テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
12,455
571
1,294
最近、二年三組では妙な噂が流れていた。
「ねぇ、絶対彼女できたよね」
「わかる」
「だって最近すぐ帰るじゃん」
昼休みの教室。
女子たちがひそひそ声を潜める。
話題の中心にいるのは、窓際の席で静かに問題集を解いている男子。
すち。
穏やかな顔立ち。いつも落ち着いていて、誰に対しても柔らかい。
クラスの中心にいるタイプではない。
けれど、不思議と目を引く。
話しかければ優しいし、頭もいい。困っている人がいたら自然に助ける。
だからこそ、密かに人気があった。
本人はまるで気づいていないが。
「前まで放課後ずっと図書室いたじゃん?」
「うんうん」
「でも最近チャイム鳴った瞬間帰る」
「怪しすぎる……」
実際、その通りだった。
以前のすちは放課後になると図書室へ直行し、閉館近くまで勉強していた。
だがここ最近は違う。
授業が終わると、すぐ荷物をまとめて帰る。
しかもどこか急いでいる。
これはもう、恋だろう。
女子たちの推理は盛り上がるばかりだった。
「尾行する?」
「えっ」
「いやでも気になる!」
「見たい!」
そして放課後。
すちはいつも通り静かに教室を出ていった。
その後ろを、数人の女子がこっそり追いかける。
「やば、なんかスパイみたい」
「静かに静かに!」
すちは気づいていない。
いつもの穏やかな足取りで駅前を抜け、そのまま住宅街へ向かう。
「どこ行くんだろ」
「カフェとか?」
「彼女ん家?」
予想が飛び交う。
けれど、たどり着いた場所を見て全員が首を傾げた。
「……公園?」
夕方の公園。
小学生たちが走り回り、遊具には笑い声が飛び交っている。
すちはその入り口で立ち止まった。
そして。
「みことー」
優しい声で名前を呼ぶ。
すると、ジャングルジムの向こうから小さな影が飛び出してきた。
「あっ!!」
ふわふわの髪を揺らしながら、男の子が全力で駆けてくる。
「おにいちゃーん!!」
ぱたぱたぱたっ。
一直線だった。
勢いそのまま、みことはすちへ飛びつく。
「うおっと」
すちは慣れた手つきで受け止める。
みことはぎゅうっと首へ抱きついた。
「おむかえきた!」
「来たよ」
「えへへ」
夕焼けみたいに明るい笑顔だった。
すちはその頭を自然に撫でる。
「いっぱい遊んだ?」
「うん! 今日ね、鬼ごっこした!」
「また?」
「あとサッカー!」
「元気だなぁ……」
困ったように笑う声が、びっくりするほど優しい。
女子たちは少し離れた茂みの影で固まっていた。
「……え」
「彼女じゃなかった」
「ちっちゃい子……」
「弟?」
みことはすちに抱きついたまま、嬉しそうに喋り続けている。
すちはちゃんと目を見て頷いていた。
急かさない。
適当に流さない。
一つ一つ丁寧に返している。
「おにいちゃん聞いてる?」
「聞いてる聞いてる」
「今日ね、逆上がり成功した!」
「ほんと? すごいじゃん」
「三回できた!」
「天才かも」
「でしょ!」
みことは得意げに胸を張る。
その顔を見て、すちはふっと目を細めた。
柔らかい。
学校ではあまり見ない顔だった。
女子のひとりがぽつりと呟く。
「……なんか」
「うん」
「めっちゃお兄ちゃんだ……」
彼女たちが知っているすちは、静かで優しくて、どこか掴みどころがない人だった。
でも今は違う。
目の前のみことを見つめる視線が、あまりにもあたたかい。
「おにいちゃん、今日ね!」
「ん?」
「ぼく、お友達といっぱいしゃべれた!」
その瞬間。
すちの目が少し丸くなった。
「ほんと?」
「うん!」
「……そっか」
嬉しそうだった。
自分のことみたいに。
すちはしゃがみ込み、みことの頭をくしゃっと撫でる。
「頑張ったね」
「えへへ……」
褒められたみことが照れくさそうに笑う。
その笑顔は、完全に“お兄ちゃん大好き”の顔だった。
女子たちは顔を見合わせる。
「なにこれ」
「尊い……」
「え、無理」
「こんなん好きになるじゃん」
ひそひそ騒ぐ中、すちは全く気づかないままみことの荷物を持った。
「帰る?」
「かえる!」
「今日夕飯ハンバーグらしいよ」
「ほんと!?」
みことの目が輝く。
