テラーノベル
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全ての始まりは、一件のメッセージからだった。
平日の昼休み。時刻を確認しようとスマホを開くと、一件の通知が届いていた。
『今日の夜、空いとる?』
『どうしても話したいことがあるんよ』
送り主は舜太だった。
昔からの親友で、俺がもう何年も片想いをし続けている相手。
珍しいな。
メッセージを読んで、真っ先にそう思った。
社会人になってからの二年間、俺たちはお互い仕事に追われていた。連絡を取り合うことはあっても、二人でゆっくり過ごす時間はなかなか作れなかった。
だから、舜太からこうして誘ってくれるのが、少しだけ嬉しかった。
こんな機会、滅多にないんだから、絶対行かなきゃ。
そう考えて、俺は急いでスケジュールアプリで今日の予定を確認する。
幸い、今日は特に予定は入っていなかった。
『空いてるよ』
『何時くらい?』
送信して、スマホを机に置く。
すると、すぐにブザー音が響き、返信が来たのだとわかる。再び手に取り確認すると、
『よかった! 仕事終わりにご飯でも行かん?』
その文面に、思わず口元が緩む。
舜太と二人でご飯を食べるなんて、いつぶりだろう。
『いいよ』
短く返して、スマホを伏せた。
何を話すんだろう。
わざわざ「どうしても話したいことがある」なんて言うくらいだ。仕事のことかな、それとも何か別のことか。
それから仕事が終わるまで、俺は何度も同じことを考えていた。けれど、結局答えは出なかった。
そして、ついに待ち合わせの時間になった。
待ち合わせの時間よりも少しだけ早く着き、舜太を待っていると、少し離れた場所から、聞き慣れた声が聞こえた。
チラッとそちらに目を向ける。
「じゅう〜!」
俺を見つけた舜太が、少し小走りになってやって来た。昔から変わらない、大型犬のような笑顔を浮かべて。
「ごめんごめん、ちょっと仕事長引いて、遅なってもうた」
そんな姿を見ていると、昔から変わらないところもあるくせに、ちゃんと大人になったんだなぁ、なんて思ってしまう。
「全然いいよ。ほんとにちょっとなんだから」
「それよりほら、中入っちゃおうよ」
そう声をかけて、俺は一足先に店の暖簾をくぐり、戸を開けて中に入った。
店の中に入り、席につくと、舜太は「何頼も」と楽しそうにメニューを眺めはじめる。
「じゅう、これ好きやったよな、頼む?」
そう言って舜太が指差したのは、メニューの端に載っていた出汁巻き卵だった。
「昔、よく食べてたやん。今も好きなん?」
一瞬、言葉に詰まった。
……そんなこと、覚えてたんだ。
何年も前、まだ俺たちが学生だった頃。二人でよく行っていた店で、俺が毎回のように頼んでいたもの。今ではすっかり忘れていたような、どうでもいい記憶。
それを舜太は、当たり前みたいに覚えていた。
「……よく覚えてるね、そんなこと」
「そりゃ覚えとるやろ。じゅうのことやもん」
なんでもないことのように笑う舜太に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
ずるいな、ほんと。
そういうところが、ずっと好きなんだ。
「じゃあ、それ頼もうかな」
「俺もなんか頼も。あ、これもおいしそう!」
舜太は次々とメニューを指差しては、どれにしようかと悩んでいる。
「舜太、そんなに食べれんの?」
「食べれるって! ってかじゅうこそ、もっと食べた方がええんちゃう?」
「俺は普通だよ」
「えー、絶対うそやん」
昔から変わらないやり取り。
くだらないことで笑って、相手の言葉に突っ込んで。そんな時間が、俺は大好きだった。
何年経っても、舜太といるときだけは、昔の自分に戻れるような気がする。
大人になって、仕事が忙しくなって、学生の頃みたいに毎日顔を合わせることはなくなった。それでも、こうして会えば何も変わらない。
俺にとって、舜太はずっとそういう存在だった。
注文を終え、飲み物が運ばれてくると、俺たちは久しぶりにゆっくりと話し始めた。
「最近、仕事どうなん?」
「んー、まあまあかな。慣れてはきたけど、忙しいときはほんと忙しいよ」
「わかるわ。俺も最近ちょっとバタバタしててさ」
そんな何気ない会話から始まって、話題はいつの間にか学生時代の思い出へと移っていた。
「あのとき、じゅうめっちゃ怒られとったよな!」
「いやいや、しゅんだって一緒に怒られてたじゃん」
「え、そうやったっけ?」
「そうだよ! 自分だけ逃げようとしないでよ」
舜太は声を上げて笑った。
俺もつられて笑う。
ああ、やっぱり好きだな。
こうして隣で笑っている舜太が。
何年経っても変わらない、この時間が。
