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(監視するって……本当に、私の扱いどうなってるの?)
エルと名乗ったメイドの目は鋭く冷たかった。とても、つかえる人の向ける目ではない、そう感じていた。でも、私はそれに対して文句は言えなし、怖さのあまり声が出なかったと言っても正しいかも知れない。
皇帝陛下は、満足したようにニタリと笑ってその身体を翻し大広間を出て行った。後は全てメイドに聞けとでも言うのだろう。
残されたのは私と、リース、そしてメイドだけだった。
「エトワール……すまない。こんなことになってしまって。どう、すればいいか」
「いいよ。多分、外に出ることも出来ないしね。はじめから仕組まれてたんじゃないかなって思う。でも、ほらさ、私がその、結婚式で暴れなければ解放されるかもだし、希望を持とうよ、希望を」
私は、わざと明るく取り繕ってリースを励ました。彼は浮かない顔をしていて、それこそ、本当に罪悪感で一杯だ、というようなかおをしていた。また、そんなかおをさせてしまっていることに対して、こちらも苦しくなってくるが、こればかりは仕方がない。
皇宮から出られないのは間違いないだろう。多分、結界がまだ張られていて、私はこの外に出ることが出来ない。とすれば、ここで大人しく付き従っていた方がいいのではないかと。まあ、それもストレスというか、嫌だし、人間として扱われていないなと感じるけれど、これ以上皇帝の機嫌を損ねるわけにはいかない。
「本当にいいのか、エトワール。いや、いいという言い方は、間違っているのかも知れないな……俺の不注意で」
「ううん、リースのせいじゃない。だから、そんな落ち込まないで」
「エトワール」
「ちゃんと祝うから、ね?もし式の最中にそんな顔したら後で叩くんだから」
「叩いたら、それこそ暴力罪だとか何とか言われるんじゃないか」
「あっそっか……でも、ほんと、リース、気にしなくていいから」
これは私の問題。私の身体が、エトワール・ヴィアラッテアという存在が甲であったために起こった問題。誰も悪くない。勿論、自分が悪いとも思っていない。ただそう、誰が悪いとか決めつける問題じゃないのかも知れない。
エトワール・ヴィアラッテアは、はじめからそうやって設定されていた。私はここで生きている。ここが、私の現実になるのだが、周りの人からすればこれは作られた世界で設定されていて。大まかな内容は変わらないのだと。手が込んでいる作品だと思って私は受け入れないけれど、受け入れることにしている。
今更変わるわけがない。
もしかしたら変わらないように設定されているのかも知れない。だから、人の心を変えようとは思わない。攻略キャラの心が変わるのは、きっと誰でも攻略できるように設定されているんじゃないかなとか。
設定とか、彼らに対して、もう使いたくないのだが、それでもそう思ってしまうのも確かで。
(いけない、話がそれた)
「リース……」
「ごほん……エトワール様、そろそろ部屋に行きましょう」
「えっ、待って、何で手を掴むの?」
エルと名乗ったメイドは私の腕を掴んでぐんぐんと歩き出した。腕がもげるんじゃないかと言うくらい強く握られている。話に割り込んできて、そうして自分勝手に。わけが分からなかったが、エルが、皇帝の配下にあるというのならここで問題行動を起こしたら元も子もないんじゃないかと。
だが、それを許さなかったのは私ではなくリースだった。
「おい」
「何でしょうか。皇太子殿下」
「彼女が嫌がっている。他に方法があるだろう。メイドが、主人に対してその反応とは頂けないな」
「私の主人はあくまで皇帝陛下なので。皇太子殿下ではないので、そこの所を間違いないで頂きたい。私は、貴方に付き従う理由はないのです」
そう、エルははっきりと言った。本当にはっきりと、淀むことなく。それを聞いて、リースはピクリと眉を動かした。あまりにいい方があれだったのだろう。確かに、エルは皇帝の配下なのかも知れないけれど。皇太子を邪険にしていいような立場ではないはずなのだ。
リースがエルの手を掴んで離さないので、このまままた問題が起こってそれが変な飛躍の仕方をして私が悪いと言うことになって、リースにまで迷惑をかけたら……と、私はリースの手を掴んだ。