「はやく帰ろ!」
今度はみことがすちの手を引っ張る番だった。
すちは苦笑しながら、その小さな手を握り返す。
「転ぶなよ」
「だいじょーぶ!」
夕焼けの道を並んで歩いていく二人。
その背中を見送りながら、女子のひとりがぼそっと言った。
「……彼女できた説より破壊力あるんだけど」
誰も否定しなかった。
すちとみことは並んで歩いている。
みことは上機嫌だった。
片手はすちと繋がれ、もう片方の手では公園で拾ったどんぐりを大事そうに握っている。
「おにいちゃん見て、まるい!」
「ほんとだ」
「かわいい!」
「どんぐりに可愛いってあるんだ」
「あるもん!」
むっと頬を膨らませるみことに、すちはくすっと笑った。
その後ろを、数人の女子がこそこそついていく。
「……やっぱ彼女じゃないね」
「弟くんだったかぁ」
「でもめちゃくちゃ仲良い……」
「すちくん、一人っ子じゃなかったっけ?」
その言葉に、別の女子が小さく頷く。
「あ、でも前に聞いたことある。ご両親再婚したって」
「じゃあ最近できた弟なんだ」
「なるほど……」
納得したように頷き合う。
そのときだった。
みことがふと振り返る。
「……?」
ぴたり、と歩みが止まった。
女子たちがぎくっと固まる。
みことはじーっと彼女たちを見つめ、それからすちを見上げた。
「おにいちゃん」
「ん?」
「あの人たち、おにいちゃんのお友達?」
「……え?」
すちはそこで初めて後ろの気配に気づいた。
振り返った瞬間、女子たちとばっちり目が合う。
「わっ」
「きゃっ」
「ご、ごめんなさい!!」
一斉に謝られ、すちは完全に混乱した。
「え、なんで?」
「いやその……」
女子たちは顔を見合わせる。
誰が説明するのか押し付け合った末、ひとりが観念したように前へ出た。
「……すちくんに彼女できたのかなって思って」
「え?」
「最近すぐ帰るし、なんか急いでるし……」
「それで気になって……尾行しました……」
最後の声が小さくなる。
すちはぽかんとした。
尾行。
そんなドラマみたいなことある?
「ご、ごめんなさい!」
「ほんと悪気はなくて!」
「気持ち悪かったよね!?」
慌てる女子たちに、すちは少し困ったように笑った。
「いや……別に怒ってないけど」
「ほんと!?」
「うん」
穏やかに返され、女子たちはほっと胸を撫で下ろす。
その横で。
みことが不思議そうに首を傾げていた。
「……かのじょ?」
小さな声だった。
すちはぎくっとする。
「え」
「かのじょってなぁに?」
「…………」
困った。
すちは完全に固まる。
小学生にどう説明すればいいのかわからない。
女子たちも「あっ」となった顔をした。
「えーっと……」
「その……」
みんな揃って言葉に詰まる。
沈黙。
そのあと、女子のひとりがぽつりと呟いた。
「……誰よりも大切な存在、かなぁ」
優しい説明だった。
でも。
みことの動きが止まる。
「……誰よりも?」
その声が妙に小さかった。
「え」
「ぼくよりも、大切……?」
みるみるうちに、みことの目に涙が溜まっていく。
女子たちが青ざめた。
「あっ違う!!」
「違うから!!」
「弟くん!? 待って!?」
みことは唇をきゅっと結んでいた。
泣くのを我慢している顔。
その顔を見た瞬間、女子たちは大混乱に陥る。
「すちくんは弟くんのこと大好きだから!」
「そうそう!!」
「彼女とか作らないよ!!」
「大丈夫!!」
「え?」
すちは微妙な顔になった。
勝手に“彼女できない認定”されている。
なんとも言えない。
「いや別に作らないとは言ってな……」
「はあ!?」
みことの目から、ぽろっと涙が零れた。
「ああああ!!」
「違う違う違う!!」
「すちくん空気読んで!!」
「え、俺!?」
完全に巻き込まれていた。
みことはぐす、と鼻を鳴らしながらすちの服を掴む。
「おにいちゃん……」
「みこと」
すちはしゃがみ込み、目線を合わせた。
「泣くほどの話じゃないって」
「……でも」
「俺、ちゃんとみことのこと大事にしてるだろ」
みことは涙目のまま頷く。
「……うん」
「じゃあそれでいいじゃん」
頭を撫でると、みことは少しだけ落ち着いた。
女子たちは胸を撫で下ろす。
「よ、よかった……」
「なんかごめんね弟くん……!」