できることなら、ずっとこのままでいたかった。
「……あ、そうや」
ひとしきり笑ったあと、舜太がふと思い出したように顔を上げた。
「今日、話したいことあるって言っとったやん?」
「ああ、うん。何?」
俺がそう返すと、舜太は少し照れくさそうに笑った。
「実はさ、俺、彼女できたんよ」
一瞬、頭の中が真っ白になった。
「……え?」
思わず聞き返すと、舜太は恥ずかしそうに頬を掻いた。
「いや、だから。彼女」
「……いつから?」
「まだそんな長くないんやけどな、何ヶ月か前に、職場で出会ったんよ」
そう言いながら、舜太は嬉しそうに笑った。
その顔を見た瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
ああ。
そうなんだ。
舜太に、彼女ができたんだ。
当たり前のことだ。舜太だってもう二十四歳で、社会人になって二年目。恋人ができたって何もおかしくない。
むしろ、今までそういう話がなかったことの方が不思議なくらいだった。
それなのに。
「……へえ、そうなんだ」
なんとか声を絞り出す。
「うん。めっちゃええ人なんよ。話も合うし、一緒におって楽しいし」
舜太は楽しそうに話し続ける。
俺は相槌を打ちながら、その言葉を一つずつ聞いていた。
どこで出会ったのか。
どんなところが好きなのか。
一緒にいると、どんな気持ちになるのか。
……聞きたくない。
そう思うのに、親友の話だから、ちゃんと聞かなきゃいけない気もした。
「それでな、実は……」
舜太は少しだけ声を落とした。
「結婚も考えとるんよ、相手の方が年上やしさ、そろそろ考えたいみたいで」
その言葉を聞くと、今度こそ、何も言えなかった。
"結婚"
その二文字が、頭の中で何度も繰り返される。
彼女ができた。それだけなら、まだよかったのかもしれない。
いつか別れるかもしれない。
まだ付き合い始めたばかりなら、これからどうなるかなんて分からない。
そんなふうに、どこかで自分を納得させることもできたかもしれない。
でも、結婚は違う。
舜太がその人と人生を歩んでいくことを、本気で考えているということだ。
これから先、隣にいるのは俺じゃない。
舜太が嬉しいことを真っ先に報告する相手も、疲れた日に帰りたいと思う場所も、何年先の未来を一緒に想像する相手も。
俺じゃなくなる。
「……そっか」
気づけば、そんな言葉が口から出ていた。
「うん。まだ具体的に決まっとるわけやないんやけどな?でも、ちゃんと考えたいなって」
「おめでと、舜太なら、絶対幸せになれるよ」
自分でも驚くくらい、自然な声だった。
笑えているだろうか。
ちゃんと、親友の顔ができているだろうか。
舜太は俺の言葉を聞くと、ほっとしたように笑った。
「ありがと、じゅう。俺な、ホンマに一番最初にじゅうに話したかったんよ」
その言葉に、心臓が大きく跳ねた。
最初に。
その一言だけで、少しだけ救われた気がした。
まだ、俺は特別なんだ。
舜太にとって、一番に報告したい相手なんだ。
そう思いたかった。
「じゅうには、昔からなんでも話せるしさ。これからも相談乗ってな!」
「……もちろん」
そう答えながら、俺はグラスに視線を落とした。
なんでも話せる親友。
舜太にとって、俺はそういう存在なんだ。
ずっと隣にいた。誰よりも長い時間を一緒に過ごしてきた。
舜太の好きなものも、苦手なものも、昔の失敗も、くだらない癖も知っている。
俺は、舜太のことを誰よりも分かっているつもりだった。
それなのに。
舜太がこれから一緒に生きていく相手は、俺じゃない。
その事実だけが、どうしても受け入れられなかった。
それからも、俺たちはいろいろな話をした。
舜太の恋人の話。最近の仕事の話。学生時代の懐かしい思い出。
俺はいつも通りに笑って、いつも通りに相槌を打った。
舜太は最後まで楽しそうだった。
店を出る頃には、すっかりいつもの調子に戻っていた。
「今日はありがとな、じゅう! また近いうちご飯行こ!」
「うん。またね」
手を振る舜太の背中が、人混みの中に消えていく。
その姿を、俺はしばらく見つめていた。
さっきまで、すぐ目の前にいたのに。
手を伸ばせば届く距離にいたのに。
今はもう、俺の知らない誰かのもとへ帰っていく。
そう考えた途端、どうしようもなく寂しくなった。
帰り道、何度もスマホを確認した。
舜太から連絡が来ているわけでもないのに、画面を開いては閉じる。
さっきまでの会話を思い返すたび、胸の奥が重くなった。
『最初に話したかったんよ』
その言葉は、嬉しかった。
本当に嬉しかったんだ。
でも、それ以上に怖かった。
今はまだ、最初に話してくれる。
でも、結婚したら?
一緒に暮らし始めたら?
家族になったら?
子供ができてしまったら?