「いいの、リース」
「だが……これはおかしいだろう」
「だって、エルは私の監視だし。私のメイド……次女は、リュシオルだけって決めているから。だからね、大丈夫だから」
「エトワール」
「何度も言わせないで」
私は、エルのように強く言った。私の必死さを受けて、リースは手を緩める。それを見計らってか、エルはぐんぐんとまた歩き出した。私の事なんてちっとも考えずに歩いて行くのだ。確かにこれはどうかしている。
最後になるかも知れないと、私は後ろを振返りリースを見る。彼は私のことをじっと見つめていて、悔しそうに唇を噛み締めていた。心の中で何度もごめんと私は繰り返して、大広間を後にする。
廊下を歩く際も、エルは何も喋らなかった。あくまで彼女の仕事はメイドではなく監視なのだろう。そこを徹底しているのか、彼女も股私のことが嫌いなのか。初対面の人間にも嫌われるって相当だなあ、とそれは少し傷ついた。だからといって、彼女と話さない何てことも考えられなかった。先ほど、決められた設定は覆せないと思ったけど、話してみれば案外どうにかなるんじゃないかなって言う考えもあって。
「エル」
「……」
「エル、聞いてるの、エル?」
「…………」
「エル!」
何度彼女の名前を叫んでも、エルは答えなかった。よっぽど私のことが嫌いらしい。壁に喋りかけているような気分になって、自分の声が跳ね返ってくる。虚しさばかりが募っていって、心がずきずきと痛んだ。
掴んでいる手には力が込められているし、骨もミシミシとなっている。捕まれたところが痕になるんじゃないかと心配もしている。誰も私の事なんて心配しないだろうけど。
私は、彼女のか弱い背中を見ながら、ほんとに反応がないエルが人間なのか不安になってきて、それがポロりと漏れた。
「エルは、私のことが嫌いなの?」
すると、エルはピタリと足を止め、私の方を振返った。腕は依然捕まれたままだ。
エルはじっと私を睨み、オレンジ色の瞳に影が差していく。憎悪とか、殺意とかそう言うものが滲んでいるような気がした。其れが私の中にも入り込んでくるような気がして、目をそらしたくなった。でも、目をそらすこと出来なかった。理由は分からない。
そんな風に真っ直ぐで歪な憎悪と殺意を前に私は何も言えなかった。そんなに嫌われていると思わなかったからだ。この様子じゃ、話さない方がいいのかも知れないと、そう思うほどに。
「……嫌いか、ですか」
「え、う、うん……そう、聞いた。答えてくれると嬉しいけど……ああ、でも嫌いとか言われるのは嫌かも」
「嫌いです」
「うっ」
嫌かもと言う前に彼女はぴしゃりとその言葉を放った。私のことが本当に嫌いだったんだって、初対面なのに何で? という気持ちも生れてきた。でも彼女の目を見れば、嫌われていることは一目瞭然だったのかも知れない。
「貴方は何を勘違いしているか分かりませんが、私の仕事はあくまで貴方の監視です。貴方の元侍女のように貴方をお世話することはないでしょう。まあ、身分はメイドですので、それなりに仕事はこなしますが、皇帝陛下から邪険に扱っても問題ないと言われているので」
「……私は人間なんだけど」
「ええ、人間でしょうね。そして、偽物の聖女」
「……」
言葉の節々から垣間見れる強い殺意。何故そこまでエルを駆り立てているのか分からない。けれど、彼女は親を殺されたとでも言わんばかりに睨み付けてくるのだ。リュシオルと違う、というのは誰が見ても分かる。
「そっか……私のことが嫌い、か。やっぱり私が、この髪色と瞳だから?」
「……」
「聖女じゃないから嫌っているなら……まあ、確かに。この世界の人はそうよね。そう思っちゃうんだよね」
私は独り言のように呟く。
エルがどう思っているかは分からないけれど、この世界の人はそう偽物に接するように出来ている、設定されている。だから、エルがただのモブであればそう思っていても仕方がない。
私が感傷に浸っているとエルがボソッと何かを口にした。
「…………偽物だからと嫌われるなんて、意味が分かりません」
「エル?」
「何でもないです。早く部屋に行きましょう。貴方の、三日間過ごす監視部屋、牢獄に」
そう言ってエルはまた、私の腕を掴んで歩き出した。