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「滝沢さん、そういえば虫歯治った? これ九州のお土産なんだけど、食べられる?」
出勤して2時間ほど経過した頃、部長が私のデスクまでやってきた。
(そ、それは……!)
部長が差し出しているのは、言わずと知れた九州の銘菓『通らんもん』!!
私の大好きなやつだ―――!!
(た、食べたい……!)
見た瞬間お腹がぐぅっと鳴っちゃう。
でもだめだっ、綺麗で華奢な女の人にならないとっ。
「ごめんなさい、まだ虫歯の治療中で……」
「え、まだなの? あ、そっか……。これまで甘いものばっかり食べてたから、虫歯多いんだね」
「は……ははっ。そうなんです」
(ちが――うっ! ちがうもん!! ほんとは虫歯なんて一本もありませんからっ)
心の中で思いっきり反論しつつ、お菓子の誘惑から逃れるように立ち上がった。
「部長、私みなさんにコーヒー淹れてきますね」
「お、ありがとう。痩せるとフットワーク軽くなるって本当だなぁ」
「前からやってたじゃないですかっ」
「冗談だよ、冗談」
部長がははは、と笑い、居合わせた営業さんもどっと笑った。
冗談だってわかってますけど、もう、からかいすぎだよ!
給湯室でひとりになった瞬間、ふいに山梨さんのことを思い出した。
山梨さん。
最後に会ってから、一週間も経っちゃいましたよ。
私、夜のお店の勉強しなきゃって、あれから結構シフト入ってるんですよ。
山梨さんの来店を待っているんですよ。
会えない切なさで漫画読まなきゃ眠れなくなっちゃったし、恋する乙女って苦しいんだと実感中なんですよ……。
毎日夢でみられているのはラッキーけど、やっぱりホンモノが恋しいよ―――……。
(はっ、だめだめ! 弱気になっちゃっ!)
たしか大阪にいるのは10日くらいだって言ってたし、来週にはお店に顔を出してくれるはずっ。
(そういえば、まだアヤさんと会わないなぁ)
時々しかシフトインしないみたいで、勤務がかぶったことはないんだよね。
(ライバルだし、もし顔を合わせたら火花が飛んじゃうかも……)
『私のお客を盗ったんでしょっ!このドロボウ猫っ!』
叫びながら思いっきり張り手されて、ロッカーにバーンッって背中を打つ私が頭をよぎる。
(う、うわぁぁぁぁ……)
こ、怖いっ!!
け、けどアヤさんは大人な雰囲気だったし、そんなことしないよねっ。
山梨さんが好きな人だもん!
きっとステキな大人の女性のはずだもん!
もしシフトかぶったら、絶対に大人気の秘密を盗むんだ!!
今まで山梨さんを思い浮かべるだけで頑張れていたけど、ホンモノに会っちゃうと、もう妄想だけじゃ満たされない。
会えない寂しさを紛らわす方法も考えないといけないなぁ。
(―――そうだっ、明日アキバに行こうっ)
アキバは私のワンダーランド!
明日は土曜日だし、恋愛マンガの新作とことんチェックして、エネルギーチャージしよーっと!
そして次の日。
青空広がる、絶好のアキバ日和―――もとい、買い物日和にアキバへ向かった。
ハニメイトに行って、電気街に行って、あっ、久しぶりにメイド喫茶もいこーっと!
電車を降り、メイド喫茶が集まるいつもの通りへGO!
アキバはうろうろするのも醍醐味なんだよね。
横道に逸れて歩くと、アニメのバンダナを巻いた人とすれ違った。
チェック柄のシャツ+メガネの人もいるし、背負っているリュックにアニメの缶バッチが多数。
うーん、この通りってなんだかコアな気がするっ。
わくわくしながらさらに歩いた時、ある声をキャッチして立ち止まった。
(―――今、山梨さんの声がした?)
瞬時に山梨さんを探してきょろきょろするも、目当ての姿はない。
……私ってば、山梨さんのことばっかり考えてるから、ついに幻聴まで聞こえるようになっちゃったんだ。
聞こえる幻聴は笑い声に変わり、会いたさで切なくなってきちゃう。
(うぅ)
山梨さん。
山梨さんロス、こんなにも重症ですよ。
来週は毎日クロリスで待ってますから、絶対に来てくださいねっ!!
心で叫んでいると、すこし先の十字路を男女ふたりが横切った。
(えっ)
それは私の王子様……!
そして王子様は、女の人と手をつないでいるではないですかっっっ!!!
(え、えぇぇぇええぇぇ、アヤさん!?)
目をこすってもう一度凝視すれば、ふたりの姿はない。
(えっ、いない!?)
なんて不吉なマボロシなのっ。
って、まさか本物!?
嫌だ嫌だっ、本物だったらどうしようっ、気になるけど知りたくないっ!
知りたくないけど、気になるよ――――っ!!
迷いながらも、山梨さんがいると思うと足が勝手に走り出す。
そして―――十字路を曲がった先に、アヤさんと、アヤさんに笑いかける山梨さんの姿が……。
ガ――――ン
ガ―――――――ン
ガ――――――――――ン
どうしてですかっ、なんでアキバにいるんですかっ!