俺と会う時間は、今よりもっと減っていくんだろうか。
連絡だって、今みたいには取れなくなるかもしれない。
いつか、何かあったときに一番に頼る相手が、俺じゃなくなる。
そしていつか、俺たちは本当にただの昔の友達になってしまうのかもしれない。
そんな未来が、嫌だった。
考えるだけで、息が詰まりそうだった。
俺は何年も、舜太のことが好きだった。
隣で笑っていてくれるだけでよかった。
恋人になれなくても、いつか他の誰かを好きになったとしても、親友としてそばにいられるなら、それでいいと思おうとしていた。
そうやって、自分の気持ちに何度も蓋をしてきた。
いつかこの気持ちが消えてくれたら。
いつか、ただの親友として舜太と向き合えるようになったら。
そんなことを考えながら、ずっと一緒にいた。
でも、無理だった。
何年経っても、好きだった。
誰よりも大切で、誰にも渡したくなくて。
それでも、舜太が幸せならいい。
そう思っていたはずなのに。
いざ本当に、自分以外の誰かを選ぼうとしている舜太を目の前にしたら、そんな綺麗な言葉だけでは片づけられなかった。
俺は、どうしたいんだろう。
どうすれば、この気持ちはなくなるんだろう。
考えても、答えなんて出なかった。
その夜、家に帰ってからも、なかなか眠れなかった。
暗い部屋の中で、スマホの画面を開く。
舜太とのトーク画面。
最後のメッセージは、今日の待ち合わせについてのやり取りだった。
何年も続いてきた、なんでもない会話。
これからも、きっと続いていくはずだった。
でも、その先にある未来を想像すると、どうしても怖くなった。
舜太が結婚して、家庭を持って、俺の知らない毎日を積み重ねていく。
俺はその話を、少し離れた場所から聞くようになるんだろうか。
いつか子どもが生まれたら、写真を見せてもらうのだろうか。
結婚式には呼んでもらえるかもしれない。
親友として、笑顔で祝福して。
そして帰り道、一人になってから、何もなかったような顔で家に帰る。
そんな未来を想像して、俺はスマホを握りしめた。
嫌だ。
どうしても、嫌だった。
舜太が幸せになることが嫌なんじゃない。
舜太が幸せになる場所に、俺がいないことが嫌なんだ。
その違いに気づいた瞬間、胸の奥に沈めていた感情が、ゆっくりと形を変えた。
ずっと、親友でいられればいいと思っていた。
でも、本当は違ったのかもしれない。
親友という立場に満足していたわけじゃない。
ただ、そばにいられなくなるのが怖くて、それ以上を望まないふりをしていただけだった。
舜太が俺の知らない誰かを選ぶくらいなら。
俺の手の届かない場所へ行ってしまうくらいなら。
いっそ。
……そこまで考えて、俺は目を閉じた。
自分が何を考えているのか、分かっていた。
分かっていたからこそ、考えるのをやめようとした。
でも、一度浮かんでしまった考えは、消えてくれなかった。
舜太を失いたくない。
誰にも渡したくない。
俺の知らない場所で、俺の知らない誰かと幸せになってほしくない。
だったら。
俺のそばにいてもらえばいい。
俺の手が届くところに。
俺が、ずっと見ていられるところに。
そうすれば、もう離れていくことを怖がらなくて済む。
そんな考えが、頭の中を満たしていく。
もちろん、舜太が望んでいないことくらい分かっていた。
こんなことをしたら、今までの関係が壊れてしまうかもしれない。
それどころか、二度と親友に戻れなくなるかもしれない。
それでも。
何もしなければ、いつか必ず失ってしまう気がした。
だったら、壊れてしまうとしても。
少しでもそばにいてほしかった。
たとえ、今までと同じ関係ではいられなくなったとしても。
俺は、舜太を手放したくなかった。
「……ごめんな、舜太」
誰もいない部屋で、小さく呟く。
謝るくらいなら、やめればいい。
そんなことは、自分が一番よく分かっていた。
それでも俺は、スマホを置き、ゆっくりと目を開けた。
もう、決めてしまったのだ。
舜太がいなくなる未来を、ただ黙って受け入れることはできない。
どんな形になったとしても、俺は舜太をそばに置く。
そうして初めて、俺は自分の気持ちから目を逸らすことをやめた。
このときの俺は、まだ知らなかった。
大切なものを失うのが怖くて選んだその決断が、いつか本当に、何よりも大切なものを失うことにつながるなんて。
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コメント
3件
続き読みたすぎるやばい

これまっっじで続きみたすぎる😭✨
読み終わって、胸がぎゅっとなりました…😭💔 「最初にじゅうに話したかった」って言う舜太の言葉、嬉しいけど残酷だよな〜って… ずっと隣にいたのに、その人が選ぶ未来に自分がいないって想像するだけで苦しくなるのがすごく伝わってきました。 最後の「ごめんな」の独り言、切なすぎる…! 続きが気になります💦