「ほんとごめん……!」
みことは涙を拭きながら、小さく頷いた。
そして女子たちと別れたあと。
夕焼けの道を歩きながら、みことはずっと静かだった。
どんぐりを握る手にも力がない。
すちはちら、と横を見る。
「……みこと?」
「……」
返事がない。
下を向いたまま、とぼとぼ歩いている。
「まだ気にしてる?」
すると。
みことの目に、またじわっと涙が浮かんだ。
「……だって」
声が震える。
「おにいちゃんにかのじょができたら……」
ぽろ。
涙が落ちた。
「ぼく、いちばんじゃなくなる……?」
すちは目を瞬く。
みことはそのまま泣き出してしまった。
「やだぁ……っ」
「みこと」
「おにいちゃん、とられちゃうのやだぁ……っ」
しゃくしゃく泣く姿に、通行人まで振り返る。
すちは慌てた。
「ちょ、待って待って」
でも涙は止まらない。
みことは小さい子みたいに泣いていた。
胸が苦しくなる。
すちは少し困ったように息を吐くと、みことをひょいと抱き上げた。
「わ……っ」
「歩ける?」
みことは首を横に振る。
涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、すちの肩へしがみついた。
「おにいちゃん……」
「うん」
「……ぼくの?」
その問いがあまりにも必死で。
すちは思わず苦笑した。
「みことのだよ」
「ほんと……?」
「ほんと」
背中をぽんぽん叩く。
「そんな泣くなって」
けれど、みことは首を横に振った。
「やぁ……っ」
涙が次から次へ溢れて、すちの制服の肩を濡らしていく。
「おにいちゃん……っ」
「うん」
「おにいちゃん、かのじょできたら、ぼくとあそばなくなる……っ」
「ならないよ」
「ほんとにぃ……?」
「ほんと」
即答したのに、みことの涙は止まらない。
むしろ不安そうに顔を歪める。
「だってぇ……っ、みんな、だいじなひとってぇ……」
「うん」
「ぼく、いらなくなる……っ」
「ならないって」
すちは困ったように眉を下げた。
こんなに泣くと思わなかった。
しょんぼりすることはあっても、ここまで泣きじゃくるのは珍しい。
きっと。
それだけ、“兄”という存在が大きくなっていたのだ。
「みこと」
すちは足を止めた。
街灯がぽつりと灯り始めている。
すちは腕の中のみことを少し抱え直した。
「顔見せて」
でも、みことは嫌々するみたいに首を振り、すちの肩へ顔を埋める。
「やだぁ……っ」
「なんで」
「かお、へんになってるもん……っ」
泣きすぎて、声がぐちゃぐちゃだった。
すちは思わず小さく笑う。
「別に変じゃないよ」
「へんだもん……」
「みことはいつでも可愛い」
ぽろっ。
また涙が落ちる。
「うぇぇ……っ」
「え、なんで増えた?」
「だってぇ……っ」
可愛いと言われたせいか、余計泣き始めてしまった。
すちは完全にお手上げだった。
背中を撫でても。
頭を撫でても。
「よしよし」
「ぅぅ……っ」
「大丈夫だって」
「やだぁ……」
全然止まらない。
通りすがりのおばあちゃんにまで「まぁまぁ」みたいな顔をされてしまった。
すちは少し恥ずかしくなる。
「みことー」
「ぅぅ……」
「俺、そんな簡単にみこと放っとかないよ」
すると、みことの肩がぴくっと揺れた。
「……ほんと?」
「うん」
「ずっと……?」
「ずっとはわかんないけど」
「ぁ……っ」
また涙腺が崩壊しかける。
「いや待って待って!!」
すちは慌てた。
「言い方ミスった!」
みことはぐすぐす泣きながら、完全に絶望した顔になっている。
すちは焦って言葉を探した。
「えっと……なんて言えばいいんだ……」
恋愛経験ゼロの高校生には難易度が高すぎる。
でも。
腕の中でこんな不安そうに泣かれると、ちゃんと伝えたくなる。
すちはみことの頭を撫でながら、小さく息を吐いた。
「……俺さ」
「……っ」
「みことといるの、好きなんだよ」
みことが少しだけ顔を上げる。
涙でぐしゃぐしゃの顔。
目元も鼻も真っ赤だった。
「学校終わったら早く帰りたいって思うし」
「……ぅ」
「今日なにしてるかなって考えるし」
「……っ」
「みことが笑ってると嬉しい」
ぽろぽろ涙を流しながら、みことはじっと聞いている。
「だから」
すちは少し照れくさそうに笑った。
