし。
「じゃあ魔狼の群れ同士は―――
ほとんど面識は無いと思っていいですね。
やはり、ルクレさんの力を借りると
しましょう」
首脳会談後、クワイ国の魔狼に話を通しに
行くという事は……
フェンリルである彼女にも伝えてあったので、
まずはチエゴ国へ行き―――
その後、合流してクワイ国へ向かう事に
なっていた。
「しかし、リリィさんを魔狼と気付く
でしょうかね?」
今の彼女は人間の姿をしている。
獣人族のような、耳もシッポもない。
完全に人の姿だ。
「私も一度魔狼の姿で、人間の姿になった
仲間を見た事があったのですが……
匂いでわかりました。
ですので、相手が魔狼のままであれば、
問題ないと思います」
なるほど。
それなら大丈夫だろう。
こうして確認と情報共有を行いながら―――
一路チエゴ国へと飛んだ。
「ここが魔狼のいる森かー。
確かに匂いがするなあ。
しかし、ウチの鼻がなー。
どーも奇妙な匂いもとらえているんよ。
こりゃ確かに『魔力溜まり』だわ」
「そうですね。
不穏な空気も感じます」
銀髪のロングヘアーに、切れ長の目をした
長身の女性と―――
やや褐色の黒髪の犬耳少年が、共に鼻を鳴らす。
チエゴ国で、フェンリルのルクレさん・
ティーダ君と合流後、魔狼がいるという
クワイ国へとすぐに向かったのだが、
案内してくれた現地の方の話では、
『魔力溜まり』が発生しているようで、
近付かない方がいい、との事だった。
「以前、シーガル様が毒にやられた時とか、
大怪獣雪ウサギも多分それが原因だろうしなあ」
(■41話 はじめての どくけし
■87話 はじめての うさぎがり参照)
何らかの条件で魔力が一ヶ所に溜まり―――
それ自体は問題では無いのだが、
木や石があればそれに宿ってゴーレムとなり、
毒気と交われば毒が強化され、また動物を巨大化
させてしまう……
という現象だった。
そう考えると魔力というのも―――
リスクゼロ、デメリット無しというものでは
ないのだろう。
むしろ結構不安定な力という印象だ。
「でも魔狼はいるんだよね?」
「ルクレセント、お主が呼べば出て来るのでは
ないか?」
「ピュー」
家族が話す中―――
するとリリィさんがジッと森の方を見て、
「その必要はないみたいです」
「ん?」
妻の声に、夫であるケイドさんもそちらへ向くと、
「うわっ」
見ると茂みの中から、数十頭の魔狼の群れが―――
監視するかのように現れた。
ただ、ルクレさんがいるからか、敵意や
襲い掛かってくるような挙動は見えない。
「オオーーーーーー……」
その時、フェンリルの姿になった彼女が、
天を見上げるようにひと吠えした。
獣と笛の中間のような、その遠吠えを聞いた
魔狼たちは、
「うおっ」
「さすがよのう」
一斉に、腹を地面に押し付けるようにして―――
『伏せ』のポーズを取った。
リリィさんも人間の姿で五体投地しようとしたが、
それはケイドさんに止められた。
「『フェンリル様に来て頂けるとは……
まさに天の救いです』と言っております」
その後、ティーダ君を通訳として、彼らとの
話し合いがスタートしたのだが、
「長がそうなると……
確かに問題ですね」
「とにかく、会ってみましょう。
ルクレセント様、お願いします!」
何やら『魔力溜まり』に関して問題が発生して
いたようで、リリィさんとティーダ君が、まず
人間の姿になったルクレさんに会う事を促す。
「まーシンがいれば何とかなるっしょ」
「運が良かったのう」
「ピュウ」
何でもかんでも解決出来るわけじゃ
ないんだけどな……
家族の信頼と期待が背に重い。
とにかく長に会うため、魔狼の群れに案内され……
私たちは森の奥へと進んでいった。
『長! しっかりしてください!
フェンリル様がお見えになりましたぞ!
人の姿をしておりますが―――
この方はフェンリル様にございます!』
彼らに案内された先で―――
長と思しき、一匹の大きな魔狼が体を
横たわらせていた。
漆黒に近い体毛を、馬より一回り大きなその
巨体にまとい……
風格は神の使いと言っても差し支えないほど、
威厳と美しさに満ちている。
だが、顔を見るとその口は半開きとなり、
牙がのぞき、隙間からダラダラとヨダレを
垂らし続けていた。
ここに来るまでに歩きがてら、詳しい事情を
聞いたが……
何でも長は『魔力溜まり』にあてられ、
今回はそれが『本能』に影響したようで―――
狂暴性が増し、長の精神力で何とか正気と理性を
保っている、との事だった。
『フェンリル様……
このような見苦しい姿をお見せして
申し訳ありませぬ。
正気を保っていられるのも後わずか……
どうかこれ以上仲間を傷付けぬため、
『終わらせて』頂きたい。
フェンリル様の手にかかるならば、本望……!』
会っていきなりストレートな『殺して』宣言。
他の魔狼たちも覚悟していたのか、目を伏せる。
通訳しているティーダ君も戸惑っているが、
それを聞いたルクレさんは、
「敵対もせぬ者を、ウチが殺すわけない。
そんな事のために来たわけじゃないしー。
ほなシンさん、よろしくー」
そのまま私へと丸投げを敢行。
ちょっとノリが軽過ぎやしませんかね……
しかしまあ、これは私の『管轄』だろうしな。
『人間が……
なぜフェンリル様と共に?
我に近付くな。
その身など、魔狼の爪や牙にかかれば
ひとたまりもないのだぞ』
ティーダ君の通訳を聞きながら、私は頭の中で
条件を組み立てる。
魔力を無効化すればいいのだろうが、それだと
いろいろ支障が生じるだろうし―――
範囲指定出来るようになったとはいえ、
周囲を巻き込まない確証はない。
要は魔力の悪影響を除けばいいのだから―――
「理性を保てなくなる、正気を失う……
そんな魔力など
・・・・・
あり得ない」
私は屈みながら小声で、宣言するように話す。
『立つがよい、長』
いつの間にか、またフェンリルの姿となった
ルクレさんが―――
長に命じる。
するとよろめきながらも、長はその足で
しっかりと立ち上がり、
『こ、これは……!』
『長!?
お、お体の方は……』
周囲の魔狼たちが心配そうに長を取り囲む。
「オオーーーーーー……」
すると長は遠吠えを空へと向かって放ち―――
それが合図であるかのように、他の魔狼たちも
一斉に遠吠えを始めた。