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理人がデスクに戻るなり、萩原が書類の束を持って駆け寄ってきた。
「部長、探しましたよ! すみません、これを大至急確認していただきたいのですが……」
「……あぁ」
受け取った資料に目を通しながら、チラリと萩原を盗み見る。
(……こいつも、もしあの写真を見たら、あんな風に俺を蔑むんだろうか)
性の多様化が謳われる時代とはいえ、朝倉のような拒絶反応を示す者はまだ根強い。いずれ露見するリスクは覚悟していた。
だからこそ、職場や仕事に関わる相手とは一線を画してきたはずなのに。
気づけば、膝の上で拳を強く握りしめていた。掌に爪が深く食い込み、微かな痛みが走る。
「部長?」
「――このグラフ、何を一番伝えたいのかさっぱり分からん。もう一度コンセプトを読み込んでから持ってこい。新婚旅行明けで頭が回ってないんじゃないのか?」
「っ、……すみません。すぐにやり直します」
理人は気を取り直すように萩原を追い返すと、パソコンを立ち上げた。 朝倉がバックアップを隠し持っている可能性はゼロではない。だが、これ以上怯えてやる必要はないだろう。
(……実際、朝倉の娘と岩隈の決定的な証拠なんて持ってねぇけどな)
小心者の朝倉が、溺愛する娘を犠牲にするような賭けに出るとは思えない。理人は椅子に深く座り直すと、溜まった業務に没頭した。
けれど、朝倉に吐き捨てられた「気色悪い」という言葉だけが、いつまでも心に棘のように突き刺さり、理人の気分をじわじわと沈ませていた。
『気色悪ぃ』
呪いのように繰り返される言葉を振り払いたくて、理人は仕事終わりにナオミの店へと足を運んでいた。
カウンター席でモスコミュールをちびちびと煽りながら、店内の様子を窺う。クリスマス間近とあって、店内はカップルたちの熱気で溢れていた。 この店では、性別に関わらず誰もが「カップル」として当たり前のように受け入れられている。
その光景を眺めているだけで、荒んでいた心が少しだけ凪いでいく気がした。
自分が思ってい た以上に、朝倉の言葉が堪えていたようだ。
自分の存在そのものを汚物のように否定された感覚。惨めな思いが胸の奥で渦を巻く。
「――はぁ……」
何度目か分からない溜息を吐き、理人はカウンターに突っ伏した。
「あら、今日は一段と凹んでるわね。……まだ瀬名君と拗らせてるの?」
目の前にウィスキーのグラスがことりと置かれた。ナオミの問いかけに、理人は重い吐息を漏らす。
「……別に、そんなんじゃねぇよ」
「じゃあ何? なんでそんなお通夜みたいな顔してるのよ」
理人は答えず、グラスの中の氷をカランと鳴らした。無意識にポケットを探り、取り出した煙草を口に咥える。
火を付けようとしたその時――。
「あら? 理人ってば銘柄替えたの? 随分とヘビーなのを吸い始めたのねぇ」
「……あ」
しまった、と舌打ちした。咥えていたのは、瀬名が愛用している銘柄だ。
昨夜、彼が置いていったものを返すつもりで預かっていたのを忘れていた。
理人は慌ててそれを箱に戻し、自分の銘柄を取り出し直した。
それを見ていたナオミが、何かを察したようにニヤリと口角を上げる。
「なんだかんだ言って、ラブラブみたいで羨ましいわぁ~」
「はあ!? 何を意味分かんねぇこと言ってやがる。俺は別に……」
「でもさっきの、瀬名君がよく吸ってるヤツでしょ? なぁんで理人が持ってるのよ」
「そ、それは……っ! ……たまたまだ。アイツが家に忘れていったから、返すつもりで持ってただけだ」
「ふぅん? たまたま、ねぇ? 理人の家に行くような間柄なのね。……『面倒くさいからワンナイトしかしない』って豪語してたのは誰だったかしら?」
「チッ……うるさい!」
ぎろりと睨み付けると、ナオミは「おー、怖い怖い」と肩をすくめ、スナックの皿を置いてそそくさと他の客の元へ逃げていった。