「急にいなくなったりしないよ」
沈黙。
そのあと。
みことの顔がぐしゃっと歪む。
「うぅぇぇぇ……っ」
「なんでぇ!?」
止まるどころか、さらに泣き始めた。
「おにいちゃんやさしいぃ……っ」
「そこ!?」
すちはもう笑うしかなかった。
みことは泣きながらすちの首へぎゅうっと抱きつく。
「すきぃ……っ」
「うんうん」
「おにいちゃんすきぃ……っ」
「知ってる」
よしよし、と背中を撫で続ける。
みことはしばらくしゃくりあげていたが、少しずつ呼吸が落ち着いてきた。
それでもまだ、すちの服を離さない。
まるで離れたら本当にいなくなるみたいに。
すちはその小さな体をしっかり抱え直す。
「……帰ろっか」
みことは涙声のまま、小さく頷く。
「……ん」
鼻をすすりながら、みことはまた肩へ顔を埋めた。
その重みを感じながら、すちはゆっくり歩き出す。
夜風は少し涼しかったけれど。
腕の中だけは、妙にあたたかかった。
玄関の扉が開く。
「ただいま……」
すちが疲れた声で言った瞬間だった。
「みことくん!?」
リビングから出てきた母親が、目を見開く。
みことはすちに抱っこされたまま、ぐすぐす泣いていた。
目元は真っ赤。
鼻も赤い。
泣き疲れて肩をひくひくさせている。
「えっ、ちょっと、どうしたの!?」
その視線がすちへ向く。
「……すち?」
「はい」
「みことくん泣かせたの!?」
「いや違っ」
「何したの!?」
「俺悪くないと思うんだけど!?」
すちは完全に犯人扱いだった。
みことはすちの首へ腕を回したまま離れない。
むしろ問い詰められているすちを庇うみたいに、さらにぎゅうっとしがみつく。
「おにいちゃん……」
「うんうん」
「だいすきぃ……」
「はいはい」
泣き声混じりの告白。
母親は困惑しきっていた。
「え、何事……?」
そこへ父親もやってくる。
「どうした?」
「みことくんが大泣きで帰ってきたの!」
「えぇ?」
父親も驚いて目を丸くした。
すちは深いため息を吐く。
「……説明すると長いんだけど」
「して」
「はい」
観念して、すちはぽつぽつ話し始めた。
学校で彼女疑惑が出ていたこと。
女子たちに尾行されたこと。
“彼女”の意味を聞かれたこと。
そして、“誰よりも大切な存在”という説明を聞いたみことが、「ぼくより大切な人ができる」と勘違いしてしまったこと。
話を聞き終えた母親は、数秒黙ったあと。
「……なるほど」
「はい」
「すち」
「はい」
「それは半分くらいあんたのせいね」
「なんで!?」
「言い方!!」
すちはぐっと詰まる。
確かに途中で「ずっとはわかんないけど」とか言ってしまった記憶がある。
完全に失言だった。
「うぅ……っ」
みことがまたしゃくりあげる。
すちは慌てて背中を撫でた。
「ほら、泣かない」
「だってぇ……」
「大丈夫だから」
みことは涙目のまま、すちを見上げる。
「おにいちゃん、どっかいかない……?」
「行かないよ」
「ほんと……?」
「ほんと」
その返事に少し安心したのか、みことはまたすちの肩へ顔を埋めた。
でも腕は全然離れない。
完全に抱っこ固定モードだった。
父親がその様子を見ながら、ふっと笑う。
「みことは本当にお兄ちゃん好きだなぁ」
「……ぅ」
「父さんのところ来てもいいんだぞー?」
軽く両手を広げてみせる。
だが。
「やだ」
即答だった。
しかも顔すら上げない。
父親がショックを受けた顔になる。
「即答!?」
「おにいちゃんがいい……」
ぐすぐす言いながら、みことはさらにすちへくっつく。
すちは苦笑した。
「完全に拒否されてるじゃないですか」
「父さん泣いちゃう」
「泣かないで」
母親が呆れたように笑う。
リビングの空気が少し和らぐ。
けれどみことだけは、まだ不安そうだった。
すちはその背中をぽんぽん叩きながら、ゆっくりソファへ座る。
みことは自然に膝へ乗ってきた。
まるでそこが定位置みたいに。
「おにいちゃん」
「ん?」
「……かのじょ、いらない?」
「えぇ……」
すちは困った顔になる。
母親が吹き出しそうになっている。
「みことくん、それはちょっと難しい質問じゃない?」
「だってぇ……」
また涙が滲みそうになり、すちは慌てた。
「あーもう泣くな泣くな」
頭を撫でる。
みことはすぐ大人しくなる。