なんでアヤさんと一緒なんですかっ!
なんで手をつないでるんですかっ!!
なんでなんですかぁぁぁ!!!
超ショック、メロンパンが悪魔だって知った時よりショックですよっ!!
山梨さんはメイド姿の子からチラシをもらって、アヤさんに渡している。
山梨さんはすっごい楽しそうだし、アヤさんは『仕方ないなぁ』って感じだし……。
(なになに、お似合いとか嫌だっ! ふたりの世界も嫌っっ)
今すぐ突撃して山梨さんのこと、「なんでなんですかぁぁぁ!!」って思いっきり揺さぶりたいっ。
でも、そんなことしたらオトナ女子じゃない……。
アヤさんだってびっくりしちゃうし、山梨さんに引かれちゃう。
内心悶絶しているうちに、歩いていくふたりがどんどん先へいっちゃった。
どうしよう。
ふたりを見ているだけですっごくツライ。
けど気になるし、このまま買い物に行けるようなテンションでもないし、どうしたらっ。
迷いながら一歩、また一歩とふたりに近づいていくと、山梨さんがあるビルを指さして入っていく。
(えっ、そのビルは……っ!!)
まさかの私のお気に入りのメイド喫茶、『おかえり萌えにゃん☆★」のあるビルじゃあないですか!
(えっ、萌えにゃん☆★に、山梨さんたち行くの!? ってか入っていった!!)
私が今日行こうと思ってたメイド喫茶だ!
うーん、やっぱり『萌えにゃん☆★』いいですよね、山梨さんわかってるっ!
(ってことは……)
きっとこれは運命なんだ。
もともと行こうとしてたし、ふたりを影から観察して、アヤさんの大人気の秘密を盗めっていう、神様からのお告げなんだっ!
……大丈夫、尾行は二度目だし、気づかれないに違いない!
ということで―――さっそく山梨さんたちを追って『おかえり萌えにゃん☆★』へGO!
ドアをあけると、近くにいたメイドさんが輝くスマイルでやってきた。
「お帰りなさいませっ、お嬢様!」
「はいっ、ただいま帰りましたっ!」
これこれっ!!
これを聞くとテンションあがるんだよねっ!
お決まりのあいさつを返し、店内を見渡せば―――壁際の真ん中にふたりの姿を発見!
ふたりから見えないように、メイドさんの陰に隠れて案内してくれた席へ。
そこは籐の仕切りがベストな場所にある、ふたりからは見えない位置だった。
(やった! ここなら身を隠すのにぴったり!)
内心バンザイしながらふたりの様子を窺うと、ひとつのメニューを一緒に見て顔を寄せ合っている。
(うっ……)
嫌だ嫌だ、めっちゃカップルみたいじゃん!!
悶絶した瞬間、間違って肘で呼び鈴を押しちゃったみたいで、メイドさんが注文をとりにきた。
「お嬢様、ご注文はお決まりですか?」
「あっ……」
そうだ、注文……!
「萌え☆オムライスでっ……!」
「かしこまりましたっ、萌え☆オムライスですねっ」
ここのド定番、ここに来たらこれっきゃないでしょっ!!
キランとしたスマイルに癒されたのは一瞬で、山梨さんたちを見れば相変わらずメニューを眺めて笑っている。
(うぅ………)
山梨さん、ほんとに楽しそうだな。
これは本気でアヤさんに妬けちゃうよ―――!
(でもでもめげない! 今日は大人気の秘密を盗むんだ)
えっと……アヤさんの姿は、ベージュ色のワンピースに、ヒールの高い靴。
髪はゆるく巻いていて、笑顔は標準装備ですねっ。
(おぉ、いわゆる『港区女子』みたい)
こんな人が山梨さんの好みなのかな?
今度似た格好してみよーっと!
心のメモに特徴を深く刻んだ時、山梨さんたちのところへメイドさんがやってきた。
(あっ、萌え☆オムライス注文してるっ!!)
やっぱり、ここに来たら萌え☆オムライスだよねっ、山梨さんさすが!!
ケチャップ文字だって、王道に『好き』って書いてもらう気がするっ。
(す、好きって! きゃ――っ!!)
はっ!
でもそれ、今一緒にいるのはアヤさんじゃん!!
ダメダメ、それは嫌―――っ!
「お待たせしました、お嬢様っ」
またもや心の中で叫んだ時、メイドさんが萌え☆オムライスを運んできた。
「ケチャップ文字、なんて書きますか??」
「あっ」
どうしよう、ぜんぜん考えてなかった。
今は“萌え”って気分じゃないし、今の心境って……―――。
「に、“忍耐”で……お願いします……」
「わぁ、しぶいご注文ですねっ! かしこまりましたーっ!」
そう、今は忍耐っ。
耐えるのよ、沙織っ。
メイドさんに“にんたい☆”って書いてもらったオムライスを一口食べれば……やっぱりおいしいっ!
うぅ、負けないもん。
今山梨さんとアヤさんが仲良しでラブラブでも、絶対アヤさんより好かれる女になるんだっ!