テラーノベル
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去年、落ちた生徒の名前は、水野 恒一というらしい。 放課後、誰もいない図書室で榊がそう言った。
「らしいって何だよ」
「記録ほとんど消えてるから」
榊は古い卒業アルバムを机に置いた。
開かれたページには、去年の二年生。
でも、一ヶ所だけ不自然に空白がある。
写真が剥がされていた。
「……何これ」
「水野の写真」
「なんで剥がすんだよ」
「知らない」
榊はそう言いながら、指でその跡をなぞった。
薄く残った糊の跡。
無理やり剥がしたみたいに端が破れている。
「先生に聞いた?」
「聞いた」
「なんて」
「『気にするな』」
榊が淡々と答える。
その声が妙に低く聞こえた。
「なあ」
俺は椅子に座り直す。
「お前、なんでそこまでこの件調べてんの」
榊はすぐ答えなかった。
窓の外を見る。
夕方のグラウンド。
オレンジ色の光。
「……死に方が変だったから」
「変?」
「水野、落ちた日の夜まで普通にLINEしてた」
「え」
「自殺するやつに見えなかったって話」
ページをめくる音だけが響く。
「しかも」
榊が言う。
「最後に会ってたの、お前らしい」
呼吸が止まった。
「……は?」
「覚えてない?」
頭の奥がずきりと痛む。
その瞬間、何かが脳裏を掠めた。
暗い階段。
雨の匂い。
誰かの怒鳴り声。
でも次の瞬間には霧みたいに消える。
「知らない……」
声が掠れた。
「俺、そんなやつ……」
「そっか」
榊はそれ以上追及しなかった。
ただ、その目だけがずっと俺を見ていた。
逃がさないみたいに。
帰り道。
空はもう暗かった。
踏切の赤い光が、濡れた道路に反射している。
「なあ」
隣を歩く榊がぽつりと言う。
「もしお前が、ほんとに何かしてたらどうする?」
「……何って」
「水野に」
喉が詰まる。
「知らねえよ」
「ふーん」
「してないし」
「でも、“覚えてない”だけかも」
心臓が嫌な音を立てる。
「……なんなんだよ、お前」
思わず立ち止まる。
「試してんのか?」
榊も止まった。
踏切の警報音が鳴り始める。
「別に」
「じゃあなんで」
「お前、壊れそうだから」
電車が通り過ぎる轟音。
その音に紛れるみたいに、榊が小さく呟いた。
「俺しか見てないとこで」
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