本当にすちに弱い。
父親がしみじみ呟いた。
「兄弟ってこんな懐くもんなんだなぁ……」
「俺もびっくりしてます」
「おにいちゃん、やさしいもん……」
みことが小さく言う。
泣き疲れて声がとろとろだった。
すちはその髪を整えるように撫でながら、静かに息を吐いた。
「……今日は甘えん坊すぎ」
「だって……」
「まったく…」
でも。
離れたくないと必死にしがみつく小さな体を、振り払う気にはなれなかった。
むしろ、少し愛おしいと思ってしまう。
すちはみことを抱え直しながら、困ったように笑う。
その胸元で、みことはようやく少しだけ落ち着いた呼吸をしていた。
「おにいちゃん……」
「ん?」
「……かのじょ、つくる?」
また聞いてきた。
涙で潤んだ目が、不安そうに揺れている。
すちは困ったように息を吐いた。
「そんな気になる?」
こくり。
みことは真剣に頷く。
その顔があまりにも必死で、すちは少し黙り込んだ。
「……うーん」
顎に手を当てて考える。
母親が「変なこと言わないでよ」と言いたげな顔で見ている。
父親は面白そうに眺めていた。
そして数秒後。
すちはみことの頭を撫でながら言った。
「……じゃあ、みことに彼女できるまでは作らないでおこうかな」
ぴたり。
一瞬、部屋が静まる。
「え」
母親が真顔になった。
父親も「ん?」という顔をする。
みことだけが、きょとんとしている。
「ぼくに?」
「うん」
「ぼくにかのじょできるまで?」
「それまでなら安心でしょ」
すると。
みことの顔が、ぱあっと明るくなった。
さっきまで涙でしょぼしょぼだったのに、まるで曇り空から急に太陽が出たみたいに。
「ほんと!?」
「うわ近」
勢いよく顔を寄せられ、すちは少し仰け反る。
でも、みことはもう嬉しくて仕方ない様子だった。
「やったぁ……!」
ぎゅううっと抱きついてくる。
泣いていたことなんて忘れたみたいだ。
「おにいちゃんぼくの!」
「はいはい」
「えへへ……」
にこにこである。
その様子を見ていた母親が、呆れた顔で呟いた。
「……すち、一生彼女できなさそうね」
「なんで!?」
「だってその子、絶対離さないわよ」
みことはその言葉に、すちへさらにぴったりくっついた。
否定するどころか、むしろ当然みたいな顔をしている。
父親まで頷く。
「父さんも同意見だなぁ」
「親まで!?」
「いやぁ、みこと見てると無理そう」
「無理って何が」
「お兄ちゃん大好きすぎる」
すちは反論しようとして、膝の上を見る。
みことは幸せそうにすちへ抱きついていた。
頬を擦り寄せる勢いである。
「……」
ちょっと否定しづらい。
「ほら見ろ」
「認めた」
「いや認めてないですけど!?」
母親たちは笑っている。
一方みことは、もう完全復活だった。
「おにいちゃん!」
「ん?」
「ぼく、かのじょいらない!」
「えぇ……」
「ずっとおにいちゃんといる!」
「それはそれで将来心配なんだけど」
すちは苦笑する。
だが、みことは本気だった。
きらきらした目で見上げてくる。
「だっておにいちゃんだいすきだもん!」
ストレートすぎる。
すちは少し照れくさそうに視線を逸らした。
「……そんな毎回言わなくていいって」
「ほんとだもん!」
「はいはい」
ぽん、と頭を撫でる。
するとみことは嬉しそうに目を細めた。
さっきまで泣いていたのが嘘みたいだった。
父親がその様子を見ながら笑う。
「みこと、機嫌直るの早いな」
「おにいちゃんいるから!」
「完全にすち中心で回ってるなぁ」
「やめてください」
すちは少し恥ずかしくなる。
でも。
腕の中で安心しきって笑うみことを見ると、悪い気はしなかった。
むしろ。
こんなに必要とされるのは、少し嬉しい。
「おにいちゃん」
「んー?」
「だいすき」
「……今日それ何回目?」
「いっぱい!」
みことはきゃはっと笑う。
その笑顔に、すちは結局また頭を撫でてしまうのだった。
♡.*・゚———————.*・゚♡
次話更新:♡1000⬆
コメント
4件
やばい!好きすぎます♡みことくんが大きくなった未来が気になりすぎます!
あまりにも尊い。女の子たちもいい子だったし、ショック受けてるお父さんも可愛いです!笑
神作品ありがとうございますっ ♡10しか押せないぃ……