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全く、こうなら部屋で一人で飲んでいた方がまだ良かったかもしれない。
ふぅ、と重い息を吐いて椅子に凭れながらウィスキーを転がしていると、視界の端に見覚えのある男が入ってきた。
いかにも軽薄そうな風貌のその男は、キョロキョロと店内を見回していたが、理人を見つけると迷いのない足取りでこちらへ向かってくる。
「あ、いたいた……。遅くなってすみません。ちょっと『例のモノ』を探すのに手間取っちゃって」
「気にするな。適当に飲んでいただけだから」
「ハハッ、もしかして結構いっちゃってます?」
苦笑しながら理人の隣に腰掛けたのは、かつて仕事上のツテで知り合った探偵の東雲東雲だった。 彼は手に持っていた紙袋をテーブルに置くと、中身を理人にだけ見えるように開く。
「はい、頼まれてたやつ」
「……あぁ、助かる」
中には数枚の写真が入っていた。そのうちの一枚を指先でつまみ、眺める。
先日、岩隈と朝倉がホテルへ入っていくのを目撃した際、偶然近くで張り込みをしていた東雲と遭遇したのを思い出し、「もしや」と期待を込めて連絡を入れていたのだ。
あの時の遭遇が「出来すぎた偶然」だとは感じていたが、まさか。
「よく撮れてるでしょ?」
「……問題ない。まさかお前が、岩隈専務の浮気調査を他から依頼されていたとはな。お陰で助かった」
「クライアント以外への流出なんて、本当は御法度なんですからね! 他でもない鬼塚さんだから横流ししたんですから……」
「そうか。……悪かったな」
「いえ。まぁ報酬は先方からたっぷり貰ってますし。……それにしても、こんなの一体どうするつもりです?」
「ちょっと、色々あってな。……保険みたいなもんだ」
理人は曖昧に微笑むだけで、それ以上は語らなかった。朝倉に突きつける「本物の証拠」がこれで手に入った。東雲は釈然としない表情を浮かべつつも追及はせず、注文したビールを一気に喉へ流し込んだ。
「あぁ、そうだ。もう一つの件ですが……もう少し待ってください。もしかしたら、ヤバいのが絡んでるかもしれないんで」
「ヤバいもの?」
理人の眉根が寄る。東雲は辺りを警戒するように見回し、声を潜めた。
「……俗に言う、ソッチ系の人たちと関わりがあるかもしれないってことです」
「――な……っ!」
思わず絶句した。 片桐課長の「朝倉には気を付けろ」という一言が気になり、事故の再調査を依頼していたのだが、まさか背後に反社会的勢力の影があるとは想像もしていなかった。
という事は、やはりあの事故は――。課長は、朝倉の手によって「消されかけた」のではないか。
「あー、鬼塚さん。まだ可能性があるってだけで、決まったわけじゃないですからね?」
黙り込んでしまった理人を気遣うように、東雲がすかさずフォローを入れる。
「すまない。……また何かわかったら連絡してくれ」
「はぁい、了解♪ ……ところで、鬼塚サン。オレ、今回かなりの無茶振りに応えてあげたじゃないっすか……。それなりの『対価』が欲しいなぁ……」
するりと、東雲の手が理人の太腿を這い上がってきた。 理人はぴくりと身体を震わせ、深い溜息を零す。 腕はいいが、こういう節操のなさがなければいい男なのだが。理人はその手をぺしりと叩き落とし、グラスを空にした。
「ちょっと、酷くない? オレ、鬼塚サンのあのえっろい腰遣いが忘れられなくて……」
グイッと腰を引き寄せられ、熱い吐息とともに囁かれる。理人は眉間に指を当てて唸った。
「ねぇ、もう一回ヤらせてよ」
「――はぁ……。俺はそういう気分じゃねぇんだ」
「あれ? アルコール足りない? 前は自分から跨ってきたくせに……。もっと飲みます?」
理人のグラスに注ごうとする東雲の手首を、力強く掴んで制止させた。そして、呆れたように、かつ自分自身に言い聞かせるように断言した。
「……過去のことは忘れろ。俺はもう若くないし、こういう……行きずりのことは、もうしないと決めたんだ」
「……え……っ!?」
その言葉を聞いた瞬間、東雲はこれ以上ないほど目を見開いた。信じられないものを見た、という表情で固まっている。