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(本当のこと、言ってくれないんだ……)
やばい、ほんとに泣く。
でも、ここで泣いたらメイクが崩れちゃう。
それに、泣く女もきっと嫌だよね。
綺麗なオトナ女子じゃなくなったら、山梨さんに見てもらえないっ。
(泣くのだけは耐えなきゃっ)
じっと我慢する時間が、すごく長く感じた。
そんな私の姿に、山梨さんも思うところがあったのかもしれない。
「……なんていうか、アヤちゃんは特別やねん。俺のことわかってくれてるし、………ずるい言い方やけど、そういう人が俺は楽やから」
(……楽?)
“楽”っていう言葉に意識が引っかかる。
楽って?
自分をわかってくれる人がいいってこと?
そんな人がいいなら―――私がなりますっ。
そのために山梨さんのことが知りたいですっ。
喉まで出てきた言葉に押され、顔をあげた。
山梨さんはさっきと同じ、困り顔をしている。
でも……山梨さんの目がすこしだけ寂しそうで、勢いをくじかれた。
……なんでそんな顔なんですか。
泣きたいのは私のほうなのに、なんでちょっと悲しそうなんですか。
苦しいけど、山梨さんの表情が引っかかって、わけを知りたくなっちゃうよ。
だけど、山梨さんは私にNOと言った。
運命の人でも、今はこれ以上踏み込めないよ……。
(うう、やっぱり泣きたい)
でも、山梨さんの気持ちに寄り添わないと。
山梨さんのことぜんぜん知らないけど、でもっ。
でもでも、やっぱり惹かれるもん。
山梨さんがいいもん。
わがままは言わない。
いつかいつか、私のことイイ女だって思ってもらうんだ……!
「わ、わかりました。言ってくれて、ありがとうございます」
心はズタボロだけど、山梨さんだって言いづらかったはずだと思うと、なんとか耐えられた。
ただ、まばたきしただけで涙がこぼれそう。
沙織っ、頑張って耐えて……!
「……俺、他人を勘ぐる癖がついてるねん」
うつむく私の耳に、山梨さんの声が届く。
「でもたぶん、サキちゃんは嘘とか言ってなさそうと思うわ。これが芝居やったら、名女優やけど」
「う、嘘なんてついてないです」
山梨さんがなにを言っているのかわからない。
ただ、嘘をついていると思われるのが嫌でそう言った。
「そっか。そうやんな。ごめんな」
聞こえた声が優しくて、山梨さんを見たら泣いちゃうかもしれないのに、知らず知らずのうちに顔をあげていた。
弱った優しい目が私へ向いている。
嬉しいような、切ないような、熱い気持ちが自分の中でまじりあった。
「こんなとこでマジ告白みたいなんされたん、初めてやったわ。びっくりした」
ふっと笑う山梨さんは、すこし心を開いてくれたようで嬉しい。
嬉しいからこそ、また胸を締めつけられてしまう。
(山梨さん)
まだまだ、山梨さんのことなんにも知らないし、わからない。
だけど、今ちょっとだけ。
ちょっとだけ近づけたよね。
ほんとに、ほんのちょっとだけだけど。
でも、今はそれだけでもいいや。
――――頑張ろう。
恋につらさも、つきものなんだ!
「“みたいなん”じゃなくて、“マジ告白”ですっ」
涙声がばれないよう恨み節で言うと、山梨さんが笑った。
「そっか、ありがとーな」
言って、山梨さんが私の頭をぽん、と撫でた。
その手があたたかくて、涙を堪えたのにまた泣きたくなってしまう。
「俺がこんなこと言うのもなんやけど、沙織ちゃんはそのまま擦れんとってほしいわ。でもあんまりまっすぐすぎるのも考えものやで」
山梨さんは私の頭から手をはずし、苦笑する。
「たまには人を疑ったりもしーや。素直すぎたら、自分が傷つくからな」
それは……どういうことですか?
素直すぎると、傷つくの?
「どういうことですか?」
「そうやなぁ。たとえば俺のことも、沙織ちゃんは表面上しか知らんやろ? 俺は沙織ちゃんが思ってるような男とはちゃうからな」
「えっ、じゃあどういう―――」
「まぁ、言わんけど」
「なんですかそれっ!」
「ははは」
完全にからかわれてるっ!!
「私はっ、裏とか表とかじゃなくて! 山梨さんと会った瞬間に『この人だ!』って思ったんですっ!!」
「それ、ビビッときたってやつやん」
「そうですっ」
「サキちゃんは面白いなあ」
大きく笑いながら、山梨さんは新しいタバコを取り出す。
はっ、ライター!
タバコに火がつき、白い煙がふわっと舞う。
山梨さんは笑っているけど、なんだかまた距離を感じた。
あっ!
いつの間にか呼び名が“沙織”から“サキ”に変わっちゃってる……!
(うぅ)
やっぱり山梨さんは、“サキ”しか会わないってことなのかな。
いわゆるキャバ嬢とお客としてしか、関わらないってことかも。
(沙織とサキは、同じ私ですっ)
落ち込みそうになった時、山梨さんが笑って言った。
「ほらー、サキちゃんは真に受けるやん。今言ったんも、半分は本心やけど、半分は嘘やのに」
「……えっ?」
「人を疑わなあかんと思うけど、でもサキちゃんみたいな純粋な子は、やっぱりそのままでいてほしいとも思ってるし」
優しい目だった。
『半分は本当』というのは、たぶん“本当”だと直感するほどの、優しい目。
私の性格をいいと思ってくれているのも、たぶん“本当”だ。
(そんなの……反則ですよ)
そんなこと言われたら、絶対、絶対、山梨さんを諦められないじゃないですか。
だてに恋愛マスターやってないです。
数々の漫画やドラマを見てきて、私と山梨さんの恋が今発展しないってわかってます。
けどっ! でもっ!
今のセリフは、私のこと考えて言ってくれてるのもわかるもん。
気にかけてくれてるってわかってるのに、諦めるなんてできないよ。
今はアヤさんが好きかもしれないけど、いつか私を見てもらいたい。
私だって……山梨さんの心の隙間を埋めることは、きっとできる……はず!
密かに気持ちを新たにしていると、店長がやってきて閉店時間を告げた。
(あっ……)
もっと一緒にいたいし、次の約束もしたいけど。
今日はこれでお別れだ。
ビルの下まで見送りに出た時、山梨さんに「絶対また来てくださいね!」と言った。
山梨さんが笑って「また来るわ」って言ってくれたから、それを糧に頑張る……!
次会う時までに自分磨きして、惚れ直してもらうんだ!!
(頑張ろうっ! 山梨さんが好きだ――――っっ!!)
心の中で叫び、私は雑居ビルの下で決意を固めた。